金曜 駐車場(6)
いますぐ殴り掛かりたい衝動を堪えカエルを呼び寄せる。幸い吹き飛ばされた二体に大きなダメージはなく、続けて攻撃に参加できる。五体を周囲に集めつつ、校舎に潜めたままの一体を結の背後へ移動させる。
「どうして鴎くんを巻き込んだんですか」
どう時間を稼ごうかと思案していた大谷に、結が話しかけてきた。好都合だと思いつつ、一旦会話を拒む姿勢を見せる。やすやすとおしゃべりに付き合っては罠に感づかれる恐れがある。
「それ今話すこと?」
「死んでからじゃ聞けませんから」
若干の驚きとともに結の顔を見る。表情から察するに、こちらが、だ。こんな物言いをする奴だったのかと思いつつ、「ハッ」と嘲る。
「そもそも鷗くんを深入りさせたのはそっちでしょ? 学校で冷たい態度でもとって、関わり合いになりたくないって思わせればよかったのに」
この件に関しては大谷に非がないわけではないが、負い目はなかった。カエルに遭遇してしまったことだろうと、放っておけば鴎は忘れていて、今夜ここにはいなかったはずなのだ。
「友達でも欲しかったのかな。それって結さんの都合だけど、鴎くんがああなったのはそのせいだって自覚あるの?」
“楔”を死なせてしまったことに罪悪感を持っていないわけがない。結の弱みを突いた大谷は、嗜虐心をくすぐるものを感じながらその表情を窺う。
「……そうですね」
顔を真っ赤にして反論してくることを期待していたのに、結はあっさりと非を認めた。
「私に構わないでって、言えばよかったのに。一緒にいるのが楽しかったから、ずるずる……」
ぽつりと弱音を漏らす様は、まるで友人に進路の相談をする年頃の女の子だった。
突然煽ってきたかと思えば、こちらの口撃を受けてしょげる。ひょっとすれば、こいつはショックで動転したまま口走っているだけなのかもしれない。
「もっと早く遠ざけていれば、あなたに殺されることもなかった」
毒気を抜かれた気分でいた大谷は、その眼光の鋭さにたじろいでしまう。今の消沈した姿は擬態だった
のであれば、こいつは一流の役者だ。
「だから言ってるじゃん、鷗くんが死んだのは巻き込んだあんたのせいだって」
「行きます」
突然の宣言とともに結が飛び出す。虚を突かれた大谷は、結が猛スピードで一番近くのカエルの横を素通り、その奥のカエルに薙刀を振りかぶるのを見た。
めり込んだ刀身が、それ自体より大きい頭を両断する。
「は!?」
ぴくぴくと痙攣するカエルから薙刀を引き抜くと、自分に向けられ伸びてきた舌をくるりと回って避け、掴んだ。そのまま舌を引っこ抜く勢いでカエルを引き寄せ、右目に薙刀を突き入れる。すると薙刀の入り込んだ反対側が割け、空気と一緒に脳漿やらが飛び散った。
瞬く間に六体中二体がやられ、大谷は絶句する。結が薙刀を構えるのを見て我に返り、校舎のカエルに突撃を命じた。
結がそれに対処する間に他の四体で仕留めるつもりだった。しかし、玄関からカエルが姿を現した途端、結がそれに猛進する。そのまま体当たりしたカエル諸共壁に激突し、押しつける。
結が繰り出した当身にもう一度校舎が揺れ、カエルはげっぷに似た音ともに空気を吐き出し、絶命した。
結が壁から離れると、カエルがぐったりとしながら床に落ちる。口からは臓器がはみ出していて、その分腹回りのへこんだ姿は、車に引きつぶされた哀れなカエルそのものだった。
目の前に転がる三つの死骸、そのどれもが二分もせずに出来上がった上に、結に傷一つ負わせていない。その事実に、大谷は眩暈を起こしそうになる。
しかし、結の姿がぼやけ始めたことで、勝機はまだある、と自分を鼓舞した。
呼吸を意識的に行いながら、落ち着けと自分に言い聞かせる。
確かに結の変化は驚異的で、自分は今のところ成す術がないが、あれだけの力を“楔”無しに発揮すれば、結もただでは済まない。実際にこの数秒であれだけ薄れている。
もともとが不安定な存在、時間が経てば勝手に消滅するはずだ。それまでこちらが引き気味に戦えばいい。
結の自滅を狙った消極的な作戦。それは最早大谷が、結に真っ向から挑んで勝つようなイメージを持てないことを暗に告げていると、本人は自覚していない。
大谷が残る三体に集合を命令しようとしたとき、結が薙刀を頭の上まで振りかぶった。人の目を奪う翡翠の輝きが、薄暗闇に残像を残す。刀身が頭の後ろに来るまでその軌跡は続き、僅かな溜めの後に足元まで振り下ろされた。
荒れ狂う風と、その中に鋼鉄をも寸断する疾風が走り、刃先の延長線上にあったもの、命令を待っていたカエルの体に鋭い切込みが入る。
「嘘……」
大谷がそう呟いたのと同時に、繋ぐものを失ったカエルの体が二つに分かたれた。
その時点で、大谷の中にあった戦意は掻き消え、頭をもたげていた恐怖がその全身を現していた。こいつには勝てない、脳だけでなく爪の先から心臓まで、体中がそう訴えていた。
残りのカエルに殿を命じつつ、校舎に向かって駆け出す。動いたのは一体だけだった。そこでようやく、最初に結が横を通り過ぎたとばかりに思っていたカエルが、実際は目にもとまらぬ早業で上下に両断され、死亡していたことに気付いた。
背後でドスリという音がするが、振り向く勇気が湧いてこない。結の姿を確認したい欲求と、このまま走り続けたい欲求、どちらも恐怖から生じたそれらのせめぎ合いは、結局前者が勝利した。
三歩進んだところで、後ろに顔を向ける。そこには、月光を背に飛び掛かってくる少女の姿が、眼前いっぱいに広がっていた。
その闘志に溢れた顔つきを目にした大谷は、ふと場違いな笑みを浮かべた。
「全然似てないじゃん」
風鳴りを従えた突先がその体へ吸い込まれた。




