なぜなにイグナクト【本編 第一話の考察】 ★考察② クワガタ!★
天のイグナクト 第一話 の深堀です。
2回目の今回は山~昆虫が作中でどのようにつながったのかを取材雑記含めてコラムにしました。
【天のイグナクト】本編一話の作中様々な事柄を深堀していくコラム 第二弾です。
考察② クワガタ! ですが一応他もきちんとやります。
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【天のイグナクト】
https://kakuyomu.jp/works/2912051603479535016 https://ncode.syosetu.com/n9446mk/
取材記録は X/下駄のイグナクト
https://x.com/getanoignact (お盆明けから本格始動/動画とかも上げていきます。)
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なぜ日本の山は杉だらけなのか
まず皆さん日本の山、なぜ杉だらけ?なのかこれに気がつかれた人はどのくらいいるのでしょうか...
「日本の山って、なんでこんなに杉ばっかりなんだろう?」
主観としては花粉症の季節になると、これに思い至った、辿り着いたことのある人を知り合いでも見かけます。 今回は、ここを起点に出発してみようと思います。
日本の山と木材の関係を遡っていくと、実は戦国時代あたりから、既にただならぬ因縁が始まっています。 時の権力者たちは、城を築くにも、船を造るにも、とにかく大量の木材を必要としました。 中でも豊臣秀吉は、大坂城、伏見城といった巨大な築城を次々と手がけ、さらに朝鮮出兵に際しては大量の軍船まで建造しています。 これだけの木材需要が、当時の山々にかからなかったはずがありません。
私の故郷の一つ京都府福知山には福知山城という城があります。 ここを治めていたので有名な人物としては明智光秀がいます。 光秀は別に貧乏ではなかったようですが町が裕福になる方向に舵を切り城にはさほど手を入れた形跡がありません。 治水の方がメインだったと言われたらそれまでですが各地域で権力の誇示のために城を作っていた時期にその辺りへ何もしなかったのは『木材高くね?』という当時の情勢が見えてきます。 実際木材価格の高騰は各地の広葉樹林が伐り出され、山がはげ山になってしまう、ということが、日本中で発生していたことからもよくわかります。 この時代から価格高騰が既に起きていました。
朝鮮出兵はそのトドメだったかもしれません。 この辺りは朝鮮出兵は世間で言われるような秀吉くるくるパー説とは違うところに根幹があると感じていますので言及しません。 端的に言うと私の主幹は『そりゃね...秀吉の出自からしたらキレちゃうよね...』とは思います……
※諸説あるので色々調べてみてください。とりあえず秀吉は狂ってはなかったようです。
本題に戻しますがこのような確定事項だろうという点からだけ見ても、「日本の山を丸裸にした元凶は秀吉だ!」と言いたくなる人がいるのも理解できなくもないです。 でもやはり遠因という範囲かな?と思います。 そこまで単純な話でもないなというのが色々資料漁ってきて感じたことです。 確定的に言えるのは、実際近くに木がないから全国から集めまくっていた記録はありますしそのことで国内価格が高騰していたのも事実のようです。
戦国から江戸にかけての乱伐は、確かに山を荒れさせた大きな要因の一つではあります。 ですが、今、私たちが花粉症に悩まされている、あの膨大な杉山を作った「本当の決め手」は、実はもっと近い時代にあります。
戦国から江戸にかけての乱伐が、山を荒れさせた一つの要因だったという話はここまで。 ここからはその膨大な杉山を作った本当の決め手はいつの何が原因か...それはわりと近い時代の話です。
※実は江戸幕府の時代に少し山は回復していたのです
花粉地獄への転換点は、第二次世界大戦後。
戦時中、日本各地の山は、軍需物資や燃料の調達のために、かなりの規模で伐採されていました。 そして終戦後、焼け野原になった街を復興するため、住宅需要が爆発的に高まります。 柱や梁として使える木材が、大量に、しかも早急に必要とされました。
ちなみに知り合いの大手不動産会社会長(故人)は私の恩人なのですが生前『建材(木)が足りないっていうから部下の田舎の山とか持ってる奴みんな情報集めさせて山買いまくった。』と言っておりました。 当時ゴルフ場用地で山買う連中はめちゃくちゃ見ましたが建材欲しさに山漁ってたのは会長しか知らない...
