金曜 駐車場(2)
結が跳躍し、カエルたちがそれに応戦する。一人取り残された鴎は、どうするでもなくベランダに立ち竦む。結の言葉が頭の中で繰り返される。
家に帰れ、もう狙われないから心配するな。距離を置け。
もう終わってしまったのだろうか?事態は既に、自分とは関わりのない話になったのだろうか。いや、もともと、最初から今まで、自分とは大して関係のないことだったのかもしれない。
校舎の壁を蹴り、衣装の端を風になびかせながら空中を自在に動く結。彼女から逸れたカエルたちの舌は植え込みの樹を、風に吹かれた枯葉のように吹き飛ばす。眼下で始まった戦いを見れば、自分にはどうしようもない問題であることは明らかだ。どうにもならない。
自分とは住んでいる世界が違う。そんなのは、あの夜、彼女の後ろ姿を見た日に理解していたはずなのに。どうして自分は首を突っ込んだのだろう。どうして今、そのことが堪らなく悔しいのだろう。
窓から離れ、踵を返すと歩き始める。階段へ向かうため、準備室のドアを開けると走り出していた。
並んだ机の間を通る度、スリッパの音が廊下に響く度、腹立たしさが募った。さっきの自分のアホ面を張り倒してやりたくなる。
どうしてお行儀よく黙ってたんだ。言ってやればよかったのに、僕だって嬉しかった、楽しかったって。
ここで帰るわけにはいかない。念のための感謝なんて聞きたくなかった。まだあんな風に終わらせたくない。
加えて、鴎には嫌な予感があった。先ほどの憑き物が落ちたような結の顔。昨日の自分の話のせいで、彼女の心残りがなくなったのなら、果たしてあの数の化け物相手に戦い続ける気力は残っているのだろうか。
別種の重たさを持つ二つの思いを抱えながら、鴎は階段を駆け下りる。
大谷はカエルを自身の左右に二体配置し、残る三体に結を攻撃させていた。
カエルたちは一匹が距離を置いて舌を伸ばし、あとの二匹がその体を捉えようと追いかけているが、結は風の“遺産”、“翠嵐”の力で、身軽に辺りを動き回っている。
結が軽く地面を蹴るだけで、その体は二階まで一息に飛び上がった。壁を蹴りつけ、垂直に駆け上がるとあっという間に上階まで達する。
その光景を眺めながら、便利な“遺産”だ、と大谷は独り言ちる。閉所での探知能力も脅威だが、あの力はやはり開けた場所でこそ発揮される。結が動くたびにそれを風が後押しすることで、“可能種”としての高い身体能力が“翠嵐”によってさらに増している。
結果として結は、常にカエルたちを一つの方向にして相手取ることで、囲まれることなく攻撃をかわし続けていた。
壁に張り付いて自分を追いかけてきたカエルの目の前で、結は空中へとその身を躍らせる。空気を割きながら飛んでくる舌を、身を捩らせるだけで避けつつ、三匹から大きく離れた地点に着地する。
土煙を上げ地面を陥没させるカエルと対照的に、優麗な踊りを思わせる穏やかさで着地する。
「おしとやかだねぇ…」
一つとして有効打を与えられていないにも関わらず、大谷には微塵の焦りも見受けられない。何故なら、結の動きを観察するにつれ、その“可能種”としての力は、今の大谷よりも劣っていることを確信していたからだ。
これなら今日でなくともよかった、そう思うほどの余裕が大谷にはある。右のカエルを目立たぬようじりじりと移動させながら、大谷は静かに戦いを見つめていた。




