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With the Wind!  作者: 肉丸 もりお
薫風の運び手
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金曜 生物準備室(3)

 それは見た目だけで言えば、カブトムシが地中に埋まっているときの蛹の色、褐色をした芋虫だった。しかし太さと長さは抱えている大谷の腕ほどある。

 彼女が力を込めて上半身を吊り上げているためか身をくねらせており、そのたびに上の方から粘つく透明の汁が飛び散っていた。


「ひっ」


 短い悲鳴を上げ後退る鴎の様子を面白がるように、大谷は両腕を突き出してそれを近づける。


「簡単にたくさん見繕(みつくろ)えたから、鴎君の言う通り、準備室の生き物を何度か拝借していました。なんとねぇ、こいつを体に入れられると、“可能種”並の運動能力や五感を手に入れるんだよ」


 自身のスカートに汁が飛散しても、大谷は顔色一つ変えずに説明を続ける。どこか据わった瞳は芋虫だけを見つめており、語りかけているはずの鴎は眼中にないようだった。


「私たちに近くなるみたいだけど、完璧には扱えないみたいだね。大きくなるのはその副作用かな。私たちは力に自覚的な程それを上手く扱えるから、もともと大した知能の無い生き物だと、発揮するのもそれ相応なんだよ」


 大谷はそこまで喋ると一呼吸置き、黙って芋虫を揺する。床に置けばビチビチと音を立てるであろう勢いで、芋虫がうねる。


 その深い(しわ)をなぞるように追ってしまった鴎は顔を逸らし、目だけを大谷に向けた。先ほどまでは丸腰に見えたが、一体何処からこんな化け物を取り出したのか。


 そんな鴎の疑問に答えるように、大谷は芋虫を膝の上に乗せると


「あぁ、そこらへんに隠してたわけじゃないよ。隠してるのもあるけど。私これ造れる、っていうか産めちゃうんだよねぇ」


 鴎は、一層激しく、不快感を際立たせる動きをする芋虫、そして大谷の顔を見た。心境がまったく読み取れないが、冗談を言っているような気配はない。


 しかし、もう一度芋虫へ視線を向ける。どう考えても服の中に隠したのが分からない大きさ、動きではない。大谷の(げん)を信じるのなら、自分が水槽を見ている間に生み出したということだ。鴎は、おちょくられていることを確信した。


 ふざけやがって。最初の衝撃が薄れるにつれ、先ほど抱いた怒りが再燃するのを感じる。


 突然あんなものを見せられたせいで、こっちは当分飯を美味く食えそうにないんだぞ。

 第一、こっちはお前のせいで死にかけて、女の子の前で醜態をさらす羽目になったんだ。まず謝罪があってしかるべきだろ。


 後者に関してはお前の意気地の問題だという声を今は無視して、鴎はもう一度開き直る。不用意な程に大谷はよく喋った。そこから何か、こいつに仕返しができるような材料は見いだせないか。このまま殴られっぱなしはごめんだ。その余裕ぶった面に小便をひっかけてやる。


 鴎は自分の熱を持った思考が、そろそろ守勢から攻勢に回るべきだと告げるのを感じた。


「だからこれ増やせるんだよ。まぁ、四体もいれば六城さんはなにもできないだろうね」


 その大谷の言葉に、鴎はふと疑問を抱いた。


 ではなぜ、自分を脅しているんだ?


 次の瞬間、今の今まで不鮮明だった大谷の目的に触れた気がした。こんな手間をかけて、自分と二人きりになった理由。


 鴎は気づいた。大谷には何か弱みがある。

 今夜の会話、そしてこれまでの会話は鴎に少なからず違和感を与えていた。それを一度に注ぎ込んでいれば恐らく結に勝利していたであろう、豪勢な戦力を逐次投入したこと、今また数がそろう前に消費していること、そして先ほどの引っかかり。

 それらすべての情報が、鴎に大谷の意図の重要性を告げていた。


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