大雨
天気予報では小雨程度だと聞いていた雨は、午後に降り出すとバケツをひっくり返したような大雨になった。
折り畳み傘しか持ってきていなかった鴎は、靴箱の前で屋根から降り注ぐ雨垂れを憂鬱な気持ちで眺めていた。
本格的な梅雨の到来を告げる天気に、剛志は夏休みが近い証拠だと喜んでいたが、これから靴下が泥だらけになる鴎はそこまで前向きには考えられなかった。
鴎がため息をつきたくなるほど重い空を見上げていると、後ろから声がかけられた。
「どうしたんですか、鴎君」
振り返ると、結が後ろに立ってこちらを見ていた。
「あ、結」
「さっきから立ち尽くして、何かあったんですか?」
「傘が折り畳みだけだからさ、この雨だとめんどくさいなって」
鴎は苦笑しながら右手に持った傘を開いてみせる。リュックと鴎自身を雨から防ぐには心もとない大きさだ。
結は鴎の横に並ぶと、コンクリートに縦穴を掘りそうな勢いで落ちる雨の音を聞いていた。
「確かに、こんなに降っていては大変ですね」
頷こうとして結の方を向いた鴎は、纏められた後ろ髪越しのうなじの白さに息を呑む。次いで辺りに漂う香り、今日一日、自身を含めて周りでは少しも感じなかった甘い汗の匂いが鼻に届く。
そのまま見惚れそうになっていたところを、仁が女子の夏服への移行について語っていたときのゲス顔を思い出すことでなんとか意識を切り替えた。
「鴎君」
「うん!?なに!?」
「良ければ叔父の車に乗せてもらうよう頼んでみましょうか」
「え!?」
鴎は飛び上がらんばかりに驚くと、両手を前に出してブンブンと振る。
「そ、そんなのいいよ!恐れ多い!」
結は鴎の慌てふためき様を面白がるような笑みを浮かべ
「そんなに遠慮することありません」
そして鴎の手を取り、外へ歩き始めた。
急いで自分と結に傘を指し掛けた鴎は、引かれるがままに駐車場へ近づく。結の叔父である六城庵は、以前と同じ黒色の車に乗っていた。
暑そうな黒のスーツに身を包み、頬杖を突きながら片手をハンドルに掛けた様は、本人が美形なことも相まって雑誌の表紙に使われるモデルと見紛うものだった。
運転席側の窓に結が近づくと、庵がこちらに気付いたようで窓を下げた。見られる前に結が手を放してくれたお陰で、頬が赤くなった原因は悟られないで済んだ。
「鴎君も送ってもらえませんか」
「お、おう」
「ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます!」
二人が後部座席に乗り込みシートベルトを締めると、庵は車を発進させた。
「あの、あの、すいません。送ってもらって」
「どうした?なんかあわあわ言って」
あわあわ言ってしまうのも無理はない。最近知ったことだが、庵は鴎が大ファンである万桐生という作家本人だったのだ。その事実を結に聞いてからというもの、鴎は庵の名前が出る度にそわそわと落ちつかなってしまう。




