第7話:シュナイゼル領にて
4302字
「急なことでごめん。いつも無理を言ってしまって。昨日がロゼリアの誕生日パーティーだったんだけど、ロゼリアと母上に本当に散々言われたよ」
「うふふっ、仲がよろしいのですね」
「実はこんな当日朝早くに迎えに行くように言ったのは母上なんだ。”招待状を出すといろいろ準備で気を遣ってしまう。シュナイゼル領は保養地なのに、気を遣ったら意味がない”って」
「お心遣い感謝いたします。でもやっぱり緊張しますね」
「そんなに緊張しないで。今日は母上とロゼリアしかいないし、二人は気楽な人たちだから。父上は朝早く仕事に行かれた。そろそろ王都で正式に発表されている時間だと思うが、昨夜王太子殿下のところに王子が誕生したんだ。その件で王宮に呼ばれている」
「おめでとうございます!」
「ありがとう。俺叔父さんになったよ」
家に着くと、ロゼリアがオリビアに飛びつかんばかりの勢いで、挨拶しにきた。髪にはオリビアがデザインした髪飾りを付けている。
「初めまして。わたくしロゼリア・シュナイゼルです。オリビア様のことは兄からしっかり聞き出しています。この髪飾り、本当にありがとうございます!あのラッピングも、わたくしの名前にちなんでバラの形にしてくださったんでしょう?」
「ロゼリア!興奮しすぎだ。それに聞き出したってなんだよ」
「オリビア・ヴォルテールと申します。このたびはお招きくださりありがとうございます。喜んでいただけて嬉しいです」
「オリビアさん、ようこそ。私はアランとロゼリアの母コーネリア・シュナイゼルよ。あなたにお会いできるのを楽しみにしていたのよ。早速だけど、アラン、オリビアさんを少しお借りするわね。あなたは今日のプランがちゃんとできたらいらっしゃい」
「えっ、ちょっと!」
オリビアは、家に着いた早々母上とロゼリアに連れ去られてしまった。プランなら言われなくても考えてあるのに。
・・・・・・
30分ぐらい待ってから、庭園が見えるティールームに様子を見に行くと、楽しそうな話声が聞こえてきた。
「お兄様ったら、そんなことを言ったのですか?それではオリビア様もトマトみたいじゃないですか?大体お兄様は、昔から感想を言うのが下手なんです。比喩とか形容詞とかいらないんです。簡単に気持ちだけ言ってくれればいいのに!」
ロゼリア、兄の文句を言っている?
ロゼリアのこともオリビアのこともトマトだと言った覚えはないぞ。
「でもトマトのおかげで、アラン様とお話できるようになりましたから」
オリビア、優しい。
「ねえ、オリビアさん、このドレスとこのアクセサリーを祝典で組み合わせる予定なんだけど、なんかしっくりこないのよ。どう思う?」
「この組み合わせで良いと思います。とても素敵です。もしドレスとアクセサリーをそれぞれに際立たせたいのではなく、調和させたいということでしたら、髪型をこんな感じにされてみたらどうでしょうか?髪へのアクセサリーもこんな感じにして」
シュッ、シュッ、サー、サー。
どうやらデザイン画を描いて見せているようだ
「あら素敵!!これいいわ。ねえオリビアさん、祝典の日、あなた時間あるかしら?もし時間が空いているのなら・・・」
「母上!オリビアに何を頼もうとしているんですか!?オリビアだって忙しいんです」
俺はあわててティールームに飛び込んだ。ロゼリアが露骨にガッカリした顔をする。
「え~、お兄様もう来たの~。本当にちゃんとプランできたの?」
「当たり前だ。もう出かける。オリビア、待たせてごめん。さあ、行こう」
「えっ?出かけるのですか?今日はお茶会では?」
「うふふっ。ロゼリアのために時間をかけて考えてくださったんだもの、今度はオリビアさんが受け取る番よ。我がシュナイゼル領をぜひ楽しんでいってほしいのよ。アランにしっかりエスコートさせるから、気になるものがあったら遠慮なくアランに言ってね」
「ありがとうございます。とても嬉しいです」
「いいのよ。私も嬉しいのよ。相談できる女性がいたなんて。安心したわ。ロゼリアの手紙に好きなじょ・・・・」
「母上!!時間がないから!」
俺は強引に、母上の言葉に自分の声をかぶせた。
♢♢
「オリビア、本当にごめん。朝から疲れただろう?もし無理だったら、街をまわるのは別の日でもいいけど」
「いえ、本当に楽しかったです。お二方ともいろんなお話をしてくださって。今からシュナイゼル領を案内していただけるのもワクワクしています。アラン様、よろしくお願いいたします。」
オリビアの若草色の瞳が、期待感でいっぱいと言わんばかりにキラキラしている。
「わかった!まかせて。まずはメインストリートへ行こう」
メインストリートは朝から人でいっぱいだった。ただでさえ宝石と生地の都と呼ばれ、普段でも貴族と商人で賑っているうえに、今は避暑でたくさんの人が訪れている。人の間を抜け、オリビアの好きそうなアクセサリーやドレスの店を見て回る。オリビアは目を輝かせて熱心に見ている。
「こんなふうに石を配置するのですね。」
「この色合いを組み合わせても素敵なのですね」
「金属だけで、石がなくてもこんな華やかにできるのですね」
「オリビア、なにか気に入ったものはない?記念にプレゼントしたいんだけど」
「えっ、そんな、案内してくださっているだけで十分です。私にとっては今日、この日がプレゼントです」
オリビア、俺が記念になにか渡したいんだよ。
でも見るものすべてに感激しているオリビアに、何をプレゼントしたらよいのかわからない。”今日、この日がプレゼント”・・・思わず顔が緩みそうになる。
あっ、そうだ!
