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With the Wind!  作者: 肉丸 もりお
薫風の運び手
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金曜 駐車場(5)

「鴎くん!」


 その声に振り返りかけた大谷は、短い音を聞いた。そう軽くはないはずの体が吹き飛ぶのを見る。地面にたたき落されると、ピクリとも動かなくなった。骨とコンクリートがぶつかる音がこれほど不快だとは思わず、目を背けるように結へ顔を向けた。


 大谷は、鴎を手に掛けたことに激しく動揺しつつも、視界に入れた結の、驚きと恐怖がない交ぜになった表情に気を取られずにはいられなかった。感情を露わにするところを見たことがなかった結から、感情が漏れだすように伝わってくることへの困惑。それでも手を緩めるつもりはなかった。


 後味は悪いが、これで終わりだ。最後は自分の手で引導を渡すつもりで、結に近寄ろうとする。大谷はそこで、首筋に刃を当てられたような悪寒を感じた。視線の先で、後ろめたさに染まった勝利への確信が、結の目に浮かび上がる怒りの炎に消し飛ばされる。


 鋭い眼差しに射抜かれ、足が進むことを拒否した。この生き物は危険だと、全身の血管が脈打ちながら警告する。自分でも何が何だかわからない、悲鳴を上げるのにも似た心地で、大谷は左右のカエルへ指示を飛ばす。それは絶叫だった。


「いけっ!」


 急速に高まった大谷の焦燥と警戒心を引き受けるように、カエルが後ろ足で地を蹴りながら結に飛び掛かる。


 その前足が激突する直前、大谷は確かに、風に乗った結の声を聞いた。


「…輪転(りんてん)白梅(しらうめ)”」


 心臓が一気にしぼむ感覚に襲われた瞬間、結から烈風が吹き出し、カエルたちが校舎に激突した。踏ん張った足がしかし(もつ)れ、大谷はよろめきながら後退する。


その刹那、猛風が横を通り過ぎた。


「!?」


 急ぎそちらを向くと、仰向けになった鴎のそばに結が跪いていた。ゆっくりと立ち上がりこちらを向いたその姿に、大谷は驚愕した。


 先ほどまでありありと見せていた疲労の色は消え去り、今や自らの両足で立ちながら片手に構えた薙刀を月光に煌めかせている。刀身と同じ、透き通った緑色の光が、風になびく銀糸の髪を淡く照らし出していた。

 体の傷どころか“威装”のほつれ、破れまでもが直っていく。そしてその両眼には、今夜初めて見せる大谷への敵意が宿っていた。まるで先ほどまでの結とは別人の様相だ。


 何よりも大谷の意識が割かれているのは、強風が収まってなお、大谷の位置でも感じ取れるほどの風の流れが結から生じていることだ。おそらくそれは先程の結の呟きに関係がある。


 “遺産”の適格者のみが発動できる“遺産”の真骨頂、輪転。“遺産”の能力を際限なく発揮でき、中には新たな能力を開放するものもあると聞く。


 ここまで追い詰められながら発動しなかった結は、準適格者なのだと解釈していた。


「なんで今更…」


 そこで大谷は、答えが後ろに転がっていることに気付いた。輪転により“遺産”の力を引き出すことで、“可能種”は“万能種”に近づくと同時に、“遷界”の可能性が増す。この世界が許容できないほどの隔絶した存在になるのだ。


 しかし諸刃の剣が秘めるリスクも、結にとっては躊躇う理由にはならない。大谷が鴎を殺し、“楔”がなくなった以上もとから短い命だ。最後に大谷へ一矢報いるつもりか。


「ここまで来て…!」


 嚙み締めた奥歯がぎりと鳴る。散々苦労して整えたこの状況を、そう簡単に覆されてはたまったものではない。静めようのない憤懣を抱え、結を睨みつける。それに動じる様子がないのも腹立たしかった。


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