威装
たどり着いた鉄塔の足元は、上の方に針金を巻かれた鴎の二倍近いフェンスで囲まれていた。そこから見上げる鉄塔の高さはフェンスの比ではない。
一からこれをつくった人々がいるとはとても信じられない思いで、鴎が頂上に視線を向けていると、横のクレアがつかつかとフェンスに近づく。
そして少ししゃがむ程度の力の溜め方で、軽々とそれを乗り越えた。昔ビデオで見た、月面の重力の小ささを証明するように飛び跳ねる人の姿を思い出す。
呆気に取られている鴎に、クレアが声を掛ける。
「何してんの?」
「こっちのセリフだよ?」
道すがら話したことは、塔に向かう理由とは関係のないことばかりだった。説明の無い奇行に鴎は面食らっている。
クレアは呆れたという風に腕を組み顔を振った。
「登るにきまってるでしょ」
鴎はもう一度鉄塔を見上げる。
これを?
そしてクレアの方を見ると、もう梯子の真ん中辺りにいた。
「ほら、早く早く」
器用に片腕で体を支えながら振り向くその姿はこちらを急き立てるようで、鴎は自分もフェンスに近寄りながら声を掛ける。
「ま、待ってよ」
向こうが勝手に離れているだけなのに、どうして置いてきぼりにされた気分にならなければいけないのか。
近寄ってみると、フェンスは鴎の身長を優に超す高さだった。しかし尻込みしていては、差が開くばかりだ。
服が破れないように気を付けながら、なんとかフェンスを越えて鉄塔側にたどり着くと、クレアはもう頂上近くまで進んでいた。
そして鴎の目の前にはずらりと並ぶ段。一度に大量の課題を言い渡された気持ちで、鴎はそれを見上げた。気が滅入る光景だが、仕方がないので登り始めた。
額に玉の汗をかきながらようやく頂上にたどり着く。床にはいつくばって息を整えていると、クレアがこちらをじっと見ているのに気づいた。
そういえば自分は“可能種”の設定だったと思い出した。どう考えてももう手遅れだが、鴎は立ち上がると手すりに近づく。
「風が気持ちいいねぇ!?」
「まぁあんたは暑苦しいけど」
「…」
もの言いたげな鴎を無視して、クレアは駅が見える位置にすたすたと向かう。住宅街に比べるまでもなく、星明りが霞むほどの光量がそこにはあった。
「こんな時間でもあんなに人が起きてるんだね」
鴎がなんだか感傷的になっていると
「人は明かりを手に入れ、夜を退けた。それは時間さえ制したということだ。私の保護者が言ってた」
「なんか詩的だね?」
「そうでもないでしょ。あいつはそのせいで居場所のなくなった“可能種”がいるんだって言いたかっただけ、そんなの言ったって仕方ないじゃない」
怒気が含められた口調に、少し意外なものを見た気持ちでクレアの方を向くと、眼下の明かりも届かない程の暗さが瞳に宿っていた。すると、鴎が驚きを表す前に目の前の体を炎が覆った。
「うわっ!」
視界を埋め尽くす火の粉に顔を照らされ、鴎が思わずのけぞる。その声に反応して振り向くクレアは、周囲に燻りを残しながら、黒を中心とした服を着ていた。
これには見覚えがある。気になって結に聞いたのだ。
「“威装”…!」
“可能種”が有事に身にまとう、彼らが彼らのために誂えた衣服。そう簡単に傷つかない頑丈さを有していながら、重さを感じさせないほど軽量なのだと言っていた。




