第3話:教室にて
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「リリアナ様、どうかなさったのですか?ご気分がすぐれないのですか?」
私はハッとして顔を上げる。
友人たちに囲まれているのについ考え込んでしまっていたようだ。
「いえ、そんなことはないのですけど、卒業課題について考えていましたの。今年の夏季休暇は、学園や王立図書館通いかと思うと気が重くて」
私は咄嗟にもっともらしいことを言ってごまかした。
ここ王立学園では、最終学年になると卒業論文を課される。テーマは各自で自由に決めて良いことになっており、ほとんどの学生は、自分の得意な分野の研究か、自分の領に関連した内容で論文をまとめる。提出期限は秋なので、学生最後の夏休みだというのに、6年生は課題に追われることになっている。
そのうえ、卒業と同時に結婚する者も多く、結婚準備と並行して行わねばならず、夏休みは本当に余裕が全くなくなるのだ。
「そうですよねえ。卒業課題のこと考えると憂鬱になりますわ」
「今年はシュナイゼル領の避暑地に行けないかと思うと残念でなりませんわ。新しいドレス生地を見に行きたかったのですけど」
「私もです。ただ今年の王都はいつもと違う賑わいがありますよね。卒業課題で行き詰ったら街で気分転換して乗り切ろうと思っていますの」
「王太子妃殿下のご懐妊のニュースの影響ですね。お生まれになったら、王宮でパーティが開かれるのではないかしら」
「パーティーと言えば、オリビア様が新入生歓迎パーティで着られていたドレス、素敵でしたわね」
「ええ、本当に斬新で綺麗でしたわ。どちらでお仕立てになられたのかしら?」
「えっ、ああ、あれはいつもの行きつけのお店で・・。元々は私のドレスだったんですけど・・・」
「まあ!相変わらずリリアナ様のものを持っていってしまわれるのですか?困った方ねえ」
「オリビア様のことで以前悩まれてましたものね。静養から戻られてもお変わりないのですか」
「ええ、まあ」
「この間のカフェテラスでは、ご自分で並ばずに、リリアナ様の購入された限定品を受け取られていましたわね。それをすぐジョシュア様にお渡しになってしまうし、オリビア様はどういうつもりなんでしょうね?」
私は右手を頬に当てて軽くため息をついた。
「オリビアは自分の気持ちに率直なのです。ジョシュアとは幼馴染ですし・・」
「リリアナ様はそれでよろしいのですか?オリビア様がもし・・・・その、ジョシュア様のことを・・」
私はゆっくり首を振った。
「いいのです。私はジョシュアを信じておりますから」
「ジョシュア様もハッキリされませんわね。私、リリアナ様には申し訳ないのですけど、今年入学した妹に、オリビア様に気をつけるようにと言いましたの」
「たしかに学園生活中、学生同士のトラブルは時々ありますものね」
「うちは弟が入学したのですけど、一応弟の耳にいれておきましたわ。今のところ、新入生の間で特に問題はおきていないようですわ。オリビア様は、静養をご自分で延長されるぐらい勉学に後ろ向きだと思われてしまっているので、クラスに馴染めていないようですけど」
「ああ!なんてこと」
私は小さく叫びながら、口角が隠れるように手で覆った。
「弟が言うには、話す人がいなくて一番前の席で静かに授業を受けられているそうですわ」
「まあ!」
「そろそろ次の授業ですわね。準備しませんと。そうそう、卒業課題をするなら学園の図書館より王立図書館の方が落ち着いて勉強できると思いますわ。この間、静かにするように怒られている生徒がいましたもの」
「マナーがなってない方もいるのですね。蔵書数も王立図書館の方が多いですし、夏季休暇は王立図書館に籠りっきりになりそうだわ」
「課題もあるし結婚の準備もあるし、最終学年はやることが多すぎだわ」
私は友人たちとの会話で心が満たされていた。
♢♢♢♢
