第35章 対面
「そろそろ、話してくれてもいいでしょう?大澤組は、この件と、どう関係してるんですか?」
「沙織探しには関係ない」
「聞いてたでしょう?沙織さんが唆して、九条さんに動画、撮らせたかもしれないでしょう」
「可能性の話だ」
僕は、ギロリと、長澤さんを睨んだ。
「明日、響子さんと玲奈さんに会って、今後、どうするか、相談します。沙織さん探しも、もう、打ち切ろうかと思います」
「それは困る」
「可能性の話です」
長澤さんは、しばらく押し黙ってから、言った。
「大澤組は、厚労族の議員と付き合いがある。だから、宇津木も一連の流れは抑えてるが、九条修を殺したのも、山田賢二を殺したのも、ナイフ男だろう」
「ふむ」
と、僕は頷いた。
考えて見ると、若頭の三島を殺したのも、ナイフ男だし、今回は、大澤組は、宇津木は、大人しいのか。
ところが、これは、大いに間違いで、そのことを、僕は、直ぐに、思い知ることになる・・・。
そして、僕は、ついでという訳ではないが、かねてから、疑問に思っていたことを、長澤さんに訊いた。
「沙織さんに会って、何か、言いたいことでもあるんですか?」
長澤さんの場合には、そもそも、僕に頼らなければ、沙織さん探しが出来ないので、必ずしも、この質問に対する答えがある訳ではないが・・・。
「分からん」
と、長澤さんは言った。
その答えは、長澤さんの本音の様にも思えたし、何か隠してるようにも思えた。
黙って、やり取りを聞いていた拓哉が、言った。
「俺、もう、帰るぞ」
「ああ、また、明日」
玄関から出て行く拓哉を、僕と長澤さんは、心がバラバラなままに、見送った。
翌朝、僕は、午前の授業に出ようと、早めに起きた。
トーストと牛乳の朝食を手軽に済ませて、ノートPCから、USBメモリを取り出して、ズボンのポケットに入れる。ノートPCは、保護ケースに入れて、肩掛けカバンに入れる。
なんてことはない朝だった。
僕が、家を出て、五十メートルも行ってないだろう。
僕の目の前に立ちふさがる男がいた。
宇津木だった。
僕は、慌てて、後ろを振り返るが、いつの間にか、チンピラ男が、僕の背後を固めていた。
宇津木は、ニヤリと笑うと、言った。
「色々と嗅ぎまわってるようじゃないか」
「それほどでも」
と、僕は、爽やかに、笑った。
言いながら、僕は、考えた。
熱海のホテルに、宇津木がいることはおかしくなかった。僕は、慶太を手がかかりに、熱海のホテルに行ったが、宇津木なら、幾らでも手段はあっただろう。
だが、宇津木は、僕の僅か後に、三島の殺された部屋に訪れた。それは単なる偶然だろうか。
僕を、待っていたのではないか。或いは、見張っていたか。
ええい。あれこれ考えてる場合じゃない。先ずは逃げないと。
熱海で、僕は、宇津木にノックアウトされた。
僕は、再び、振り返って、後方に走り出そうとした。
そしたら、黒のワゴンが、ちょうど、僕の背後に停まった所だった。
手下と宇津木が、僕に歩み寄って、抱え込もうとする。
手下が言う。
「こいつ、暴れますぜ」
「構わない。好きなだけ、殴れ」
「あざーす」
手下は、残忍に笑うと、僕を殴り出した。
乱闘のもつれから、僕の肩から、カバンが落ちてしまう。
「あっ。鞄を乱暴に扱うな」
と、僕が、思わず、大きな声を出す。
宇津木が、興味深そうに、僕に訊く。
「何が入ってるんだ」
「・・・ノートPC」
「どうしましょう、兄貴」
「当たり前だ、持ってけ」
そうして、僕は、手下にボコボコに殴られて、気を失った。
腰や背中が痛い。首の付け根も痛い。
ここは何処だ?
