なぜなにイグナクト【本編 第二話の考察】 ★考察 一色24区★ ■後編■
★考察 一色24区★
これの完結編です。都庁の土産物屋さんで色々聞き込んだり、島嶼関連のイベントフェス(物産販売イベント)でスマホ片手に聞き込みしてたおっさんは大体私だと思います。
皆さんのご協力、お知恵結集のおかげで『天のイグナクト』の舞台/設定は構築されています。
だからこそイグナクト、真鎖人、旭柰の躍動が地に足のついたものになっていると思えます。
読者の皆様にも引き続きお楽しみいただければ幸いです。
2026年8月11日 冴祈統乾
■■できたばかりのアカウントでフォロワーもいません!■■
どうかフォローして頂けるととても嬉しいです
■Xアカウント■
【下駄のイグナクト】
(取材/ロケ/備忘録※本格稼働はお盆明けとなります。)
https://x.com/getanoignact
なぜなにイグナクト
【本編 第二話の考察】
★考察 一色24区★
■後編■
最後の回になります。
まずここまでの簡潔なまとめを記載します。
①江戸時代から現在の東京周辺の島はわりと中央で管理(扱いの決定権的な話)していた。
②小笠原は存在確認だけでわりと放置されていた
③明治以降に人類全体の活動圏の拡大で小笠原が今でいう所の国境の境目など含め無視できない島になった
この三点の把握でいいと思います。
というところから「小笠原が東京になった」を起点に東京っていつからあるの?をご説明します。
そもそも東京という行政区域がいつ成立し、そこへ小笠原がどう接続されたのかを分けて説明する必要があります。
1.「東京」はいつできたのか
ここは意外に重要ですが『いつから東京になった?』と問われて答えられる人はほぼいないと思います。
私も調べるまでは 明治維新バンザーイ! とか言って逃げてたと思う...都じゃなくて府だったくらいしか覚えてませんでした。
では実際どうだったかというと
東京府の成立は明治元年(1868年)7月17日です。
つまり、江戸幕府が倒れた直後に、旧江戸を中心とする地域を管轄する行政区画として「東京府」が設置された。
そして注意点として、
東京府 → 東京市 → 東京都
という単純な改称ではありません。
東京府と東京市は別の行政区画です。
1868年 東京府成立
1889年 東京市成立
1943年 東京府と東京市を廃止・統合して東京都成立
という流れです。
東京都江戸東京博物館の整理でも、東京府は1868年に設置され、東京市は1889年に東京府の管轄区域内に設置された、と明確に区別されています。
したがって、
「東京っていつできたん?」
への一番簡潔な答えは、行政区画としての東京府なら1868年。
現在の「東京都」という自治体なら1943年。
となります。
2. では、小笠原はなぜ「東京府」に入ったのか
ここが本題です。
小笠原は幕末から明治初期にかけて、単純に「東京の離島だったから東京に入った」のではありません。
むしろ逆です。
国家として領有・統治する必要が生じた結果、中央政府の所管に入り、その後どの府県に行政を担当させるかという問題が出てきた。
時系列にするとこうです。
【1675年】
江戸幕府が小笠原を巡航・調査。
東京都小笠原支庁もこの調査を小笠原史の重要な起点として挙げています。
しかし、江戸幕府が恒常的な行政機構を置いて大規模に統治したわけではありません。
【1861年(文久元年)】
幕末になると事情が変わります。
幕府は外国奉行水野忠徳らに小笠原の調査を命じ、咸臨丸を派遣。
目的は単なる
「島を見てこい」
ではありません。
領有権の確立と開拓です。
幕府側は島の居住者に対して、
小笠原は日本領土である
日本側は居住者を保護する
という意思を示し、同意を得ています。
ここで小笠原は、
「昔、日本人が発見したらしい無人島」
から、
「幕府が国家的意思をもって領有を確認しようとする島」
へ性格が変わります。
ここは『天のイグナクト』本編でも少し関係のあることで島とか関係なく土地を得たら
■【どこの国の法律が仕切る?】■
これが後のほぼ全てを決めてしまう構図です。
一色24区を名乗っても日本の法律が機能しないのなら意味はないという事です。
そういえばイギリスだったかな?
