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第09章 マイラ

 シエロは、予想していたより、大きな店だった。駐車場も、五台分ぐらい、確保されていた。

 シエロの緑色の屋根を見上げるような感じで、見ていた拓哉が、思い出したように、言った。

「俺、今日は、ここで帰るわ」

「面接なんて三十分程だろ。その後、なんか食ってこうぜ」

「実は、俺、今日、用があるんだ」

「へえー」

 拓哉は、ちょっと改まったように、僕を見つめると、言った。

「いや、お前、今、何か隠し事してるじゃん」

「まあ、隠し事っていうか、悩みというか」

「それで、今日は何か、それ関連かと思ってついて来たんだ。でも、バイトはバイトみたいだしな」

「それ関連って何だよ?」

「いや、また、何か悪いことしてんじゃねーかと」

 友よ。そういうのは、先ず、汝を誘う。

「当分、こりごりだ」

と、僕が、実感を込めて、言った。

 拓哉は、苦笑して、

「そうだな」

と、言うと、じゃ、と言って、女の子にも軽く会釈して、元来た道を、戻って行ってしまった。

 女の子は、拓哉が言ってしまうと、いけない、と言いながら、

「私の名前はマイラ。ごめんなさい。名前言うの、すっかり忘れてた」

「ああ、僕は、相賀翔太。さっきのは、東川拓哉」

 翔太に、拓哉ね、とマイラは相鎚を打つと、

「裏口があるの」

「詳しいね」

「私の家だから」

「ワーオ、これは驚いた」

 ハーフなことと、シエロまで送ってくれたことなどから、何となく、予想していたが、結果として、そうであることに、驚いたのも事実だ。

 マイラは、クスッと笑うと、僕を先導しながら、歩き出した。

 マイラは、裏口を、勝手知ったる感じで、開けて入ると、ドアを抑えて、僕も入るのを待っていてくれた。

 裏口から、ちょっと行ったとこが、キッチンだった。

 マイラは、キッチンの奥に向かって、

「パパ、バイトの面接だよ」

と、ちょっと、声を張り上げた。

 直ぐに、恰幅のいい男性が現れた。髪は短いが、パーマがかかってる。天然なのかもしれない。それと、口ひげがトレードマークのような気がした。瞳はとても優しかった。

「ああ、相賀君だよね」

「そうです」

「私が店長の、ホセね。スタッフルームがあるから、そこに行きましょ。マイラも来なさい」

「はーい」

と、マイラが返事をする。

 ホセは、僕に向かって、言った。

「私、日本語、弱いね。マイラの方が上手い」

 ホセは、僕を、スタッフルームに案内すると、パイプ椅子に腰かけさせた。僕は、椅子に座ると、鞄から、用意していた履歴書を、ホセに差し出した。

 ホセは、日本語が読めてるのか、読めてないのか、分からない感じで、パーと履歴書に目を通すと、ポンと机の上に置いた。

 そして、おもむろに言った。

「翔太は、どうして、シエロで働きたいの?」

「日本一のタコス職人になりたいからです」

と、僕は、練りに練った、準備をしてきた答えを言った。

 ホセは、ちょっと、きょとんとした感じで、マイラを見た。

「タコスが好きなんですって」

と、マイラがはしょって言う。

 マイラ、それ、誤訳じゃないか?

 ホセは、ちょっと笑って、

「へえー、それは珍しい、ジャパニーズボーイだね」

「はあ」

「最初は、皿洗いが多いよ。それでいい?」

「もちろんです」

「じゃあ、よろしく」

と言うと、立ち上がりながら、「お店のことはマイラに聞いてね」

「はい」

と、これは僕にはもちろん異存がない。

 こういう感じで、呆気なく、僕は、シエロでバイトすることになった。

 

 全ての道は皿洗いから。

という格言があるかどうかは、僕には、分からない。

 シエロは繁盛店で、その洗うべきお皿の量は膨大になる。もちろん、お客さんが一度に来るわけではないが、皿洗いは、その工程上、最後にやればいいので、どうしても、後回しになる。お店によっては、業務終了後、店長が、一人で、我が身を呪いながら、洗うそうだ。

 食器洗浄機はあるにはあるが、お客さんから下げたお皿をそのまま入れるわけにはいかない。下洗いみたいなものをして入れるんだ。また、高級なお皿、というか、材質によっては、入れてはいけないものもあって、それは、手で洗う。

