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第06章 宇井戸

「ええ。なんとなく、ですけど」

「まあ所属は秘書室だが、会社の何でも屋だ。会社の出世コースって分かるか?」

「人事ですか?」

「ああ。それと総務部だ。総務ってのは何でも屋だ。何でもやって、組織を覚える」

「そんなものですか」

 僕が、長澤さんから、帝王学を聞いてると、カランと、喫茶店のドアが開く音がして、スーツ姿の男が入って来た。男は、オールバックにしていて、なるほど、ちょっとニヒルな感じの仕事が出来そうな感じだ。男は、店内をきょろきょろと見回した。彼が、宇井戸さんだろう。

 僕は、立ち上がって、手を挙げて、軽く振った。

 宇井戸さんは直ぐに気が付いて、僕のテーブルにやって来た。

 そして、宇井戸さんは、長澤さんを押しのけるようにして、丸椅子に座った。

 社長になんてことするんだ、と僕は、内心、憤ったが、無論、宇井戸さんには、長澤さんが見えてないので、致し方のないことだ。

 宇井戸さんは、注文を取りに来たウェイトレスに、水でいい、と言ってから、軽く、金属製の眼鏡を人差し指で、ずり上げてから、僕に言った。

「社長の親戚だって?」

「ええ」

 そう答える僕を、宇井戸さんは、ジロジロと値踏みした。

「親戚なんて聞いたことがないなあ・・・」

 そう言われて、僕は、ドキッとする。

「と言っても、社長のプライベートって考えてみると、ほとんど知らないんだよな」

 僕は、なんと答えていいか分からず、手元のコーヒーカップの取っ手を意味もなく撫でる。

 宇井戸さんは、頭の中を働かせてるような感じで、僕を見ながら、言った。

「そうそう、名前は?」

「相賀翔太です」

 あれっ、本名でいいのか?・・・でもまあ、言っちゃった、

「ふーん」と宇井戸。「社長の自宅には行ったの?」

「未だです」

 宇井戸さんは、ちょっと眼鏡の奥を光らせると、

「手紙ってのは?」

 あれ、手紙は何処で受け取ったことになるんだ?

「ああ、走り書きみたいなもんで、宇井戸さんが沙織さんを探してるから、って。俺が死んだ場合には、って」

 宇井戸さんは、僕の上の天井を軽く見ながら、しばらく考えた後、呟く様に言った。

「社長とは親しかったの?」

 全然。

「年賀状をやり取りするぐらいですかね。青森ですから」

 うーん、青森の設定は、こういう意味があったのか。しかし、今時、年賀状なんてやり取りするのだろうか。

「手紙以外に、社長から託されたものある?」

 僕は、黙って聞いてる、長澤さんをチラリと見たが、長澤さんは無表情だ。

「いいえ」

と、僕は首を振った。

 長澤さんは、先ほど、ウェイトレスが運んできた水を、一口二口、飲んでから、言った。

「ごめん。今、忙しいんだ。ほら、社長が死んだんだからさ。だから、僕の方で、協力できることはない。そうだな、社長の自宅に行ってみたら?」

 僕は、ぼんやり、頷く。

「住所は分かる?」

「ええ」

と、僕は、頷く。

 もちろん、長澤さんの家の住所など分からないが、流石に、長澤さんが知っているだろう。

 宇井戸さんは、席を立つと、それじゃ、と言って、僕にクルリと背を向けて、ドアに向かった。

 協力してくれないのは残念だが、宇井戸さんの対応は、まあ、こんなもんじゃないだろうか。

 それで、僕は、それこそ、長澤さんの自宅に行ってみるか、と思いながら、脇にそれて立っている長澤さんに、視線をやると、ちょっと、ギョッとした。

 長澤さんが、怒り心頭という感じで、ドアを、宇井戸さんが去っていったドアを見つめていたからだ。

 