誰かがここはわしの国!と言い張って占有してる話が合ったような記憶があります...
※ミクロネーションというカテゴリだったかと思いますのでご興味がある方は掘ってください。
3. 明治政府
明治政府成立後、小笠原の領有問題は幕府から新政府へ引き継がれます。
【1876年】
明治9年、小笠原は国際的に日本領土として認められる段階に至ります。
東京都小笠原支庁の沿革も 1876年 国際的に日本領土と認められ内務省所管と定められ、移民を送り内務省出張所が設置されました。
ここがかなり大事です。
先ほどお話しした領有権を確保した後、次に必要になるのが「誰が統治するのか」です。司法の話になってきます。
そこで小笠原はまず、
内務省
の所管になります。
つまり最初から「東京府の島」だったわけではありません。
4. 東京府
1876年に日本領としての位置付けが固まり、内務省による統治・開拓が進む。
1878年には父島北袋沢に内務省勤農局出張所が設置されています。
その2年後。
明治13年(1880年)
小笠原諸島が内務省から東京府へ移管されます。
東京都の公式年表にも、
1880年 小笠原諸島 東京府に編入
と記録されています。
東京都公文書館の史料では、より具体的に、
1880年10月8日「小笠原島東京府管轄」
という記録が確認できます。
さらに東京都公文書館の解説では、同年11月に、
内務省の所管から離れる
内務省出張所を廃止
東京府出張所を設置
という行政組織の切り替えが行われたことが確認できます。
したがって、
「1880年、小笠原が東京になった」
という言い方は一般向けには通じますが、行政史として正確に言えば、
1880年、小笠原諸島が内務省所管から東京府の管轄へ移管された。
となります。
5.小笠原のまとめ
この話は、こう並べるとかなり分かりやすいです。
【年】 【出来事意味】
1675年 幕府が小笠原を調査江戸幕府による初期の公的調査
1861年 咸臨丸を小笠原へ派遣幕府が領有権確立・開拓へ動く
1868年 東京府成立「東京」という近代行政区画が誕生
1876年 小笠原が国際的に日本領と認められる領有問題の大枠が確定
1876~ 内務省所管国家による統治・開拓を開始
1878年 内務省勤農局出張所設置開拓行政を具体化
1880年 小笠原を東京府へ移管小笠原と東京府が行政的に接続
1889年 東京市成立東京府の内部に東京市が成立
1943年 東京府+東京市=東京都現在につながる「東京都」成立
「小笠原が東京なのは、江戸時代から東京の離島だったから」ではないことがはっきりします。
むしろ、
幕府による調査
↓
幕末の領有権確立への動き
↓
明治政府による領有・統治
↓
内務省所管
↓
東京府への移管
↓
現在の東京都
という行政史です。
6. 「東京いつできたん?」
これをを絡めるなら、もう一つ面白いところがあります。
小笠原が東京府に入った1880年には、まだ「東京市」すら存在していません。
東京市の成立は1889年。
したがって1880年当時、
「小笠原が東京府に入った」
のであって、
「小笠原が東京市に入った」
わけではありません。
さらに現在の東京都が成立するのは1943年です。
ややこしいですね...