俺は教室の隅で本を読みながら、令嬢たちの会話を聞くともなしに聞いていた。
「ひどいな」
つい小さくつぶやいてしまった。
本から顔をあげると、前方の席にいるジョシュアと目が合う。ジョシュアは首をすくめるようにして、俺にちょっと頭を下げた。
オリビアは本当に良い子だった。たまたま図書館で会って話すようになったが、最近はオリビアと話すために図書館に行っている気がする。もちろん、小声で常識の範囲内でだ。
オリビアは、初めて会ったときから話しやすかった。聞くとなんでも素直に答えてくれて、いろいろと質問しすぎてしまったぐらいだ。
普段俺に話しかけてくる令嬢たちだとそうはいかない。意図をもって寄ってきているのが見えるので、気を抜くわけにいかないからだ。
オリビアの姉リリアナ嬢もその一人だった。
ヴォルテール家とガーランド家で婚約が内定していると聞くが、リリアナ嬢は入学当初から俺にいろいろと話しかけてきていた。
「アラン様も妹さんがいらっしゃるのですね。妹って大変ですわよね」
「シュナイゼル領とヴォルテール領はお隣ですわね」
「シュナイゼル領との境界近くに祖父母の家がありますの」
「妹は、なにかとジョシュアを頼りにしているんですの」
リリアナ嬢が話しかけてくるときは、周りに人がいないことが多いので、会話には特に気を遣い、すぐに離れるようにしている。
さすがにリリアナ嬢が俺に向けている気持ちは察している。
でもそれだけだ。6年間級友として、失礼がない程度にやり過ごすだけだ。
あっ、もしかしてオリビアの方がジョシュアと婚約するのか?いや、まさか。入学したばかりのオリビアより今年卒業するリリアナ嬢が婚約する可能性の方が高いはず。
そうでないと・・・・・・・困る。
それにしても、オリビアが勉学に後ろ向きとは思い違いもいいところだ。オリビアのノートには、鉱石の生成、産地、流通、絹糸・綿花の栽培方法、布地の織り方、とにかくいろんなことが詳しく系統立てて書かれていた。俺は自分が関係することなのに、そこまで勉強していなくて恥ずかしくなったぐらいだ。
そのことを口にすると
「でも、私は経営管理については疎いです。アラン様は広範囲でいろんなことをご存じでいらっしゃるのですごいです」
と言われた。オリビアと話していると自然と気持ちが上向きになる。
オリビアが博識なのは素晴らしいことだが、それよりもっと驚かされたのはオリビアの絵だった。スケッチされたものはどれも精巧に描かれていたし、デザイン画にいたってはそのままシュナイゼル領の工房に持ちこみたくなるような素晴らしさだった。
「オリビアはすぐにでもデザイナーになれそうだな」
「デザイナーは素敵ですね。本当になれたら嬉しいです」
「あっ、俺、言葉のセンスはないけど、宝飾と衣装のセンスはあるから確かだよ。」
「ふふふっ。ありがとうございます」
そういえば、オリビアは夏季休暇中、祖父の家で過ごすと言っていたな。
休暇中、会えないのは残念だな。
いや、そんなことはないか。卒業課題は、6年の始めに大筋は仕上げてある。あとは推敲がメインだからずっと王都にいる必要はない。妹の誕生日パーティーに参加するため、数日間はシュナイゼル領に戻るし。シュナイゼル領に戻るとき、訪ねていいか聞いてみよう。
・・・・・ダメだ。訪ねていく理由がない。
それにしても妹も無茶なことを言う。
昨日来た妹の手紙をそっと取り出して眺めた。
「お兄様、トマトと言った罰よ。わたくしに似合う髪飾りを自分でデザインして、プレゼントしてください」
なんという無理難題を・・・。
俺が女の子の髪飾りをデザインできるわけがない。しかも、パーティーで着るドレスに合わせたものをなんて条件付きで!ご丁寧にドレスの絵と布の端切れまで同封されている。
ドレスの絵とにらめっこしていると、その下に小さな字でなにか書いてあるのに気が付いた。
・・・・・
あっ、そうか!
妹の依頼も悪くないかもしれない。




