第05章 最初の死者
「あのー、私、山田卓三と言います。・・・私が死者、いや、幽霊と言った方がいいじゃろか、ってことは分かるかの?」
「ええ、分かります」
と、僕は、夕方の心地よい風に吹かれながら、答えた。
「頼みがあるんじゃが、聞いて貰えるかの?」
来た来た。
「先ずは、言ってみてください」
「はあ」と山田。「孫の山田弘子の学芸会を見に行きたいんじゃ」
「・・・」
「・・・」
僕は、コホンと咳払いをした。
「お孫さんとは、生き別れか何かで?」
「生き別れ?」
「顔を見るのは初めてですか?」
「バカ、言わんでくれ。弘子は、私が大事に育てた」
「つまり、何度も、何百回も、お孫さんの顔は見てると?」
「当たり前じゃ!」
「シャットアウト」と、僕は、心で念じた。
こんなんでいいのかな?
すると、山田卓三の姿は、僕の前から、姿を消した。
ふむ、この機能がないと、大変なとこになるとこだった。まあ、最初は無かったのかもしれないが、恐らく、クレームが出たのだろう。孫娘が可愛いのは分かるが、しかし、人間の欲には、キリがないね。
更に、五分程、散歩していると、再び、
「あのー」
という声がした。
今度は、二十代中頃の男性だった。眼鏡をかけていて、少し、太りぎみかな。
だが、期待は出来る。
人生、これからじゃないか。
さぞや、無念の死だったに違いない。
「大村達也といいます。お願いがあるのですが」
「なんでしょう?」
「メグって知ってますか?」
「彼女ですか?」
「いえ、とんでもない。MEGUって書くんですが、AV女優です」
この辺から、雲行きが怪しくなってきた。
「お知り合いですか?妹さんとか?」
「とんでもない。先週、彼女の最新作が出たので、見たいなと」
僕は、シャットアウト、と念じる前に、先ほどの、山田卓三の時にも、気になっていたことを、訊いた。
「そんなの、ビデオボックスでもどこでも、行けばいいじゃないですか?」
大村達也は、哀しそうに顔を歪めると、と言った。
「それが出来たら、苦労しませんよ」
まっ、そりゃそうか。
「僕たち、ガラポンで負けた人間には、二つの選択肢があるんです。一つは、こうやって、貴方と行動を共にする。当然、貴方が、見聞きすることしか、見聞きできません。もう一つは、貴方から離れて、自分の好きな場所に行けるようになる。こっちを、選択したら、貴方と話ことはもう出来ません」
僕は、ちょっと考えて言った。
「でもそれだったら、僕から離れて、ビデオボックスに行けばいいじゃないですか」
「そしたら、確かに、最新AVは見れます。でも、現実世界に働きかけることが出来ないじゃないですか」
「シャットアウト」と、僕は、心で念じた。
大村達也の姿は、消えた。
大村達也は、僕にメグの最新AVを見せたあと、いや、一緒に見た後、何をやらそうというのか。
本来なら、そこまで、訊かないといけないのだろうが、まあ、どうせ、高潔な行動とは思えない。放っとけば、僕から離れて、最新AVを見に行くだろう。
そうして、今日、また夕方に、河川敷を歩いている。明日から、大学にも行く予定だ。
川幅は二十mぐらいだろうか。
川の向こうは、ゴルフコースになっていている。
手前は、空き地のような感じになっていて、人々は想い想いの、過ごし方をしていた。
僕の様に、ブラブラと歩いているもの、座り込んでいるもの、或いは、サッカーをしているもの。
そんな中で、僕から近いとこでは、親子連れが、縄跳びをしていた。正確には、小学生だろうか。娘の方が、先ほどから、二十跳びをしているが、二回、三回ぐらいで止まってしまう。縄が足に引っかかってしまう。見ていると、父親の方は、やろうとしない。まあ、出来ないのだろう。僕だって、ちょっと自信ない。もちろん、小学生の時は、出来たけどね。あの父親もそういう風に言っているに違いない。そして、それは、恐らく、事実だろう。
でも、今は、出来ないのだ。
まあ、縄が短い、というのもあるか。
入院中、死者が、僕に語り掛けなかったことを考える。
