階段
何事もなく金曜日が過ぎ、土曜日、鴎は今回も駅のホテル前でクレアを待っていた。天気は快晴で、触れられそうなほどに低い青空の下、汗は留まることなく肌を滑っていく。
様々な格好の人々が駅とその横の大型ショッピングモールを出入りするのを見ていると、後ろから声がかけられた。
「へロー」
今日のクレアは白のトップスに青色のパンツを履いていて、真っ黒のサングラスをかけていた。
「なんでグラサン?」
「かっこいいでしょ」
指でサングラスを掴み上げ、閉じた片目を見せつけるようにする姿は雑誌のモデルのようで、鴎は正直にうなずく。
クレアは満足げな顔をすると、サングラスを額の上に押し上げ
「何見てたの?」
と質問する。
何を見ていたわけでもなく眺めていただけだが、とりあえず説明する。
「駅の周りはいつも人が多いし、いろんな人が通るから、それ見てるだけでも面白いんだ」
「ふーん」と興味無さ気だったクレアだが、鴎に倣って駅の辺りを観察していると何か思い付いたようで
「いいアイデア、やるじゃん鴎!」
「え?」
褒められる理由がよくわからず戸惑う鴎を置いたまま、クレアはモールの方へと歩きだした。鴎はこれで何度目だろうと思いつつ、その後についていった。
一階から二階へと続く階段を昇りながら、クレアは考えを説明する。
「今までは当て所もなく歩き回ってたけど、どうせなら人が多いところの方がいいでしょ?」
階段をすれ違う人の多さに納得するが、別の疑問も湧く
。
「でも、昼間にこんなところを“可能種”の人が通るの?」
「“可能種”だって買い物くらいするし、存在がちゃんと定まってれば割と人込みでも歩くもんなの」
へぇ、ともはぁ、ともつかない返事をして、鴎は階段を上る。
「あのさ、なんで階段なの?」
大勢いるとはいえ、エスカレーターもエレベーターも使える。クレアはそこそこのスピードを保ったまま進み続けるので、ついていくのも一苦労だった。
「歩いたほうが早いでしょ」
平然と言い返され、鴎は黙って階段を上がるしかなくなった。
クレアは三階でようやく止まり、壁に張り付けられた階全体のマップを見上げる。
「それじゃ、手始めはこの階ね」
あまりデパートには立ち寄らないので、各階がどんな構造なのかは知らない。鴎もマップを見ると、衣服店の名前がずらりと並んでいた。一応聞いておく。
「なんでここなの」
「モチベ的に」
「…」
間違いなく非合理的な選択だが、ショーウインドーに向けられたわくわくとした表情の前では黙るしかなかった。
クレアは随分と服装には気を遣っているようだから、もしかしたら服屋を巡るのも来日した目的の一つだったのかもしれない。
そう考えると、思い出作りに付き合うくらいならいいか、と鴎は思った。
せっかくなら同姓の友人と一緒に見て回りたいだろうが、こっちではそんな相手はいないだろうから、自分が同行することにする。
「見てみて鴎、これよくない?」
鴎は理屈をこね終わると、マネキンの前ではしゃぐクレアの方へ向かった。




