保護者
指定された場所はアパートからそう遠くない場所だったので、昼の移動で足に疲れがたまっていた鴎も歩いていくことにした。
「あ、こっち、こっち」
目的地の住宅街の入口には、Tシャツにサンダル姿のクレアが立っていて、鴎を見つけると手を振りながら呼びかけている。
「ごめん、待った?」
「五分くらい。気にしないで、ジュースおごってくれればいいから。それじゃいこっか」
自動販売機を探し始めた鴎に冗談だと伝えると、クレアは道を歩き出した。鴎もその少し後ろを歩く。
「おごらせるのは冗談だけど、熱くない?ジュース買おうかなぁ」
パタパタと手を動かすクレアに同意しながら、鴎はさきほど伊那と話したことをどう切り出そうか迷った。
街灯に時折顔を照らされながら、二人はまとわりつく暑さに足をとられる様に、ゆるゆるとした足取りで歩道のない道を歩き続ける。
明かりのついた家は少なく、町全体が眠りの中にあるような、閑静な住宅地という表現がそのまま当てはまる風景だ。
これまで夏と冬の夜の違いに気を払ったことはないが、夏は湿度が高い分、闇もまとわりつくような粘度を持っている気がする。その中で考え続けるのを嫌った鴎は、そのまま話すことに決めた。
「クレア」
んー、という間の抜けた返事が返ってくる。
「この旅行、っていうか、人探しのことは家の人に伝えてるんだよね?」
暗闇の中でもはっきりとした輪郭を持つ金色の後姿から、んーんー、という声が聞こえた。
「私親いないから。でも一応の保護者に日本に行くって言ってる。そうかって」
先ほどの返事と変わらないトーンで、クレアはさらりと告げた。しかしそれは暗闇に絡みつかれる重さを持っているようで、鴎の耳にはしばらく残響が聞こえた。
少し面食らった後、口から出たのは昼間のクレアと同じ返しだった。
「そっか…」
結局こんなことしか言えないなら、さっさと口にすべきだ。
どうも自分は咄嗟に気の利いたことを言えない。まだまだ未熟だという思いが強まる。
空気と同じで湿った雰囲気になってしまい、二人の間には沈黙が下りかける。それを破ったのはクレアだった。
「まぁ、あんまり気にしないで」
「うん…」
今度はさっさと頷く。
しかし、その境遇がクレアから度々感じる不安定さの理由だと察し、そしてそこにも結と同じ匂いを感じ取った身には、気にするなというのは難しい話だった。
「今更どうなることでもないしね」
それ以上話すつもりはないという意思表示か、クレアは足を速めた。
しばらく雑談しながら歩いていると、その足が止まる。
「これ続けても見つからないんじゃない?」
くるりとこちらを振り返るクレアに、うすうすそう思っていた鴎は頷く。
「夜の方が“可能種”の人も動きやすいのかもしれないけど、そこらを歩いてて偶々出会う可能性は低いんじゃないかな」
“可能種”は人気のない場所を好むという話だからこの住宅街を選んだが、考えてみれば寝てはいても人が密集しているここに足を運ぶものかというと、微妙なところだった。
クレアも同じように考えていたようで、腰に手を当てため息をつくと
「仕方ない、次はプランBね」
そうして指し示した先には、小高い丘と、真暗闇の中にのっそりと立ち尽くす鉄塔の姿があった。