つまり時系列としては、
((小笠原近年履歴))
■-----------------------■
小笠原が東京府へ入る
↓
9年後に東京市ができる
↓
さらに54年後に東京都ができる
■-----------------------■
という順番です。
一次史料・公的資料として使いやすいのは
⇓
東京都小笠原支庁「沿革」
東京都年表
東京都公文書館「東京市史稿 小笠原島東京府管轄」
東京都公文書館「小笠原嶋日誌」
国立国会図書館「小笠原島真景圖」解題
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
そしてここからが肝だと感じて私は創作上の設定で
【(一色24区)】
ありでしょ、と決断し
物語『天のイグナクト』の舞台が成立しました
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
【伊豆の島に話がうつります】
明治11年(1878年)。
明治初期、伊豆七島は 韮山県 → 足柄県 → 静岡県 と管轄が変わっていました。
1878年1月11日、太政官布告により、静岡県管轄だった伊豆七島を東京府へ移管。
実際の事務引継ぎは同年2月6日。
東京都の公式年表でも「1878年11月1日 伊豆諸島 静岡県より東京府に編入」と整理されています。
移管理由として当時の内務卿・大久保利通が挙げたのは、七島の裁判事務が東京裁判所に帰属していたこと、東京との交通の利便性、行政事務の円滑化などです。さらに江戸時代以来、伊豆七島と江戸との物産流通上の結びつきも強かった。
つまり今回の話の流れでは、
伊豆七島 → 1878年に東京府
小笠原 → 1880年に東京府
と、伊豆諸島のほうが2年先に東京府へ入っています。
伊豆の島、そして都心から遥か1000キロ南の海の果ての小笠原、硫黄島。
みんな東京都の管轄になったのは司法の問題へ帰結していました。
これは作中でも触れてますしここでも同様触れましたが
★統治するという事はその場で司法が機能することが重要★
という理屈です。
いかに日本の司法が程度の悪いボンクラで構成されて法の精神を無視した実務ばかりのお役所組織と化していても
【建付けとしてそこに法がある】
これが支配しているという証拠/証明になるという事です。
住人がいるから領土ではない、ライフラインがあるから国土だというわけでもない、そこに国の決まり事として【法】があるのかないのか、そこが作中【一色24区】成立の決め手となりました。
この辺りの成立の話は1話本編でさらりと流してしまいましたがそれも理由があります。作中の中盤、話数で見たら20話超えてからになると思いますがわりとガッツリいきます。
『天のイグナクト』
政治回として確実に少し触れないとだめな場面があります。
旭柰のおとーちゃんが父とはこういうもんじゃい!と立ち回ります。個人的に大好きなキャラなのでご登場をお待ち頂けるとありがたいです。
※とーちゃん初登場は『第八話』です。
というところで一色24区成立の『なぜなにイグナクト』はここで終わりです。
これ以上はネタバレになるのでまた時期が来たら書いていきます。
『天のイグナクト』本編は週一公開を基本に、たまに次節のお休み(お盆/名月/年末年始etc)を頂きつつ更新してまいります。
多分そのどこかのタイミングで『なぜなにイグナクト』でもまた一色24区の話はすることもあると思います。
愛知県在住の方は 下之一色の巨人 森治平とその息子/治郎 の事をお調べ頂くとこれからの『なぜなにイグナクト』がニヤニヤしながら楽しめるかと思われます。
下之一色物語...これちゃんと治平/治郎の偉業を組み立てると朝ドラとして成立するぐらいの話だと思います。
森様と呼ばれ今も多くの子孫の方がいるこの地...
また折を見て『なぜなにイグナクト』でもまとめていこうと思います。
ではまた次回もよろしくお願いします。
2026年8月11日 冴祈統乾
■Xアカウント■
【下駄のイグナクト】
(取材/ロケ/備忘録※本格稼働はお盆明けとなります。)
https://x.com/getanoignact
このようなコラムとも言えないモノに目を通して頂けて感謝いたします。
『天のイグナクト』
本編三話公開は 2026年8月14日13時00分です。
どうか引き続き イグナクト、真鎖人、旭柰 達の物語を追ってやって下さい。
■Xアカウント■
【下駄のイグナクト】
(取材/ロケ/備忘録※本格稼働はお盆明けとなります。)
https://x.com/getanoignact