 翌日、僕は、一週間ぶりに、大学に行った。

 NKKの部室に顔を出すと、紺のリクルートスーツ姿の玲奈さんがいた。

 眩しい、眩しすぎる。

 何せ、ミカに勝るとも劣らない美形なのだ。むしろ、その冷たい感じは、ミカよりも上だろう。これぞ、クールビューティーという奴だ。

「就職活動、お疲れ様です」

と、僕が如才なく言う。

 玲奈は、机の上に拡げていた資料から目を上げると、言った。

「おう、もう、大丈夫なのか?」

「ええ、なんとか」

「ふーん」

と、玲奈さんは、相鎚を打ってから、「そうだ、お前、今、学内じゃちょっとした有名人だぞ」

「そうなんですか」

「ああ。奇跡の人、とか、復活のナンパ師とか」

 ・・・まあ、しゃーないか。奇跡が起きたのは事実なんだから。奇跡と言っても、百分の一だけどね。

 でもまあ、話題を変えた方が無難だろう。

 今日は、いつも部室にいる響子さんがない。

 僕は、コホンと咳払いすると、

「そういえば、響子さんって、進路どうすんですか?」

「響子か」

「ええ」

「財務省。そろそろ面接だろう」

と、さも当然のように、まるで、町内会のガラポンで、一等のハワイ旅行が当たるのが当然かのように言った。

「えー」

と、僕は、心底、驚いて、言った。

 理由は、二つある。

 一つは、当然、国家一種試験で上位の成績を収めるほど、響子さんが頭がいいこと。いや、まあ、頭のいい人だとは思っていたが、そこまでとは。

 もう一つは・・・。

「響子さんって、そんな頭、良かったんですか?」

「ああ。響子は、大学入試時に東大受かってるぞ」

「じゃあ、なんでウチに?」

「こっちだと、学費が文字通り、全額免除だからな。生活費も一部、出る」

 おお、噂の、スーパー特待生か。

「でも、財務省って・・・」

 玲奈さんは、しげしげと僕を見つめると、頷いた。

「ああ、そういうことになる」

 日本で、消費税の導入を画策したのも、増税に邁進してるのも、財務省だ。

 もちろん、僕は、NKKに入ってから、耳学問で知った。

 東大には、日本中から、秀才が集まり、また、その中でも頭がいい奴らが、財務省に入る。

 その彼らが、何故、消費税増税という愚策に邁進するのか。

 現代日本の七不思議の一つと言える。

 この辺のところは、財務省出身の評論家などが、本も出版しているので、是非、読んで欲しい。

 しかし、今、言いたいのはそういうことじゃない。

 その悪の巣窟たる財務省に、消費税反対論者の響子さんが行くということは、まるで、オオカミの群れに、ピチピチの子羊が、飛び込むようなものではないか。全国の猛者が集う大食い選手権に、ダイエット中の乙女が飛び込むようなものではないか。僕の心中のイメージを感じ取った、玲奈さんが言う。

「響子だって、バカじゃない。そのへんは、上手くやるさ」

 上手くやる、とは、面接で、議論を吹っ掛けたりしない、ということだろう。

 机の前に、コンという音がした。

 気が付くと、拓哉が来ていて、アイスコーヒーのグラスを、僕の前の机の上に置いた。無論、拓哉には、自分用のグラスも在って、僕の横に座った。

 僕は、拓哉に、有難う、と言い、アイスコーヒーを、一口、飲んでから、言った。

「それで、玲奈さんはどうするんですか?」

 玲奈さんは、うーん、という感じで腕組みをすると、その整った顔立ちを、心持ち、天井に向けた。

「私も、財務省に入りたいとこだが、そういう頭はないしなあ。結構、ガチで悩んでる」

「やはり、消費税減税、廃止のために?」

 その僕の問いに、玲奈さんは、キッと僕を睨みつけて、言った。

「当たり前だ」

「・・・」

 前から、疑問なのだが、この若い二人は、どうして、そこまで消費税に拘るのだろう。

 流石に、僕も消費税増税が、愚策ということは分かった。

 だが、それは、政治家や大学教授やマスコミ、だけじゃない、社会で禄を食む者のすることではないのか。高給取りのすることではないのか。

 何も、うら若き乙女が、その青春を捧げなくてもいいのではないか。

 そして、ここで、僕は、今日、言おうと思っていたことを口にした。

「玲奈さんには、天使に勝るとも劣らない美貌があるじゃないですか」

 玲奈さんは、フッと苦笑して、

「天使は大袈裟だろう」

と、言った。

 美人は、自分が美人である、と言われて、一々否定しない。

 僕は、これを玲奈さんから学んだ。

「いや、奇跡の人が言うんだから、決して、大袈裟じゃありませんよ」

「お前は、そうやって、ナンパするのか?」

「まさか!」

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