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With the Wind!  作者: 肉丸 もりお
葬炎の担い手
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出会いは突然に

 ビルの方へ向かっていく後ろ姿を見送ると、鴎は言われた通りベンチに座った。知らず知らずの内に疲れていたのか、体がとろけそうなほどに脱力する。


 最近は蝉の大合唱ばかり聞いていたが、ここではいつも人の話し声と歩く音、バスがドアを開ける音のような雑多な音で満ちている。

 体に降り注ぐ熱に任せたままぼんやりとしていると、女子と一緒にバスでプチ旅行をするなんて初めてだと気づいた。


「うーん…」


 しかし、それを意識しても大して気構えるようなことはなかった。クレアはとても可愛い女の子だが、だからどうしたと思う。


 自分と同じように女子との交流が少ない方の剛史は、話すとき一々気にするらしいが、鴎はそれほど動じない方だ。

 そういえば誰かに恋をしたこともない。

 剛史は話しかけられると相手は自分が好きだと勘違いするらしいが、鴎はこれまである程度仲良くなった女の子たちとも、ほとんど男友達と変わらない距離間で接してきた。


 自分はあまり色恋沙汰に興味がないのだろうか、と考えていると、揺れるポニーテールとそこから見え隠れするうなじの光景が頭の中で主張を激しくしてきた。


「…」


 顔が赤くなるのは間違いなく気温のせいだが、鴎はそれ以上そのことを考えるのをやめた。

 そうして改めて眼前の人込みに意識を向けると、何かに視線が引き寄せられた。

「ん?」

 そうして奥の方を見ようと伸ばした首が、急停止した。25m先に立つ男が鴎を見ている。


 “可能種”だ。


 首筋をゾワゾワとした感触が走る。一目でそれと分かる程、その男は強烈な存在感を放っていた。

 どちらかと言えば大人しそうな顔立ちの中、瞳だけがギラギラと異様に輝いている。獲物がこちらにようやく気付いたときに獣が浮かべる、程よく満たされた自尊心と、涎を垂らしそうなほど刺激された食欲とが混ざり合った表情をしていた。


 瞬きもせずこちらに送られる視線。まるで見つけたぞ、と宣告されたようで、鴎の体から流れる汗が止まらなくなる。

 確かに互いを認識した瞬間の後、男はぐんぐんと人込みをこちらへ歩いてくる。鴎がクレアと自身の荷物を掴み、ベンチから立ち上がったときには、もう距離は半分になっていた。


 不味い、と思うが、そんなことを考えている場合でもない。次にどうするか。

 

 クレアを探すべきか?いや、旅立ち前に買うものと言ったら軽食や飲み物が思い浮かぶが、広い駅ビルの中には該当する店がいくつもある。男が追いつく方が早いだろう。

 人込みに紛れるというのも難しい。あの距離で気づかれたのだから、見失う可能性は低い。


 後ろを振り返る余裕がない。荒くなる呼吸に弾む胸を必死に手で押さえようとして、鴎はクレアが宿泊しているホテルを視界に入れた。


 すると、どうにかクレアと合流する方法が頭に浮かんだ。こんな閃きに恵まれたことはないので、ひょっとして最初から破綻しているようなものかもしれないが、精査している時間はない。鴎は思い付きのままに駅ビルへ足を向けた。


 疲れを訴える足に何とか言うことを聞いてもらい、鴎はエレベーター乗り場へとたどり着いた。駅ビルへ入ってちょうどに団体旅行客とすれ違い、男がどこにいるのか分からなくなった。

 横のエレベーターが動いたばかりのようで、他にエレベーターを待っている人はいない。次第に数を減らすパネルの数字を見つめながら、鴎は落ち着けと自分に言い聞かせる。


 以前、クレアは外で待つ自分をホテルから見つけたと言っていた。“可能種”にはそんな位置から人を見分ける視力があるということだ。自分の姿がベンチになければ、恐らくあのときと同じように近場の高所、駅ビルから探すのではないか。ならば自分もそのとき上階にいればクレアと合流できる。

 鴎がエレベーターに乗ってしまえば、男が鴎を追いかけるには階段を使うしかない。ノンストップで上階まで向かう。途中で誰かが乗り込んできてエレベーターが止まっても、階段から乗り場まで移動して急いで乗る時間はない、はずだ。


 早速欠陥が見つかり、動機が早まる。“可能種”の運動能力なら間に合うかもしれない。


 それどころか、各階で先回りされ、ドアが開いたときには待ち構えられている可能性がある。


 背後に人の気配を感じ、急いで振り返ると、携帯をいじっていた中年の男性が鴎の剣幕に驚いていた。その後ろには二人組の若い女性たちがいた。


 これでは、途中で誰かが下りてエレベーターが止まるだろう。いや、問題はそんなことではなく、エレベーターに男が乗り込んだとき、鴎の巻き添えを食らう人が発生してしまうことだ。


 浅く短い息を繰り返しながら、もう一度エレベーターを待つ人々を見る。男性と一緒に、今度は女性たちも鴎を怪訝そうに見ている。


 駄目だ、巻き込めない。しかしどうすれば。


 別の考えを思い付き、鴎はエレベーター前から離れ、急いで階段の方へ走った。最初からこうするべきだったのかもしれない。階段なら、鴎が地下と上階のどちらへ向かったのか分からない。確率は二分の一だが、先ほどの案より希望がある。

 向けられる奇異の目に構わず、鴎は九死に一生を得た思いで階段に駆け込んだ。上を選ぶか、下を選ぶか。躊躇いを、自分とクレアのことも知られているという想定に従い振り切る。

 地下一階へと続く階段を下りる。

 男が待っていた。


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