伊那
「それで、そこら中歩き回ってたの?」
時刻はもう夕暮れを迎え、家路につく車が車道を埋め尽くしている。夕日を受けた雲がそこかしこに影をつくり、辺りに満ちるオレンジを和らげていた。
少し住宅街に入った道沿いの公園、その休憩所に鴎はいた。斜め向かいの椅子には両手を組み、肘を膝においた男が座っている。
「その子すごく足が速くて、ついていっただけでもう足がパンパンですよ」
二十代にも三十代にも見える男とは、鴎が剛史と仁の二人と一緒に、この公園でバスケをして遊んでいるときに出会った。
転がったボールを、その日も休憩所に座っていた男が拾って、コートの端から端まで距離があるボードに向かって見事な3Pシュートを決めるのを見て以来の関係だ。
チワワ並みの警戒心しか持たない男子高校生は、三人そろってシュートフォームを指導してもらった。
それ以来時折公園に立ち寄ると、いつも男は椅子に座っていて、放課後空いていることの多い鴎はよく話すようになったのだ。
伊那という名前らしい男には、人を多弁にさせる力があった。
常に浮かべている柔和な笑みと、尖ったところのない物腰が、相手との間にある壁を随分と乗り越えやすいものにしてしまう。
鴎も日頃悩みを相談するような年上がいないのもあって、そのとき抱えている問題について伊那に会うとつい漏らしてしまうのだ。
今日も、駅で出会った外国人の女の子の人探しを手伝うことになったということを、“可能種”に関しては伏せて伝えた。
「しかしまぁ、一人で外国から来るなんて、探し相手はよほど大切な人なんだね」
二人が座る休憩所から少し離れたところに、使い古されていることを感じさせる痛み方をしたシーソーがある。
遊具がどんどん撤去されている今どきに珍しい、という思いと共に
「やっぱりそう思いますか?」
と訊ねた。
伊那は「思うよ」と頷き、その容姿から受ける若さに、ずいぶんと年老いた印象を加える落ち着いた声で続ける。
「長い間顔を見ていない肉親か、友人か。少なくとも並大抵の関係じゃないんだろうね。それでいてどこにいるのかも知らないんだから、連絡は取ってなかったんだろうけど、それも不思議な話だよ」
言われてみればそうだ、と鴎は納得する。
親戚にしろ知人にしろ、節目の挨拶で近況報告くらいはしていてもいいだろう。違う国に住んでいるならなおさらだ。
この穴湯市内にいることは確信しているようだが、今日は駅周りを歩き回ることに終始した。そして明日はまた離れた場所を探すと言っていたから、詳しい情報はクレアも知らないようだ。
「鴎くんはどうしてその子を手伝うことにしたの?休みもかなり潰されるだろうに」
ちらりとこちらに向けられた伊那の顔全体に影がかかった。最後の力を振り絞るような夕焼けが家々の隙間から届く。
「なんか、知り合いに似てる気がして」
視線を外して答える。結のことを思い出したから手伝おうと決めたというのは、落ち着いてみるとかなり恥ずかしかった。
「誰か大切な人?」
「い、いやっ、そういうんじゃ…」
知人の頭の上に、“大切な”なんて文字を付けたことは無い。それこそ顔を赤らめて鴎は否定する。




