第2話:アランと図書館
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俺はアラン・シュナイゼル。
国王の3番目の息子で王立学園の6年生だ。
級友たちは入学当初、俺のことを殿下と呼ぼうとしたが断った。
俺は今、辺境伯家の子息になっている。
辺境伯家に嫁いだ国王の妹が、長いこと子宝に恵まれなかったので、8歳のとき王位継承権を保持したまま、辺境伯家の養子になったのだ。
辺境の地、シュナイゼル領は宝石と生地の都と呼ばれている。王都から北に、ヴォルテール領を挟んで山の方に広がる領だ。岩山では宝石となる鉱石があり、ふもとでは絹糸や綿花を作っている。それをもとにジュエリーやドレス、リボン、レースなどが作られる。夏は高原に避暑で訪れた貴族たちで、宝飾店や衣装店は大賑わいだ。
俺が10歳のとき予想外に妹が生まれた。
養子解消の話も出たようだが、養父母はそれを望まなかった。
辺境伯家で、俺は兄になった。
妹をよく可愛がっている兄のつもりだが、妹に言わせると、俺はダメな兄らしい。
今日は久しぶりに図書館に行く。
最終学年はいろいろと忙しく、2か月近く図書館に行けなかった。そんなに勉強熱心というわけではないが、辺境伯家の養子に入った以上、領の産出品や資金源となる資源についてはしっかりと頭に入れておくべきだと考えている。まあそれだけじゃなく、教室にいると令嬢に話しかけられて、返事をすると不機嫌になられるという理不尽なことが度々あるので煩わしいのだ。ムッとするわりには何度も話しかけてくるのが不思議ではあるが。
さて、俺の指定席は・・・・・
ん?珍しく誰か座っている。近づいていくが、こちらに気づかない。
まあいいんだけど・・・・・
あれ?あのノート見覚えが・・・・・
「なつかしいな。これ、子ども研究発表会のときのノートじゃないか」
「!」
ガタンっ。
図鑑を何冊も広げて見入っていた令嬢が俺を見て慌てて立ち上がった。
そんなに驚かなくても・・・。
「あっ、ごめん。驚かせるつもりはなかったんだ。このノート久しぶりに見たから懐かしくて」
「ノート?ですか?あっ、え、気に入ってて。あの、すぐ片づけます。ここ使われるのですね?」
令嬢は顔を赤らめながら、広げていた図鑑を閉じ、あたふたと荷物をまとめはじめた。
圧をかけているつもりはないんだけど。
「あっ、ちょっと待って。なにか大事な調べもののように見えたんだが。俺は急ぎじゃないし、机だって一人用じゃないんだから、半々で使えばいいだろう。ほら」
「えっ、あ・・・・・はい」
令嬢はとりあえず椅子に座った。
「なんの図鑑を見ていたの?大分熱心だったけど」
「えっと、鉱石とか布地の図鑑です。あとドレスの型紙集を」
「おっ?偶然だな。俺も鉱石と布地について調べようと思っていたんだ。鉱石と布地は、自分の領の重要な産出品だからね」
「自分の領、ですか・・・・・?」
令嬢は少し首を傾げる。
ガタンっ。
令嬢が再び立ち上がって、今度は耳まで真っ赤にして頭を深々と下げた。
おっ!どうした?
「殿下、失礼いたしました!!わ、私、気が付かずに申し訳ございません」
慌ただしい令嬢だな。新入生かな?
「とりあえず座ってくれ。俺は王室を離れた人間だから殿下じゃない。今の俺はアラン・シュナイゼルだ。普通にアランと呼んでくれ。級友にもそう呼んでもらっている。第6学年だ。君は?」
「オリビア・ヴォルテールと申します。今年入学いたしました。病気で静養していたため2年遅れで入学しております」
「ヴォルテール家ということは、君の姉上はリリアナ嬢か」
「はい。リリアナは姉でございます。私とは違い華やかで綺麗なので、姉妹に見えないかもしれませんけど」
「そうか?俺にはどっちもどっちに見えるが」
「・・・・・・・姉は綺麗ですけど」
気づくとオリビア嬢は、微妙な表情になっていた。
うっ、またやってしまったか。
「すまないっ。今のは綺麗ではないという意味じゃなくて、えーと、二人の綺麗さに差異はないと言いたかった。いや、そうでなくて二人とも綺麗だと・・・・」
なんだか言えば言うほど軽薄に聞こえるな。
「・・・うーっ、これだから”お兄様はダメねえ”って妹に言われるんだな」
「あ、妹さんがいらっしゃるのですね」
「ああ。6歳の妹がいる。そういえば、妹はオリビア嬢と同じ赤みのある髪色だから雰囲気が似ているな」
「そんな、恐れ多いことを」
「ははっ。妹は、普通の6歳の女の子だよ。最近はおしゃれに目覚めたみたいだけど」
「可愛いですね」
「まあね。俺におしゃれの感想を聞いてくるのは参るけどね。この間も、頭の上に髪を丸く結って、”どうかしら?”って聞いてくるんだ。何か言わないと怒るから”トマトがのっているみたいで可愛いよ”って答えたんだけど、激怒されちゃって・・・」
「・・・トマトがのっている、ですか。・・・・・私と同じ髪の色で・・・・・」
ふと見ると、オリビア嬢の髪は頭の後ろに丸く結われていた。
「あっ!!ちっ、違う!君はトマトじゃない!いや、そうじゃなくて褒めたんだ!トマトって丸くてつやつやしているだろう?」
俺は必死に弁解するが、上手く伝える言い方がみつからない。
オリビア嬢が口元に手をあてて、下を向く。
怒らせたのか?またやってしまったのか俺・・・・・。
「くっ、ふ、ふふっ・・・ふっ」
あれ?笑ってる?