このように理由は様々、山が買い漁られ禿山になり皆さんご存じのように挙句バブルが弾けました。 こんな最中で国が打ち出したのが「拡大造林政策」です。 戦争で荒れた山、そして元々広葉樹が茂っていた山高度成長期とその終焉。 この間に求められた木材は ①成長が早く、②まっすぐ育ち、③建材として扱いやすい。 つまり杉や檜を集中的に植え替えていく政策が、1950年代辺りから国策として全国規模で進められました。
杉は成長が早く、植林から数十年で建材として使えるようになります。 当時の「一刻も早く木材を確保しなければならない」という切実な事情を考えれば、この選択自体は、決して不合理なものではありませんでした。
ところが、ここで誤算が生まれます。 杉の伐採サイクルは、植えてから収穫まで、数十年という長い時間を要します。 その間に、日本の木材需要そのものが大きく変化していきました。 1960年代以降、輸入木材の関税が段階的に引き下げられ、海外から安価な木材が大量に入ってくるようになったのです。 国産材は価格競争力を失い、せっかく育てた国内の杉・檜林の多くが、伐採されないまま、放置されるようになっていきました。
手入れされないまま育ち続けた杉は、大量の花粉を飛ばし続けます。 これが、現在多くの人を悩ませている花粉症問題の、直接の土壌になっています。
つまり、戦国・江戸の乱伐は、山を荒れさせた「遠因」ではありましたが、今の杉花粉問題の「本当の犯人」は、戦後の政策と、その後の木材需要の変化が生み出した、ある種のねじれだったのです。
そしてこの、管理を次ぐ人もなく放置された杉の人工林が抱えていた問題は、実はもう一つの側面も持っています。 暗く、生き物の少ない、単一の樹種ばかりの森。 そこに、豊根村のようないくつかの地域が、当てはまっています。 私が取材で訪れた豊根村は杉が多い山々に元々の雑木林が混ざる、その間を豊かな水が縦横に流れる素晴らしい町でした。 まさか愛知の道の駅で土産物に【そこらで獲った鹿の角】が売られてるとは思いませんでした。 思わず買ってしまい何故か車のオブジェになってますが...W
私はそんな山々を見てたまたま台場クヌギを見かけたことから第一話の着想を得ました。
【台場クヌギとは】
台場という技法と、昆虫たちの楽園
ここまでお話した通り、戦後の拡大森林政策によって、日本の山の多くは杉や檜一色の人工林へと姿を変えました。 手入れされないまま放置された森は、暗く、単調で、生き物の種類も乏しい状態に陥りがちです。
そんな中、現実の豊根村は水資源を生かしチョウザメ養殖を中心とした漁業資源への路で活路を見出したようです。 実際その成果として豊根村産のキャビアが買えるようになってきました。
https://higashiaichi.jp/news/detail.php?id=26905
ここから拡大していくことを祈るばかりです。
私が創作で扱ったのはキノコです。 豊根村にはそのポテンシャルがあるなと滞在を重ねる中で思い至ったためそこから物語を組み立てました。
【菌床栽培(現在の主流)と原木栽培】
菌床栽培のような大量生産には向きませんが、良質なキノコを育てるには、クヌギやコナラといった広葉樹の原木が欠かせません。
私の幼少期、私が人生で最も敬愛する祖父が兵庫の山奥で原木栽培をしておりました。 幼少の私にはキノコが美味しいものとは感じられなかったのですがそれを易々と突破してきたのが祖父の作ったシイタケでした。 率直に言うと
『肉よりうめぇ~』
これにつきます。
手間のかかる原木栽培のキノコの威力を身を持って体感したのは6歳の時でした。 この偉大なキノコを育てるためにはクヌギ・コナラを持続的に育成しなければなりません。 そのための技が「台場」という、古くからある伐採技法です。
※前置きが長くてすいません。ここからが本編に絡むネタです。
台場は、木を根元からすべて伐り倒してしまう「皆伐」とは違います。 地上から1〜2メートルほどの高さで、木を水平に伐採します。 すると切り株から、新しい細い枝が何本も生えてきます。
※一説によるとこれは雷、落雷で砕け散った木の再生から『この木まだやれんじゃね?』と気が付いたという話をどこぞの資料館で見た記憶があります。
台場とはこの枝を、約7〜10年という周期で繰り返し収穫していく過程の産物です。
一度伐って終わりではなく、同じ木の同じ切り株から、何十年、時には何百年にもわたって、枝を収穫し続けることができる。 これが台場という技法の、大きな特徴です。 実際、日本各地には、数百年にわたって台場として使われ続けてきた古木も存在します。
この、何度も繰り返し伐採されるという特殊な育ち方が、木の姿を大きく変えていきます。 伐られては再生し、また伐られる、というサイクルを繰り返すうちに、切り株の部分には、複雑にねじれ、コブのように盛り上がった、ゴツゴツとした独特の形状が形成されていきます。 この過程で、木の内部に「洞」と呼ばれる、空洞になった部分ができることがあります。
そして、この洞こそが、昆虫たちにとって、またとない隠れ家になるのです。 多分、ここは私の推測ですが、昆虫が集まる理由としてある程度水が溜まり腐りやすい→木が柔らかくなる、というのが根底にあるように感じます。 腐ると絶対匂いが発生するんですよね。 すると虫が集まりそれを捕食する虫も集まり生態系が形成される。
