金曜 屋上(4)
鴎の父親は裕福とは言えない家庭に育った。高校は父親の学力なら地域で一番の進学校でも十分合格を狙えたが、学費の問題で泣く泣く近場の公立高校に進学した。その後は奨学金で大学に入学し、商社に就職するとその五年後に結婚と順調に人生を歩んできた。
そして子供が生まれると、父親はその子を幼いころから塾に通わせた。
「物心ついたころから英会話教室に通ってたよ。それが当たり前で、不満を感じたことなかった」
父親は忙しい人で家にいる時間はあまりなかったが、鴎によく声を掛けていた。勉強どうだ、分からないところないか、授業にはついていけてるか。
小学校は公立ではなく、私立を受験することになった。父親は鴎に向かって、この年からでも受験戦争は始まっているんだ、と言った。母も、父の意見にええ、そうねと賛成していた。
「二人のいうこと、よくわからなくて駄々こねてたんだけど、最後は頷いたよ」
お受験は成功して、鴎は制服で登下校することになった。入学式の看板の横で写真を撮るとき、父親は鴎の後ろで誇らしげにしていた。
鴎は小学校に入学するとサッカーに興味を持った。ボールを追いかけている間、ただ一つの事を求めて思考すらも置きざりにする時間が楽しくて仕方なかった。
塾にも通うこと、テストで成績を出すことを条件にクラブ入団が許されていたのは四年生までだった。
「父親が帰ってきたら突然呼んでさ、言うんだ。鴎、今は我慢の時だぞ、って」
私立難関中学を受験することは暗黙の了解だった。そのためには、クラブ活動に割いている時間はない。父親は家を出てから着たままのスーツを脱がずに、フローリングの床に両膝をつけ、鴎の肩を掴み、言って聞かせた。
「中学に受かったらサッカー部に入ればいい、だから今は勉強に集中しようって。僕はちょっと考えて頷いた」
中学校には合格した。父親は珍しくはしゃいで、鴎なら受かると思っていた、と言い母を見た。母も、ええ、そうですねと頷いていた。
サッカーは好きだったが、執着するほどではなかったということかもしれない。中学校で鴎が入部したのは陸上部だった。
短距離走の、クラウチングスタートの姿勢で合図を待つときの緊張感が、足が地面を踏みしめる度に、増幅された力が体を打ち返すのが、たまらなく好きだった。
しかし鴎は、二年の夏に陸上部を退部した。
「父親がさ、言うんだよ。鴎、これでいいのか、って。あとで本気になったって遅いんだぞって。僕はすぐ頷いた」
父親はしばしば、ある高校の名前を出して鴎を激励していた。そこに通えば鴎の人生はもう安泰だと笑い、同意を求められた母親は同じように笑った。
「あの人がいけなかった高校にいくことが、僕の人生の目的だったんだ」
誰かが示してくれる目標に向かうのは、楽だった。鴎は親の言う通りに生きることを嫌だと感じたことは一度もない。
父親はいつだって正しく、その言う通りにして後悔したこともなかった。母親はいつだって人の意見を尊重し、文句を言わなかった。そしてなにより、二人の行動の裏には鴎を思う気持ちがあると思っていたから。
中学最後の模試、鴎は志望校のA判定をとった
。
「本当にうれしそうだった。あんなに喜んでるのを見るのは初めてだったよ」
中学に入学してから、鴎が合格するまで酒を断つと宣言していた父親は、水を飲んでいるのに酔っ払ったように大騒ぎした。母親も鴎を褒めた。
そして受験を三週間後に控えた日の朝、鴎は交通事故に遭った。
「朝学校に行くとき道を歩いてたら、急に体が吹き飛んでさ。道のすぐ横に木が植えられてて、そこに頭から突っ込んだんだ」
意識がしばらく断絶し、戻ると体が動かなった。誰かが近くにいて、何か鴎に喋りかけていた。下半身が動かないので頭だけを上げて見た時に、動くなと喋りかけられていたのだと分かった。自分の足から流れ出た血がアスファルトを染め上げているのを目にして、鴎の意識は再び途切れた。




