葬送
「葬送…」
馴染みのない響きだったが、口にすると、こちらまで届く熱のせいもあってか、急速に体に浸透していく。
「“可能種”は普通の炎じゃ死なない。私の家は、“可能種”を死に至らしめるだけの炎を編み出すことが“命題”なの」
つまり、“可能種”を殺すための炎。
火を恐れる獣としての本能が刺激されたように、鴎はゴクリと生唾を飲み下し、クレアを見つめる。
照らされた金色は幻想的な色合いで、しかし同時に曇った瞳の奥底を浮かび上がらせた。
それを嫌ったようにクレアが火球を消すと、光に慣れてしまっていた鴎の目には、奥行きの感じられない闇だけが映る。
「まぁ、私のは完成してないから、一瞬で消し炭にするほどの火力はないけどね」
殺すことが出来ることは否定していないので、物騒であることは変わらない。そうとも知らず、火の粉が舞う距離まで近づいていたことに青ざめる。
「どこの可能種も閉鎖的で、他のコミュニティと交流なんて取ろうとしないけど、これに関してはどの国でも同じだったはず」
クレアはそう独り言のように呟き、鴎に向き直る。
「“命題”について追求することが、“可能種”にとってはそれこそ至上命題なのに、それですら伝えられてないなんて。鴎はほんとに何にも知らないんだ…」
再び向けられた憐憫に、鴎は気まずい顔を逸らす。
「こ、この後どうするの?」
無理やりな話題の転換に、クレアはなぜだか触れずに鉄塔の柵に近づくと
「うーん」と唸り声をあげて、体が浮くほどに身を乗り出した。
丘の近くの茂みや砂地をしばらく確認した後、柵から離れる。
「一晩中打ち上げ続けるわけにはいかないし、誰か来てる気配もないし、今日はもうお開きかな」
そうして床に足をつけると、鴎に向き直る。
「一日中お疲れ様。ありがとね、鴎。それじゃまた!」
クレアは鴎にウインクすると、すたすたと梯子まで歩いて行った。
「え?」
その姿が消えていった穴に顔を突っ込んで覗くと、もう梯子を下り始めているクレアの姿があった。
「ちょっと、クレア!」
腹ばいになって呼びかける鴎を、クレアが見上げる。
「まだ予定聞いてないよ。明日は?それに来週は?」
「平日も歩き回るつもりだし、わざわざ二日続けてこんなの手伝うことないでしょ。今日一緒にいてくれただけで充分。もう地理は大体わかったから」
じゃあ、今日でもう終わりということか。
てっきり見つけるまで手伝うのだと思っていた鴎は、肩透かしを食らった気分だ。
クレアはそんな鴎に見向きもせず、また梯子を下りはじめ、半分辺りで手を離した。
「ちょっ!?」
地面に衝突するはずのクレアの体は、しかし頭一つ分の距離でピタリと静止し、ストンと着地した。ぶつかる直前に梯子を掴んで体重を支えていたのだ。
鴎はほっと胸をなでおろし、ゆっくりとはしごを下り始めた。“可能種”の身体能力を見せつけられたが、これに関しては真似しようという気は起きない。
汗をかきながら地面にたどり着いた鴎を見ると、クレアはまたフェンスに近寄り始めた。
「ま、待ってよ!」
膝に手をつき、息も絶え絶えの鴎が絞り出した声に、クレアの足がようやく止まる。
「どうしたの?」
怪訝そうにこちらを見る顔は、答えなければすぐにどこかへ行ってしまう気がして、鴎はなんとか呼吸を整える。
「迷惑じゃなければ、明日も、手伝うよ。用事はないから」
そう口にした鴎は、クレアの浮かべる眼差しに厳しさが加わったことに動揺する。疑いを隠さない目で、鴎を正面から見据えている。
「なんで?」
「なんでって…だから、用事がないから」
「それは手伝える理由でしょ。私が聞いてるのは手伝う理由」
激しさはなくとも問い詰めるような語気、前触れなく一変した様子に、鴎は少したじろいだ。
「一人より、二人の方が探しやすいと思ったから」
「それだけ?」
「う、うん」
しばらくそうして鴎の顔を見ていたが、次第にクレアの表情から険が取れ、不思議そうにこちらを見つめる瞳だけが残された。
「変だね、鴎」
「なんだよ、いきなり」
「だって変だよ。頼んでるのは私なのにおごらせないし、暇だからってこんなに面倒なことに付き合ったり」
出会ったときと同じ素直な色が、暗闇の中に浮かんでいた。
変なのはそっちだろ、と言い返したい気持ちが少しあったが、素朴な疑問は、丁重に扱うべきデリケートなものに感じられた。
「…今日話してみて」
釣られて鴎も、思ったままを口にする。
「今日話してみて、クレアのこと手伝いたくなったから。それだけだよ」
言っていて恥ずかしくなってきたので、最後は早口になった。
クレアの表情は変わらなかったが、視線を一度地面に落とすと
「じゃあ、明日また駅に10時ね」
「うん」
そうして先にフェンスをよじ登ろうとする鴎に、クレアは何か言葉をかけようとして口を開きかけたが、結局閉じると鴎の尻を押し出した。
「ちょ、ちょっとクレア!」
「遅いんだもん、鴎」
クレアに尻を叩かれながら向こう側に降り立った鴎は、もう一度明日の集合場所と時間を確認して、家路についた。




