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With the Wind!  作者: 肉丸 もりお
葬炎の担い手
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悪夢


 ジェネンズ家は二人の“二つ名持ち”を抱える、国内は勿論、ヨーロッパで見ても大きな影響力を持つ家だった。そんな一族において、傍流とはいえ、どこの馬の骨とも知らない男の子を産んだ母親は、一族全体にとって軽蔑すべき存在だった。その子供である自分は言うまでもない。


「あれ?」


 ジェネンズ家は支族全体の子供を教育するための学校を設置していた。そこに通っていたクレアは、子供の頃から頻繁に持ち物が無くなっていた。


 指導役に伝えてもろくに対処してくれず、自分で探すしかなかった。その間中、クレアは周囲がすべて自分を笑いものにしているんじゃないか、そんな不安に駆られていた。視界から外れた途端、みんながこちらを指さしているんじゃないかと思うと、怖くて振り向けなかった。


 ずっと探しても見つけられず、クレアが途方に暮れていると、誰かが肩を叩く。恐る恐るそちらをみると、なくしものが差し出されていた。持っているのは、いつもクレアが見つけられなくて座りこんでいると、どこからか見つけてきてくれる女の子だ。


「運動場にね、落ちてたよ」


 まさかペンケースが外に落ちているとは思わなくて、そこまで探していなかった。クレアは胸に沸き上がる、泣きたくなるような安堵を込めて「ありがとう」と伝える。どうしてこんなにおっちょこちょいなんだろうと思うと、本当に涙が出てしまう。


 そんなことがある度に、クレアは、もっとしっかりしよう、落とし物なんてしないようにしよう、と小さい手を握りしめて誓った。それをやめたのは、その女の子が友達と話しているのを聞いてしまったときからだ。


「あの子ね、バカなんだよ。パパとママの言う通りだった」

「ハサミがトイレにあるわけないのにね」


 自分がすぐそばの通路にいることなんて知っているはずが無いのに、女の子たちはクスクスと声を潜めて笑う。

 泣きながら一人で帰るクレアに、誰も気づかなかった。


 滲んでいたはずの景色がいつの間にかはっきりとしていて、見覚えのない天井になっていた。自分がどこにいるのか思い出しても、三十分はベッドの上で寝転び、それからようやく起き上がった。


 苦さを通り越して忌々しい記憶を振り払うようにカーテンを開けると、重い頭に響くような眩しさで、クレア・ハーパーは目を細めた。


 子供の頃の思い出は悪夢の定番だ。記憶そのままの出来事だけで、クレアにとっては恐怖の象徴になる。汗と一緒にまだあのときの息苦しさが張り付いている気がして、さっさとシャワーを浴びに浴室へ向かう。


 ほかほかとした体をソファーに乗せ、窓から外を眺める。太陽は真上辺りに来ていた。まともに日光を浴びるのは恐らく一週間ぶりくらいだ。


 腹違いの姉妹と初めて顔を合わせて、雨の日の野良犬になったような惨めさで逃げ出してから、ほとんどベッドの上で寝ていた。


 ぶり返してきた後悔に、今度は頭の芯まで浸かったまま、クレアは体がソファーからずるずると滑り落ちるのに任せた。


「もっと上手く喋れると思ったのにな…」


 自分と似たような境遇の姉妹がいると聞いたときから、何度も頭の中で繰り返し想像していた場面だ。

 先に相手を見つけて、心構えをした自分が、二人だけの時間を見計らって声を掛ける。


 もし父親が見つかっていれば、自分はあんな奴のことなどどうとも思っていないと言ってやって、女の子だけだったら、そのときは…。


 しかし、やり直しは聞かない。心の準備もなしに出会って、喧嘩別れのようにさようなら、が自分と彼女との最初の邂逅だ。


 そして最後かもしれない。


「六城、結」


 意味を知ってしまえば、それは音の連なりではなくなる。

 また保護者の言葉が脳裏に浮かぶ。いつもなら苛立ちがよぎるが、今日は違った。多分、その名前の持ち主のことで頭が一杯一杯なのだろう。


 鏡で見た自分の瞳とは違っていた。自分の瞳は、あんな風に黒々とも、底の方に輝きを宿している訳でもない。違っていたと言えば、彼女の様子だ。てっきり自分のように、いなくなるぎりぎりだと思っていたが、あの子には“楔”があるようだった。


「似てない」


 独りではなかったから、あんなに落ち着いていたのだろうか。あれほど淡泊に応じられると知っていれば、自分だってそうしたのに。


 あれではまるでクレアだけが道化だった。


 ため息ともつかないものを一つ漏らし、またずりずりとソファーに座りなおす。結局、勝手に期待して、勝手に落胆しただけ、最初から最後まで一人相撲だ。


 これ以上考えていると脳みそがどろどろと溶け出しそうで、先ほどから眩いばかりの光が差し込む外へ意識を向ける。


 時間の感覚がほとんどないが、眼下を行き交う人の多さに、恐らく土日だろうと推測する。


 “可能種”の視力を以てすれば、ここからでも一人一人の顔が見える。年寄り、子供、大人、そんなことはないはずだが、誰もが誰かと一緒にいるようだ。そして足元がどんどん小さくなるような孤独感に襲われる。


「はあ…」


 勢いよく首を押し付けると、バフンという音がした。当分これが続きそうだな、と先の見えないトンネルに踏み入ってしまったようで、気分が沈み込む。


 帰る場所も、行く当てもない。何をする気分にもなれず、身を腐らせるような諦観を抱えて座りこむ。



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