オリビア嬢は笑っていた。こらえようとしてもこらえきれずに笑い出したようだった。目には涙まで滲んでいる。彼女をみていたら、俺も力が抜けて、笑い出してしまった。
「ふっ、ははっ。ダメだな俺。はははっ。」
「図書館内ではお静かにお願いいたします!!」
図書館員に二人とも怒られてしまった。
その後もオリビア嬢と静かにいろいろと話をした。ノートに何を書いているか気になると言うと、謙遜しながら見せてくれた。ノートには、びっくりするほど細かく、アイデアや調べたことが書いてあった。オリビア嬢はとても勉強熱心だった。そのうえ書かれている絵はとても上手だった。
ほぼ毎日、閉館時間まで図鑑のコーナーにいると聞いてなぜかホッとした。
それからオリビアとは、放課後の図書館でときどき一緒に過ごすようになった。
♢♢♢♢
「オリビア、なにかいいことあったの?ニコニコしているけど」
「あっ、いえ、図書館で良い本をみつけたので」
姉に聞かれて、私は焦ってしまった。本当は、今日の図書館での出来事を誰かに話したかった。
でも
「悪いけど、俺と知り合いになったことは誰にも言わないでいてくれるかな。立場上、不都合なことがあって・・・・・」
とアラン様に言われている。アラン様のような方は、いろいろと配慮しなければいけないことがあるのだろう。
私は自室に入ると、図書館でのことを思い出していた。
楽しかったなあ。
入学してから今日が一番楽しかったかもしれない。
初めて学校の人とたくさんお話できた。
アラン様は私の話をとてもよく聞いてくれた。
「このノート、子ども研究発表会のとき配られたノートだよね。今も使っている人がいるとは思わなかったよ。」
「はい、姉にもらって大事にしているんです。王立学園の校章が素敵で、いいなあって言ったら、姉が私にあげるって言ってくれて。私嬉しくて、自分の好きなことを書いたり貼ったりするノートにしているんです」
「好きなことって鉱石とか布地のこと?」
「はい、そうです。最初は綺麗なもの、可愛いものを貼り付けたり、スケッチしたりしていたんですけど、だんだんと自分だったらこうデザインするなあって考えて書き込んだり・・。そのうち、どこでどんなふうに作られているのかも気になって調べるようになって、鉱石や布地もそれ自体好きになってて」
「興味が広がって、さらに追求するってすごいな。オリビア嬢の話を聞いていたら、ノートに何が書いてあるか気になってきたよ。少し見せてもらいたいな」
「えっ、そんな大したものではないですよ。ほんの覚書程度です」
「そうかなぁ。でもまあ、今日初めて会った相手に大事なノートを見せてほしいっていうのは図々しすぎた。ごめん」
「いえ、そんなことは・・・・・。あの、大丈夫です。子どもの落書きみたいなものですが・・・」
私がノートを差し出すと、アラン様は本当に見てよいかもう一度確認してから受け取った。そして大切なものを扱うかのように、丁寧にノートを開いてページをめくっていった。目の前でノートを読まれるのは、かなり緊張したけど、アラン様が読みながら質問してくださるので、話しているうちにいつの間にか緊張は消えていた。
「このリボンと包装紙は?」
「それはクッキーを包んであったものなんです。あまりにも綺麗でとっておいてあるんです。ノートに貼っておくとなくさないですむので」
「このブローチの絵は全部自分でデザインしたの?」
「いえ、とんでもない。これとこれは、母と姉のブローチをスケッチしたものです。あとこれも知り合いの方のブローチのスケッチです。綺麗なものをスケッチするのも楽しいんです。でも、この琥珀色のブローチは見ると気が重くなります」
「なんで?」
「姉への贈り物だったのに、私が貸してほしいといったばかりに私のものみたいになってしまって・・」
「うん?あれ?このドレス2回描いてない?いや少し違うか」
「あ、わかりますか?これ同じドレスなんです。こっちが元々のドレスで12歳用、こっちが14歳の私でも着れるようにアレンジしたものです。こちらを新入生歓迎パーティに着て出席したのですけど 今の流行とは違ったみたいです。私が自分で縫いつけたので、ドレスに詳しい人からみたら変だったかもしれません」
「君は、縫製もできるの?そうか、だからドレスの型紙集を見ていたのか。俺は用事があってパーティを欠席したけど、この実物を見てみたかったな。自分の領でリボンやレースを作っているのに、実際にどういう使われ方をしているのか、よく知らないんだ。
ところで、なんで今回ドレスを新調しなかったんだい?ご令嬢は、パーティのたびに新調するものかと思っていたんだが」
「このドレス、元々は姉の新入生歓迎会用に用意されたドレスだったんです。ドレスの絵を描きたくて、何度も姉の部屋に行くものだから、姉が私に譲ってくれたんです。譲ってもらったからには、入学するとき絶対にこのドレスを着なくてはと思っていたんですけど、入学が遅れてしまって。だから今回こそはと思って着たんです」
「そうかあ。そんな思いがあるとは知らずに、なんで新調しないのなんて簡単に言って悪かった。2年も静養していたのなら、かなり大変な病状だったのだろう?」
「あ、いえ、そんなことないです。ヴォルテール領の北にある祖父母の家で静養していたんですけど、1年目の冬に祖母が急に亡くなって、私まで祖父のところから去ったら寂しいかなって思って、もう1年静養期間を伸ばしたんです」
「優しいね。おじい様は、今は大丈夫なのかな?」
「はい。3か月程経ったら、私とボードゲームをするぐらいには元気になりました」
会話を思い出しながら、私はハッとした。
私ばかり喋っている!
つい楽しくて喋りすぎてしまったわ。
きっと呆れられているにちがいない。




