第07章 消費税の因縁
僕に悪気がないのは、伝わっているのだろう。それ以上、玲奈さんも、何も言わなかった。
「アナウンサーとかどうですか?将来的に、響子さんを、応援する立場になるかもしれない」
「マスコミなあ」
と、玲奈さんが、呟く。
玲奈さんは、チラリと、腕時計を見ると、ごめん、もう行くわ、と言って、席を立ち、荷物をまとめ、部室から、出て行ってしまった。
そんな玲奈さんの姿を見送ると、横で黙って聞いていた、拓哉が、僕におもむろに言った。
「お前、知らないのか?」
「何を?」
拓哉は、深々と、ため息を一つ付くと、話し出した。その仕草は、まるで、子ども扱いされた様で、悔しかったが、拓哉の話す内容の方に、関心が行った。
先ず、響子さんと玲奈さんが、お嬢様が通うF女子学園出身であること。
響子さんのお父さんは、工場を経営していたが、倒産してしまったこと。それは、消費税が五%になった翌年だが、もちろん、単純に、それだけが原因とは言えないだろう。
一方、玲奈さんのお父さんは、与党の中堅議員であること。
ここで、僕は、思わず、口を挟んだ。
「それって・・・」
「ああ、そういうことになる」
消費税導入を主導しているのが、財務省にしても、それを阻止できる立場にあるのは、無論、政治家である。しかも、与党だ。無論、一人の政治家の力でどうこう、出来ることではない。ことではないが、自分の父親も政治家として、消費税導入をして、増税をして、結果として、友達の父親が経営する工場が倒産になった。
多感な、そして、頭のいい玲奈さんは、何を思ったのか。
今では、すっかり定着した消費税だが、導入当初から、そして、増税時には、様々な議論があった。そして、景気の面では、概ね、反対論者の言う通りになってる。
因みに、経済学の大学教授の八割は反対派である。*NKK調べ。
そういう議論を、当時は恐らく、興味半分だろう、聞いていた響子さんは、実際に、自分の父親の工場が潰れて、何を思ったのか。
そして、これから、響子さんが財務省に入って何が出来るのか。
普通に考えたら、狼の群れの中の子羊一匹である。何も出来ないだろう。
そんなことは、響子さんとて百も承知だろう。無論、玲奈さんだって、そうだ。響子さんの力があまりにも無力なことは知っている。
それでも、どういう形であれ、玲奈さんは、響子さんを応援し続けるだろう。
しばらくの間、僕と拓哉は、しんみりと、アイスコーヒーをすすった。
やがて、ポツリと、拓哉が呟やいた。
「スカッとしねーな」
おいおい、流石に、今は、ナンパの気分じゃない、と思った僕は、キッと拓哉を睨みつけた。
拓哉は、そんな僕の視線を受け止めて、言った。
「ナンパじゃねーよ。お前の顔だよ」
「・・・顔?」
「なんか、悩みでもあるのか?」
流石、腐れ縁。
実は、今夜、長澤浩一さんと約束があるのだ。と言っても、今、この瞬間にも、長澤さんは、そこら辺にいるのだろうが。
天国で、ミカに会ったこと、ガラポンをしたことは、未だ、拓哉にも誰にも話してない。
拓哉にぐらい、いつか、話そうと思うのだが。だが、あまりにも、話の内容が唐突過ぎる。
それで、僕は、真顔で、こう言った。
「今は、未だ、話せない」
「なんだ、そりゃ」
と、拓哉が苦笑した。「まあ、気が向いたら話せや」
まだまだ、夜になると肌寒い。
東京の郊外にある住宅街に来て、長澤さんに訊いた。
「寒さって感じますか?」
「いいや」
「空腹感は?」
「いいや」
「まあ、そうか」
幽霊がお腹空いたから、人を驚かしたという話は聞いたことがない。・・・いや待てよ、落語でありそうだな。
目の前の住宅が、長澤さんが指定した一軒家で、宇井戸家だそうだ。
昨日、けんもほろろという感じだったので、流石に、気が重たい。
それで、作戦会議をしてから、今、この場にいる。
まあ、ぶっちゃけ、大した作戦じゃない。
でも、長澤さんは、
「まあ、俺を信じろ」
と、自信有り気だった。そして、付け加えた。「俺は、君を信じてる」