それは、慎みからだろう、と思っていたが、孫娘の学芸会に見に行きたい、とか、最新AVを見たい、とかいう連中だ。そういう慎みとは別なのではないか。それよりかは、僕の体調や心の状態に関係してるのかもしれない、等とぼんやり考えていた。
すると、不意に、
「あのー」
と、声がした。
はい、来た。
目の前に、ノーネクタイだが、スーツ姿の中年男が現れた。
髪は短髪で、表情に乏しい、というか、カッコよく言えば、クールとでもいうのか。
「俺の名前は長澤浩一だ。娘を探して欲しい」
「いつから、連絡が取れないんですか?」
「二週間だ」
「娘さんの名前は?」
「二十四歳」
「警察には?」
「警察は嫌いだ」
「誘拐の脅迫状とかは?」
「そういうのはない」と長澤。「だが携帯がつながらない。電源が入ってない。初めてのことだ」
「長澤さんは、何時、亡くなったんですか?」
「昨日だ」
「長澤さんは、どうして死んじゃったんですか」
「癌だ」
「それは・・・」
ご愁傷様です、と言おうとして、止めた。変な話だが、今の場合、なんだか、間抜けに思えたんだ。
ミカの手前、いや、神様の手前、そろそろ、死者の頼みを聞かねば、と思っていたとこだ。
先ず、丸っきりの煩悩というわけでもなさそうだ。人助けといえば、人助けだ。
次に、確かに、現世とのやり取りが必要になりそうな話ではある。
これは、ガラポン勝者の僕としては、受けねばならぬ話のように思えた。
「分かりました。その話、引き受けましょう」
と、僕は、心持ち、威厳を持たせて言った。
・・・後から思えば、もちろん、この話は引き受けない方が良かった。でも、まあ、この時は、極めて、合理的な判断に思えたんだ。ガラポン勝者としてね。
長澤浩一さんは、貿易会社の社長をしていた、という。それで、娘の沙織さんの捜索は、秘書の宇井戸賢一さんに、任せていた。
会社の近くに、行きつけの喫茶店がある。
会社の会議室が塞がっている時や、息抜きに利用していた。そこから、宇井戸さんに電話しろ、という。
平日の昼間で、まだ、ランチ前だからか、そう混んでいるわけではなかった。
革張りのソファーに、僕が座ると、小さな机の丸椅子に、長澤さんが腰かけた。もちろん、長澤さんの姿は、僕以外には見えない。
僕は、口元に手をやると、
「こっちの方が良かったですか?」
「余計な気は使わなくていい」
人前だと、流石に周囲の視線が気になる。
僕の声は、周囲に聞こえるが、長澤さんの声は、もちろん、周囲には聞こえない。
・・・周囲には、独り言を言う、変なお兄さんにしか見えないだろう。
「携帯を取り出せ」
ちょっと、命令口調なのが気になるが、独り言を増やしている場合でない。
僕が、携帯を取り出すと、長澤さんは、スラスラと電話番号を言った。
「よく、覚えてますね」
「会社の電話番号ぐらい覚えてるさ。代表番号だ」
「へえー。そんなもんですか」
僕が、言われた番号にかけると、先方は、東亜商事です、と名乗った。
「秘書課の宇井戸さんをお願いいたします」
「どちらさまでしょうか?」
僕は、長澤さんとの事前の打ち合わせ通りに、
「長澤さんの青森の親戚です」
と、ちょっと緊張して言った。どうも、嘘は苦手だ。
「少々、お待ちください」
と、受話器の向こうの、女性社員が答えて、しばらくすると、
「宇井戸ですが」
と、今度は男性の声が聞こえて来た。
「長澤さんの青森の親戚ですが、長澤さんの娘さんの沙織さんを探しています」
「・・・」
「長澤さんの置手紙、というか、遺書があって、先ずは、宇井戸さんを頼れ、と」
こんな唐突な話で、宇井戸さんに、電話を切られるんじゃないかと、冷や冷やしたが、宇井戸さんは、今は手が空いてる、とのことで、僕らが今いる喫茶店に来てくれる、という。十分もかからない、とのことだった。
僕は、電話を切ると、
「宇井戸さんって、優秀な方そうですね」
と、言った。
長澤は、ちょっと感心したように、言った。
「分かるか?」




