駅前
土曜日の昼下がり、鴎は江袋高校から少し離れた場所にある穴湯駅、そのバスロータリー脇のベンチに腰かけていた。
近くに大型ショッピングモールやスポーツドームを備えた穴湯駅は穴湯市の中心で、土曜日ともなれば目的の有無に関わらず、大勢があたりを行き来している。
行列に巻き込まれないよう早くにアパートを出た鴎だったが、それでも目的の市立図書館から本を借りて出てくるころには、前の歩道を大勢の人が行き交っていた。
駅の中を突っ切った辺りで疲れを感じ、空いていたこのベンチに座ったのだ。鴎の後ろには、朝ドラの題材にするため県一丸となってプッシュしている武将の銅像があり、前を指し示す右腕の部分が鴎の座るベンチに影を作り出してくれていた。
土曜の朝から元気に動いた体には、昼の暑さによる気怠さも心地良い。鴎は借りた本の入ったバッグを横に置いて、通り過ぎる人々へ何とはなしに視線を向ける。
お出かけにはしゃぐ子どもがまとわりつくのはベビーカーを押す父親で、既にいっぱいいっぱいなことがベビーカーの持ち手から垂れ下がる二の腕に表れていた。
携帯電話を耳に押し当て喋りながら早足で歩くスーツ姿の女性の横、老婆かもしくは老爺が、杖を突き震えながらのっそりとした動きで進んでいた。
しばらく老人を注視していたが、何事もなくバスに乗ったのを見届けたあたりで、また視線を前に戻す。そうしてぼんやりとしながら涼んでいると、人込みの奥の人物に目がいった。
ロータリーを挟んで向こう側にいるのは、へそが見えそうなほど短いシャツの上に薄手のカーディガンを羽織り、短めのパンツを履いている、おそらく鴎と同じ年くらいの少女。
少し前までパンツといえば下着のことしか思い浮かばなかった鴎にとって、そのファッションセンスはひどく洗練されたものに見えたが、気を取られたのはそのせいではない。
人目を引く長い金髪とその整った顔立ちに、既視感を覚えたからだ。しかし、デジャブというものはあくまで、類似した体験を思い起こしただけだという説を思い出し、じゃあ関係ないかなと思い直す。
鴎はその後も、そういえばデジャヴって本だとデジャビューなんて書かれる気がするけどどっちなんだろ、vって場合によって読みがバだったりヴァだったりでややこしいよ、といった取り留めもないことを考えつつ、視線は少女に向けたままだった。
鴎が間の抜けた顔で見ていた少女は、何かを探すように辺りを見回していたが、その内鴎の方を向いた。明らかに視線が合った数秒後、少女が旅行鞄を引きずりながら鴎の方に歩き出す。
この期に及んで少女が近づいてきていることに気付いていない鴎は、タイヤがゴロゴロと地面を転がる音が聞こえた辺りで、やっと我に返った。
人の流れに逆らいながら、少女が真っすぐにこちらへ向かってきていることに困惑する。その瞳は鴎を捉えていた。
どうしてこっちに来ているんだ?自分がしたことといえば、間抜け面で少女を眺め続けていたことくらいなのに。
そのせいか?
もしかして自分が邪な目的で彼女を見ていたと、そう思われたのかもしれない。鴎は慌てて視線を自分の靴に落とす。今更遅いし、これでは却って怪しいとは思うが、もう一度顔を上げる勇気はない。
ゴロゴロという地面が鳴るような音は着々と距離を詰め、そして鴎のすぐ前で止まった。
「ねぇ」
「…」
自分ではないかもしれない。
「さっきからこっちを見てたキミ」
自分だった。