「オリビア、工房を見に行ってみるかい?裏通りは工房通りになっていて、体験させてくれるところもあるんだけど」
「行きたいです!!ぜひぜひお願いします!」
よし、今日一番の笑顔が返ってきた。
裏通りはメインストリートのような混み方ではなかったけど、いつもより人が多かった。オリビアに喜んでもらいたくて体験を提案したのだが、3か所回ってすべて満席だった。機織やリボン細工、宝石の研磨で出た粉を使うアートも、女性客でいっぱいだった。さっきから歩かせてばかりで、そろそろ座らせてあげたい。このままだとオリビアに頼りないと思われそうだ。
「アラン様、あそこはなんでしょう。お客さんは誰もいないようです」
「ほんとだ。金属工芸、溶接体験。体験できるのかな?」
工房に入ってみると 頑固な職人風の男性が一人とその妻と思われる女性がいた。
「いらっしゃい。・・・・・えっ、アラン様?ですよね?どうしてこちらに?」
どうやら俺の顔を知っているらしい。少しやりづらい。
「あ、えーと、こちらで溶接体験ができるって書いてあったから、体験したいと思ったのだが」
女性がオリビアをちらっと見る。
「できることはできるんですけど、溶接するときはいろいろとガードの装着お願いすることに・・・」
女性が言い渋っていると、横から怒鳴るように職人が言った。
「こんな格好だ!鉄のフェースガードとこの袖付きエプロンを付けるんだ!この格好が嫌なら・・」
「ぜひやらせてください!!」
オリビアの迷いのない声が頑固職人の声を押し返した。
数分後、俺とオリビアは鉄のフェースガードと袖付きエプロンを身に着けて、頑固職人、いや職人アーノルド氏の前に座っていた。簡単な説明を受けると、それぞれ好きな材料を選んで作業に取り掛かった。
オリビア、大丈夫かな?
フェースガードもエプロンもそれなりに重量があるけど。
それに、もっと女性受けしそうな可愛い雰囲気のところの方が本当は行きたかったかな?
・・・・・・
「お、そうきたかい!それはオレも思いつかなかったな。たいしたもんだ」
「いえいえ、こういうのはできますか?これをカーブさせて、ねじったところにこれを付けて・・・」
「く~っ!その手があったかー。」
気が付くとオリビアとアーノルドで盛り上がっていた。
アーノルドの妻スーザンが冷たいお茶を持ってきてくれた。
「粗末なもので申し訳ございませんが、ひとまずお茶を飲んでください。ここは火を使うのでガードを装着したままだと熱中症になりやすいんですよ。あなた!あなたは慣れているからいいけど、アラン様とオリビア様にはそろそろ休んでいただかないと!さあお二方とも外して楽になさってください」
「おっとしまった。つい夢中になりすぎた。オリビア様大丈夫かい?」
スーザンが手伝って、鉄のフェースガードと袖付きエプロンを外すと、中から蒸気した顔のオリビアがあらわれた。
「まあ!大変。ちょっと待ってて」
「ふーっ。大丈夫ですー。アラン様、すっごく、ふーっ、楽しいですー」
「っ!オリビア、大丈夫か!?」
結局、冷たいお茶だけでなく、冷たいおしぼり、軽食、果物まで頂戴してしまった。
スーザンが他の工房まで果物をもらいに行ったので、予想外に人が集まってしまった。
皆、オリビアをパタパタと仰いだり、タオルが温まると冷たいものに交換したりしてくれた。そして皆、口々にオリビアを褒めていた。
「女性でこのフェースガード付けて体験したのはオリビア様が初めてですよ。しかも作品になってますね。初心者とは思えない」
「ああ、このやり方はぜひとも使わせてもらいたいね」
自分の不甲斐なさを感じるが、オリビアが褒められているのを聞くと嬉しかった。
オリビアを見ると、皆に囲まれてニコニコしていた。
オリビア、綺麗だ・・・・。
・・・・・・
夕方の帰り道、オリビアと並んで歩く。高原の風は夕方には肌寒くなる。工房の女性たちに言われ、汗ばんだ洋服は街着を買って着替えてはいるが、今日はとくに涼しく感じる。
当初考えていたプラン、宝飾店でなにかをプレゼントする、景色のよいレストランで食事をするとかは全くできなかった。
でもオリビアの満足そうな顔を見たら、これはこれで喜んでもらえたのかなと思う。
隣を見るとオリビアが夕日に照らされて優しく微笑んでいた。胸の奥がキュっとなる。愛おしい。このままずっと一緒に歩いていたい。・・・俺は思わず声に出していた。
「ずっと一緒に歩いていたいな」
オリビアは前を向いたままニッコリしている。
「私もです。このままずっと歩いていたいなって思いました」
「違う」
「え?」
オリビアが一瞬驚いて立ち止まる。
違うんだ。俺はオリビアとずっと一緒にいたいんだ。ずっと一緒に生きていきたい!いや、そうじゃなくて、俺がこの先ずっと手を取り合っていきたいのはオリビアなんだ。そうだ、ちゃんと伝えるのは今しかない!自分が思っていることをありのまま!まっすぐに!!
俺はオリビアの正面に立つと、オリビアの瞳をしっかりとみつめたまま片膝をついた。