この辺は、流石に社長さんと言いたいところだが、まあ、今の長澤さんが、頼りに出来るのは僕だけだから、色々と割り引いて考えないといけない。
呼び鈴を押して、しばらくすると、中年女性の声が聞こえて来た。奥さんだろうか。
「宇井戸賢一さんにご用がありまして。長澤浩一さんの親戚の者です」
それから、しばらくして、宇井戸が出てきた。
露骨に嫌な顔を僕に向けて、言った。
「困るなあ。家にまで押しかけてきて」
僕は、僕のちょっと前に立っている、長澤さんの顔を見る。
長澤さんが、コクリと頷く。
僕は、意図的に、無表情な顔を作ると、開けゴマみたいな感じで言った。
「あゆみ、ともか。あゆみ、ともか」
宇井戸の顔つきが、見るからに変わった。
愛人の名前、ということだ。二人もいるのか、と僕は羨ましかった。
宇井戸は慌てて、玄関から出てきて、ドアを閉めると、スタスタと僕の前に、歩み寄ってきた。
「何のつもりだ?」
「写真もあるよ」
実際はないのだが、いざとなれば、明日からでも張り込みでもなんでもすればいい。
まあ、ここが勝負どこだ。
宇井戸が別に、愛人の一人や二人、奥さんにばれてもいい、会社にばれてもいい、というのなら、ここで僕を罵倒して、玄関に戻るだろう。
宇井戸は、思案気な顔で、僕をしばらく眺めた後、やがて、ボソリと呟いた。
「お前、何者だ?」
「ですから、青森の親戚の者で・・・」
「嘘はいい。社長の奥さんに訊いた。奥さんの側にはいないそうだ。また、社長の側からも、そういう話は訊いたことがないそうだ。これも、調べれば、ハッキリしたことが分かるだろう」
「・・・」
何と答えていいいか分からない。
僕は、長澤さんを見たが、長澤さんは、首を振るだけだ。
それ、どういう意味ですか、長澤浩一さん!
宇津木は、そして、大きくため息を付くと、言った。
「要求は何だ?でも調子に乗るなよ。別に愛人なんてバレてもいいんだ。だが、面倒は面倒だ。だから、俺がお前の言うことを聞くかは、お前の要求次第だ」
実に、論理的な説明だ。
「沙織さん捜索の報告書を下さい」
「それでいいのか」
「ええ」
「ちょっと、待ってろ」
と言うと、宇津木は、玄関の奥に戻っていった。長澤さんの推測通り、この家にあるらしい。
ここで、先ほどの、作戦会議の一部を話す必要があるね。
宇津木が、沙織さんを探すと言っても、自分で探すわけじゃない。探偵会社に頼んだらしい。その一週間分の報告書が既に、あるらしい。
「だったら、最初から、そう言えばいいじゃないですか?」
と、僕は、もちろん、長澤さんに言った。
「宇津木に探して欲しかった」
「・・・なるほど」
宇津木さんが普段、何してるかしらないが、まあ、いわゆる社長の懐刀の様な存在だったのだろう。
片や、僕は、セクシー野獣にたぶらかされて、ドラッグの過剰摂取で死んじゃうような、おっちょこちょい。
なるほど、それは、比較にならない。
僕は、自尊心を大いに傷つけられながらも納得した。
直ぐに、宇津木さんが戻って来た。
宇津木さんは、A四の大きさのクリアファイルを、僕に手渡しながら、言った。
「調査は既に、打ち切ってある」
と、ドライに言った。
恐る恐る、長澤さんを見ると、怒り心頭に達している。
宇津木さんは無論、そんな長澤さんの様子など、知る由もない。
そして、最後に、立ち去り際、宇津木さんは、僕に、その本性を見せた。
僕にグッと顔を寄せると、凄んで、声を出した。
「ガキが、調子に乗るんじゃねーぞ」
いやー、怖かった、怖かった。
最初会った時から、薄々思ってたけど、宇津木さんってヤクザ屋さんですよね?長澤さん。
ってことは、長澤さんもヤクザ屋さん?
そんな思いで、チラリと長澤さんを見ると、長澤さんは、憤怒にかられたままだ。
宇津木さんは、ビビった僕を見て、満足したらしい。今度は、一転、笑顔を作ると、僕の肩をポンポンと叩いて言った。
「まあ、そういうことだ、兄ちゃん」




