朝練
次の月曜日、委員会の仕事を終えて始業前の教室に戻ると結の姿があったので、クレアのことを報告した。
許してもらえたこと、結と引き合わせることは断られたこと、しかし感触がないわけでなかったこと、また話しに来ていいと言われたのでそうするつもりだということ。
「…だから、時間はかかるかもしれないけど、その内頷いてくれるんじゃないかなって思うんだ」
「分かりました」
空き教室には二人の姿しかない。近頃は結も周囲に存在を認められるようになっていて、鴎と二人で話していると視線が気になるのだ。
「その、結の過去を知ってて、それが理由で日本に来たんじゃないかって訊こうとしたんだけど、それは調子に乗りすぎだって怒られちゃって。でも、多分お父さんのこと伝えに来ただけじゃないのは確かじゃないかって思った。」
そう締めくくると、丁度グラウンドから野球部の挨拶が聞こえてきた。朝練が終わったようだ。
声と一緒に流れ込んで来た風に、ポニーテールの毛先が弄ばれる。涼し気な白色の夏服姿の結は僅かに目を細めた。
「では、これからも彼女と話をするつもりなんですね?」
「うん」
結は鴎の所感に触れず、窓の外を眺めている。
「鴎君はすごいですね」
「え?」
「あんなに怒っていた彼女ともすぐに仲直りができて、また会う約束まで取り付けるなんて」
鴎も同じように、野球部が部室へ入っていくのを眺める。
「いやあ、僕がすごいっていうか、クレアが思ったより怒ってなかったから。謝ったらすぐに聞いてくれたし」
「そうですか?鴎君が熱心に動いていなければ、彼女も心を開かなかったと思いますよ」
「熱心かなあ」
「はい。少し不思議なくらいに」
「不思議なくらい?」
口にして、そうだろうか、と内心問う。ふと気づくと、いつの間にかこちらを向いている結も、理由を問う目をしている。
鴎は少し頭を整理するために自分の手を見つめ、顔を上げた。
「話してて思ったけど、クレアってちょっと前までの結に似てる気がするんだ」
「私にですか」
軽く頷き、言葉を手繰り寄せる。
「クレアに会ったときから、誰かに似てるなって思ってた。結か、庵さんか。最初は“可能種”だからかなって思って、その後に二人の血が繋がってるって聞いたときはそれが理由かと思ったけど、違ったよ」
鉄塔や、昨日垣間見た表情を思い出す。それは目の前の少女に“楔”が無かったころ、見え隠れしたものと同じだった。
「普段はそんなことないんだけど、時々すごく暗い目をしてたんだ。そのときは、見ててもどこかに消えちゃうんじゃないかって気がして、それが結にすごく似てた」
「なら、彼女が話したい相手も、私じゃなくて鴎君だと思いますよ」
鴎は苦笑いしながら首を振った。
彼女が求めているのは自分ではないのはよくわかっている。
結だって、結局自分の力で持ち直していた。
「クレアが探してたのは、やっぱり結だよ。姉妹がいるってことを誰かに訊いたんだと思う。結に会いたくて日本まで来たんじゃないかって、僕はほとんど確信してる」
今、自分がその根拠まで伝えていいものかと迷う鴎を、結は穏やかな眼差しで見つめている。
その数秒は、スピーカーから流れてきた音楽で途切れた。HRが近いことを民族音楽と行進曲の中間の音が告げる。
「戻りましょうか」
「うん」
自分の前を歩く結の左右に振られるポニーテールを見ていると、名前を出した庵のことをぼんやりと思い出した。もう庵には伝えているのだろうか。




