金曜 生物準備室(7)
「そんなことする必要ないよ!大谷は放っとけば消えちゃうんだから…」
「そして勝ち目がないと判断した彼女が、姿を消すかもしれません。そうなればまた一からやり直すことになります」
強い断定口調に気圧され、鴎は反論の言葉を見失う。結は大谷へ向けた視線を揺るがすことなく
「今が一番のチャンスかもしれないんです。この場で禍根を絶ち」
結からふわりと風が生じ、あの薙刀が姿を現した。
「終わりにします」
初めて会った時のことを思い出すその姿を、鴎はやはり黙って見つめる。
そこまで言うのなら、しかし、ならば懸念材料、四体もいれば結を完封するという大谷の自信について伝えるべきではないのか?それに大谷の狙いは結だということは…?かといって、それで結が動揺してしまえば、元も子もない。
内側へ沈み込んでいた鴎の意識は大谷の一言に引っぱり上げられた。
「戦いが始まったら里見くんは急いで家へ帰ってください」
「…え!?」
驚きの声を上げる鴎へ顔を向けず、結は極めて事務的な口調で
「“可能種”と距離を置いていれば、里見くんは一連の記憶を失います。そうなれば彼女が里見くんを狙う理由はありません」
「ま、待ってよ、六城さん」
自分が負けた場合の想定、まるで遺言のような言葉に狼狽えながら詰め寄る鴎へ、結がやっと振り返る。
打って変わって、今までにない穏やかな顔と声で
「念のためです」
その表情を目にした鴎は、却って自分の中の不安が音もなく膨らむのを感じる。
「念のために、お礼も言っておきます。里見くん」
「お礼って…」
「私のお友達になってくれて、ありがとう。本当にうれしかった」
鴎はその時だけ、窓ガラスの外のことを忘れて、結の顔を見つめた。自分だって言いたいことはあるはずだと思っても、言葉が出てこない。藻掻きながら自分の奥底を見つめる。もう喉まで出かかっているのに。そうして世界中が雪で埋め尽くされているのではないかと思うほど、しんとした空気だけが二人の間にあった。
その時間はもう一度響いた轟音に破られた。
大谷が今度は自分で地面を蹴り飛ばした音だった。
結は窓ガラスを開けると、そこを潜り抜けてベランダへ身を移す。
今度こそ何かを伝えようと口を開く鴎に、結は
「施錠をお願いします」
と声を掛けると、柵を乗り越えそのまま落下した。