 それを、シエロの場合は、狭いスペースで、黙々と一人でやる。

 正直、結構、精神的にもきつい。

 今、言ったことは、二日も働けばわかる。初日から、もしや、と思ったが、二日目で、やっぱり、という感じだ。

 ただ、業務終了後、マイラが、顔を出して、笑顔で言う。

「翔太がいないと、私が洗うことになる。私、翔太、大好き」

 好き、ってこういう時、使うの?なんか違うよね。

 それでまあ、三日目の今日、沙織さんの写真を持ってきて、マイラに尋ねようと思ってたんだ。

 しかし、切り出し方が難しいよね。

 昨夜、あれこれ考えたんだけど、上手い言い方が思いつかなかった。

 ところが、マイラがきっかけを作ってくれた。

 業務終了後、スタッフルームで着替えてると、マイラが例によって、顔を出して、言った。

「翔太、働いてみて、どう?辞める人は、三日目で辞める人、多いね。これ、日本人の不思議なとこ」

 うーむ。日本人全体が、三日坊主、という言葉の呪縛にかかってるのだろうか。

 僕が、返答に詰まっていると、マイラが、続けた。

「翔太がここで働きだした、本当の理由は何?翔太の大学なら、バイトなら家庭教師をすればいいでしょ。それに、日本一のタコス職人になりたい、なんて言った、日本人いないもん。そもそも、翔太って・・・」

 ここでマイラが、言い淀んだので、僕が言った。

「なんだよ?何でも言ってよ」

「翔太ってタコスって食べたことあるの?」

 ・・・実はない。

「どうして?」

「だって翔太、タコスを物珍しそうに見てるんだもん」

 流石に、タコスを食べたことがない、とは言い辛いので、

「いや、シエロみたいに本格的なタコスは食べたことがなくてさ」

と、僕は、動揺しながら、言う。

 待てよ、タコスに本格的も何もあるのか?家庭料理じゃなかったけ?

 僕は、しまったと、内心、思いながら、と同時に、本題を切り出すのは今しかない、と思った。

「実は、人を探してるんだ」

と、僕は言いながら、鞄から、沙織さんの写真を取り出して、マイラに見せた。

 マイラは、興味深そうに、写真を見てから、言った。

「誰?翔太の恋人?」

「まさか。遠い親戚。最近、ちょっと連絡が取れないんだ」

 マイラは、フーンと言いながら、

「この人、知ってる。奇麗な人だから」と言った。「週末は、毎週のように来てたけど、確かに、この二週間ぐらい見てない」

「そうか」

と、僕は、がっかりしたような声を出した。

 マイラは、そんな僕を励ます様に、言った。

「でも、よく一緒に来てた男の人が、先週は一人で来てたから、今週末も来るかもしれない」

「そう」

と、僕は、思わず、声を少し、大きくして言った。

 待てよ。

 でもそれって、皿洗いは継続だよね、やっぱ。


 そして、次の土曜日、例によって、僕が大量の皿と格闘してると、マイラが顔を覗かせた。

「例の男の人が来たわよ。お勘定が終わるころ、呼びに来るから」

「ここは、皿洗いはどうするの?」

「バカ」とマイラ。「私がやるわよ」

 マイラ、有難う。

 その男の人は、一人で来ていた。

 彼が、レジで、支払を済ませ、回転ドアから、外に出た瞬間、僕も続いて出て、声をかけた。

「あのー、すみません」

 振り向いた、その男の人は、三十前ぐらいだろうか。眼鏡の奥の瞳から、勝ち気な知性を感じた。ただ、沙織さんと一緒でなく、一人で来てるからだろう。少し、しょげてる感じはした。

 怪訝な顔を浮かべた、その人に、僕は、語りかけた。

「ここでバイトしてる、相賀翔太、という者です」

 男の人の顔から、怪訝な表情は消えない。そりゃ、そうだ。

 僕は、ポケットから、沙織さんの写真を取り出して、男の人に見せながら、言った。

「沙織さんの青森の親戚です。最近、連絡が取れなくて」

 写真を見た男の人の表情が、ガラリと変わった。

 男の人は、僕と、沙織さんの写真を、ジロジロと見比べた。

 僕は、話を続けた。

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