会いたい人
「大切じゃないことないですけど、あの、友達なんです」
少し面白がるように目を細めた伊那は
「へぇ、それだけでそんなことに手を貸すなんて、お人好しなんだね。僕なら放っておくけど」
古木を思わせる落ち着いた微笑で、ひどく冷ややかな言葉を放つ。
「子供一人で外国の、何処にいるかもわからない人探しなんて、親はふつう許さないよ。関わらないでおくな」
伊那の指摘に、鴎は心中揺らぐものを見つけた。
クレアは日本への交通手段は明かさなかったが、ホテルでの様子から“可能種”にとってそんなことは問題ではないことが察せられた。
しかし“可能種”であろうと、保護者は子供を心配するものだと庵の態度で知っている。
ひょっとすれば、彼女は周囲に断わりを入れずに日本へやってきたのかもしれない。そうだとすれば、伊那の言う通り軽々しく引き受けるべきではなかったのではないか。
今になってそんなことを考え、口をつぐんだ鴎に、伊那は静かな目を向けると
「今度会ったら、ちゃんと聞いておくといいんじゃないかな」
「…そうします」
「それにしても、そんなに会いたい誰か、か」
どこか感慨深そうな声に、鴎の中の興味が頭をもたげる。
いつ見てもこの公園で座っている伊那の正体は、一体何なのだろう。
かなり美形であることと、清潔感のあることがその成分をかなり薄めているが、不審者に分類することは間違ってはいない。
年上の成人にそんなことを尋ねる度胸はないが、仕事はしているのだろうか。
「鴎くんはいる?そんなに会いたい人」
「僕ですか?」
水を向けられるが、誰の顔も出てこない。
一人暮らしをして気付いたが、故郷の家族も、友人も、とりわけて思い入れのある人はいなかった。もしかしたら自分は薄情な方かもしれない。
「いないんだ」
「はい…」
ちらりと伊那を見る。
訊ねていいものか少し迷うが、差し込んだ夕日に目を細めた拍子に口を開く。
「伊那さんはどうですか?」
「いるよ」
即答に少したじろぐ。
伊那は大して熱を込めていない口調で答えると、沈んでゆく夕陽を見ている。
「どんな人ですか?」
「その人が待ってる場所に帰るってだけで、一日のどんな嫌なことも気にならないような人」
何だか、言う方も言われる方も幸せそうな言葉だ。ただ、人前で堂々と口にするのは恥ずかしさが邪魔しそうだが、伊那はまるで照れることなく言い切った。
「なんか、うらやましいですね。そんな人いるのって」
精一杯頑張ったが、出てきたのはそんな言葉だけだった。
恋人同士の仲睦まじい様を見せつけられたときのような気恥ずかしさを感じて、鴎は夕焼けで誤魔化せる程度に赤くなる。
「いつかできるといいね。鴎くんにもそんな人」
「できますかね」
そう答えると、ポケットの携帯が震えた。画面にはクレアがメッセージを送ってきたことが告げられていた。
「夜時間あるかって、その子が」
話を引き受けた時点で、しばらくは自由時間がなくなることを覚悟していたが、さっそく今からもとは。
伊那は苦笑しながら
「ずいぶんせっかちな子だな」
鴎は頷く。
出会ったときもそうだったが、行動が先に立つタイプなのかもしれない。
一度家に帰るため、鴎は伊那に別れを告げて席を立った。公園を出るときに振り返ると、伊那はまだ座っているようで、もうほとんど周りに溶け込んだ長い影が地面に一つだけ落ちていた。
そんな人がいるのなら、伊那はどうしてずっとあそこにいるのだろう。