そして樹液がその過程で森のフードコートとして機能し始める。 樹液が出やすい古木、湿り気を保った洞、朽ちかけた材の中で育つ幼虫たち。 もう舞台が完成して役者(虫)もそろってしまうんだと思います。 台場によって作られたクヌギ・コナラの里山は、結果として、多種多様な昆虫が集まる、豊かな生態系を育む場所になるという寸法です。 かつて杉の暗い人工林だった山が、伐採という人の手が加わり続けることによって、むしろ生き物たちで賑わう森として再生していく。 これは、少し意外に感じられるかもしれませんがそれが行われて再生しつつある森をいくつか知っています。 再び取材に行った際は色々観察/撮影してきます。
作中ではそうやって再生した森にオオクワを探して突撃する真鎖人が描かれています。 ちびっ子にもおっさんにも人気の高い、オオクワガタ。 そのオオクワガタについて、野生個体と飼育個体の違いに触れていきたいと思います。
【オオクワガタ/野生個体と飼育個体、その違いについて】
台場という伐採技法によって作られた里山が、昆虫たちにとって豊かな生息地になっていく過程をご説明しました。 次は、そこに集まる昆虫の一つ、オオクワガタを例に、野生個体と飼育個体の違いについて掘り下げます。
オオクワガタは、かつては「幻のクワガタ」とまで呼ばれるほど、生息地や生態がよく分かっていない存在でした。 しかし研究が進み、今では飼育環境や繁殖方法が広く確立され、専門店やペットショップでも当たり前に取引される、いわば「普及種」と呼べる存在になっています。 私も幼少期はオオクワ求めて山へ突撃し親が行方不明捜索願出そうかとオロオロしてるところにオオクワ捕まえて帰宅してメチャクチャ怒られたことがありました。
※子供の時は必死こいて山に突撃しても100回に一度くらいの割合でしか捕獲できませんでした
ここで、一つ疑問が生まれます。 飼育技術がここまで確立されているなら、わざわざ野生個体を探しに山へ入る意味は、どこにあるのでしょうか。
答えは、野生個体と飼育個体の間に、目に見える形状の違いが生まれることにあります。
飼育下では、幼虫の時期に与える栄養(菌糸ビンや発酵マットなど)を管理することで、成虫の大きさを意図的にコントロールできます。 栄養状態が安定しているため、比較的大型で、左右対称の整った顎の形状に育ちやすい、という特徴があります。
一方、野生個体は、その年の気候、朽ち木の栄養状態、他の幼虫との競合など、コントロールできない無数の要因の影響を受けながら育ちます。 その結果、飼育個体では見られにくい独特の顎の湾曲や、体表の質感、色艶といった、いわば「その個体だけの野生の景色」を宿すことがあります。
これは、どちらが優れているという話ではありません。 飼育個体には、計画的に理想の形質を追求できるという魅力があり、野生個体には、二つとして同じものがない、自然が作り出した一点物という魅力があります。
野生個体を探す採集者たちが求めているのは、単に「クワガタを手に入れること」ではなく、この、人の手が及ばない場所で育まれた、その個体だけの物語そのものなのかもしれません。 少なくとも私は幼少期、幾度かのオオクワ採集経験よりも、そのあちこちでの遭遇(ヤマカガシ/マムシ遭遇、蹴り入れた木の振動で溢れ出てきたスズメバチの群れ、巣を撤退したミツバチの残した巣から採集したはちみつなめて旨い!旨すぎる!etc)これらが本題の 【オオクワゲットだぜ! 】 を上回っていました。 今思うと経験値を積んでロマンを求めるという趣味なのかなと感じています。
【材割採集】
作中で真鎖人は材割という採集方法、朽ち木を見極める技術を披露しています。
材割という技術、朽ち木の見極め方、好きでないと身につかない路だと思います。 野生個体を探す採集方法にはいくつかの種類がありますが、晩冬の時期に主役となるのがこの「材割」と呼ばれる方法です。
材割とは、手斧などを使って朽ち木を割り、その内部にいる幼虫や、越冬中の成虫(新成虫)を探し出す採集方法です。 夏場に木に集まる成虫をライトトラップや樹液採集で探すのとは違い、材割は冬の間、じっとしている個体を、木の中から直接見つけ出す手法になります。
この方法には、ある程度の経験と知識が必要です。 ただやみくもに朽ち木を割っていっても、幼虫はなかなか見つかりません。 むしろ、簡単に考えて行うと、山の中で予定より長く時間を取られ、遭難のリスクすら伴う、少し特殊なジャンルの趣味でもあります。
※サバイバル能力+装備があると野宿含めて楽しみにもなります。
材割で重要になるのが、「どの朽ち木を割るか」の見極めです。
固く締まった木には、基本的に幼虫は住んでいません。 オオクワガタなどの幼虫は、ある程度腐朽が進み、柔らかくなった材を食べて育ちます。 そのため、経験を積んだ採集者は、木を軽く叩いた感触や、表面の状態、湿り気などから、その木に幼虫がいそうかどうか、ある程度の見当をつけることができます。 極論、蹴りいれて足が痛くない木はなんか虫がいます!
