金曜 駐車場(4)
走り去っていく背中に手を伸ばし、立ち上がろうとした結は体中を打つ痛みに悲鳴を上げた。伸ばした手を虚しく収め、胸へもっていき、とにかく息を整えようとする。
肩を上下させ、ケガの具合を把握しながら呟く。
「どうして…」
その疑問に答える形で、先ほどの鴎の言葉が思い出される。その瞬間何かが締め付けられるのを感じて、結は思わず握りしめた手のひらを見つめた。指先にまで残る熱の持ち主の姿を追い、視線を校舎へ向けた。
屋上で打ち明けれらこと、先ほどの生物室のことから、鴎が、時に驚くほどの向こう見ずさを発揮すると知った身には、先ほどの彼の言葉も本気だったと分かる。止めなければと思っても、治癒を断念していた体はなかなか言うことを聞いてくれない。
今浮かべる歯がゆさそのものの表情を見たら、五分前の結は何と言っただろう。
ようやく回復してきた体にむち打ち、結は“翠嵐”に縋って立ち上がる。痛覚を刺す激しさに顔を顰めると、校舎の影からカエルが現れた。
体が強張り、危うく倒れそうになる。そんな結の状態を知ってか知らでか、顔色を変えることなくのしりのしりと近づくカエル。その左足が屋根の下、連絡通路に乗せられたとき、校舎入口の扉から飛び出すものがあった。
“可能種”の常人離れした視覚は、それが各教室に備え付けられている椅子だと見切った。
緩やかな回転を伴いながらぶつけられた椅子は、カエルの体に跳ね返され、派手な音を立てつつ転がった。
カエルの表情は相変わらず変わらなかったが、足が止まる。そして椅子が飛んできた方向に向いて、舌を伸ばした。口内から弾き出されたそれは、椅子を投げた人物の思惑通り、誰もいない通路の壁を擦過した。
空ぶった舌を巻き戻すと、カエルは結に目もくれず廊下へ入っていった。
主人に、斥候として罠への対処を命じられていたカエルにしてみれば当然のことであり、それは傷ついたカエルの治癒を優先するほどの大谷の用心深さから、鴎が予想したことだった。
結は、鴎がカエルの注意を自身に引き付けたことを理解し、躓きながら校舎側が見える場所へ移動する。それは大谷が知れば戦闘の続行を躊躇するほどの回復力だったが、本人にその自覚はない。骨折した足を引きずったのは二歩目までで、その後は“翠嵐”を杖代わりにして歩き始めた。
校舎の裏では、椅子を投げた後、窓から転げ落ちるようにして生垣に落ちた鴎が立ち上がり
「おい!」
と大谷へ呼びかけていた。
カエルたちを従え、ゆっくりと結へ近づいていた大谷は、突如現れた鴎に驚く。
「まだいたのかよ…!」
舌打ちとともに悪態を吐いた大谷は、カエルによる鴎への攻撃に反応するのが遅れた。
制止する前に、その舌は鴎の上半身をえぐり飛ばす、かと思いきや、咄嗟に生垣へもぐりこんだ鴎はそれを避けていた。
あの何かもが緩やかな少年に似つかわしくない動き、大谷はそれに一抹の不安を感じ、今度はカエルを止めるべきか迷った。その思考の間隙が、カエルたちに鴎への攻撃続行を許す。
ちょうどその時、結はやっとその光景が見える位置へたどり着き、今まさに鴎へとびかかろうとするカエルたちを目にした。
「鴎くん!」
制服の背中にカエルの張り手が直撃する。