目星をつけた木は、表面を少しずつ削るように割っていきます。 幼虫が食べ進んだ跡は、黒い帯状の「蝕痕」として木の内部に残ります。 この蝕痕を辿るように材を解体していくと、その先に幼虫、あるいは羽化を終えて越冬している成虫が見つかることがあります。
この一連の作業は、単純な力仕事ではなく、木の状態を読み、痕跡を辿っていく、いわば謎解きに近い側面を持っています。 同じ場所で長く採集を続けている人ほど、その土地の樹勢の傾向や、朽ち木の特徴を経験として蓄積していき、より精度の高い見立てができるようになっていきます。 また逆に新規開拓で樹勢の書かれた地図で辺りをつけて突撃するのも面白いです。
そういった観点から私は『天のイグナクト』作中に、 拡大造林政策による杉山の広がり、そこからの再生としての台場・原木栽培、そしてその副産物として生まれた昆虫たちの楽園。 一見遠回りに見えるこれらの歴史が、最終的に、材割という一つの採集技術が成立する土壌にまで、静かに繋がっていたことを描いてみました。 すべてがその世界の根底に存在する人と自然の営みだということを記したかったんです。
最後に菌糸ブロックという発明と、その功績にも触れておきます。
これまで、杉山からの再生としての台場、原木栽培、そしてそこに集う野生のクワガタたちを追ってきました。 ですが最後に、もう一つ、この流れと切っても切り離せない存在について触れておきます。 菌糸ブロックです。
菌床栽培は、原木栽培とは違い、おがくずに栄養剤を混ぜ固めたブロックに、キノコの菌を植え付けて育てる方法です。 天候や気候に左右されず、一年を通して計画的に大量生産できることから、今や市場に流通するキノコの大半が、この菌床栽培によって作られています。 手間のかかる原木栽培とは対照的な、効率化の産物と言えます。
ところが、この菌床ブロックは、思わぬところで、もう一つの大きな功績を残すことになります。 それが、オオクワガタをはじめとするドルクス系(クワガタムシの仲間)の、幼虫飼育の世界です。
※ノコギリクワガタはプロソポコイルス、ミヤマクワガタはルカヌスという枠になりますが話すと本が書けるのでここでは何も語りません。
菌床ブロックは、栄養価が高く、成分が均一に管理されているため、これを幼虫の飼育に転用したところ、飛躍的に大きなサイズの成虫を育てられることが分かりました。 今、飼育下で記録されるような大型のオオクワガタの多くは、この菌床ブロックによる飼育技術の恩恵を受けています。
ただ、面白いことに、この「大きく育つ」という性質は、味とはまた別の話のようです。 菌床で育ったキノコは、安定した美味しさを持つ、いわば「普通に旨い」キノコです。 一方、原木で育ったキノコは、肉厚でみっちりと詰まった、ジューシーな味わいに仕上がります。 菌床が「効率と量」を、原木が「密度と質」を担っている、という違いがここにあります。
そして、これは筆者の主観に過ぎませんが、この対比は、クワガタにもどこか通じるところがあるように感じます。 菌床で育ったオオクワガタは、
『なんかスゲー!こいつデカいぞ。』
という某ロボットに乗り込んだ時みたいな言葉が口をつきます。
対して原木や野生の環境で育ったワイルド個体は、大きさこそ及ばないことが多いものの、なんかお前、太くね?と言いたくなるような、がっしりとした密度感を纏っていることが、しばしばあります。
効率よく大きく育つものと、時間と環境をかけてぎっしり詰まったもの。 キノコも、クワガタも、そのどちらが優れているという話ではなく、それぞれの育ち方が、それぞれの魅力を作り出しているのだと思います。
杉だらけになった山から始まったこの話は、菌床ブロックという、全く別の技術の話にまで、思いがけず繋がっていきました。 天のイグナクトの世界でも、豊根村の現実と創作での物語、すべてこうした私の経験したものと取材とそこで出会った人々の想いが背景の上に存在しています。
次回のなぜなにイグナクトも、どうぞお楽しみに。
天のイグナクトはハードSFの体裁ですがこのように各話を徹底した取材と可能な限りの一次資料から掘り返して書いています。適当な思い付きでは書いていない、この辺りに目を向けて頂けると幸いです。