僕が、かろうじて、身を起こして、辺りを見回す。
周囲の壁は、剥きだしのコンクリートで、床も同様だ。
視界の中に、女が一人いる。
体育座りをして、首を垂れて、いる。
顔は、はっきり、見えないが、何処かで、見たような気もする。
「沙織さん?」
と、僕は、戸惑いながら、言った。
女は、僕に、朧に、顔を向けると、言った。
「アンタ、誰?」
青森の親戚の、と答える訳にはいかない。
アンタ、誰?
考えれば考える程、難しい質問だ。
僕は、体中の痛みから、何もかもが面倒だった。
僕は、沙織を無視して、長澤さんに呼び掛けた。
「長澤さん、沙織さんです。僕は、依頼を果たしましたよ」
沙織が、目に光を宿して、言う。
「長澤?」
僕と沙織の間に姿を現した、長澤さんが、押し黙っている。
「長澤さん、沙織さんに言いたいことは、決まりましたか?」
長澤さんの返事は無い。
沙織が、苛々した様に、僕に向かって、声を張り上げる。
「さっきから、アンタ、何よ。まるで、アイツが、そこにいるみたいに」
「・・・いるんですよ、長澤浩一さんの幽霊が」
「・・・バカじゃないの」
「ごもっとも。健全な御反応です」
そして、僕は、長澤さんに、言った。
「どうしますか?お察しの通り、僕は、長澤さんに、あれこれ、気を使うつもりはありません。沙織さんに言いたいことがあるなら、今、言って下さい」
長澤さんは、僕を振り返ると、ボソッと呟いた。
「お前の言い分は分かる。ちょっとだけ、待ってくれ」
「いつまでも、待てませんよ」
「・・・分かってる」
それから、どれだけ、長澤さんは、考えただろう。
それから、どれだけ、沙織は、押し黙っただろう。
それから、どれだけ、僕は、体中の痛みに耐えただろう。
そうして、長澤さんは、ボソリと呟いた。
僕は、その言葉を、そのまま、沙織に伝えた。
その言葉を聞くと、沙織は、怒った様に、泣き出した。
僕は、後にも先にも、そんな泣き顔を見たのは、それが最初で最後だった。
それはひどく哀しい泣き顔だった。
僕は、意図的に、長澤さんの顔は見ない様にしていた。
もしかしたら、そこには、沙織より哀しい泣き顔があったのかもしれない。もしかしたら、そこには、人鬼が嘲笑う様な顔があったのかもしれない。
しかし、それは、僕には、どうでもいいことだった。
しばらくして、沙織の気持ちが落ち着いたと思われる頃、僕は、沙織に言った。
「訊きたいことが幾つか、あるんだけど・・・」
「何よ?」
と、沙織は、心あらずな感じで応えた。
「生川はどうなったの?」
「宇津木に、熱海の海に沈められたわ」
「・・・どうして?」
「どうしても何も、生川は何も知らないでしょ」
「二億円は?」
「宇津木に取られたわ。・・・まあ、もともと大澤組のものだし」
宇津木は嫌な奴だが、長澤さんの見込み通り、やることはやってる、と言える。
でも、二億円を取り戻したなら、宇津木の狙いは何だろうか。僕を捉えた理由は何だろう?そして、沙織を生かしてる理由は何だろう?
「君は、なんで、九条さんを誘惑したんだ?」
僕の言葉に、沙織はちょっと、驚いた様な顔をして、言った。
「貴方、そんなことも知っているの?」
「財務省の藤倉秀樹はどう関係してる?」
「藤倉まで知っているの?・・・本当に驚いた」
と、沙織は言うと、ケタケタと笑い出した。そして、一しきり、笑うと、話し出した。
「元々、大澤組は、厚労族の国会議員と付き合いがあるのよ。三カ月ぐらい前かしら、その議員と、アイツと私で、ご飯を食べたの。まあ、私はおまけだけどね」
アイツとは、長澤さんのことだろう。
「それで、藤倉の話になって、藤倉が、嗜好用大麻をメキシコマフィアとグルになって、日本で解禁しようとしてる。厚労省としては、それを何としても阻止したい、って、その議員が言うの。それで、アイツが、ちょっと対応策を考えてみます、って言ったわけ」
「宇津木は?」
「宇津木は仕事できるじゃない?だから、アイツも色々と警戒し出してたのよ。いつか、裏切るんじゃないかって。だから、この話には、のせなかった。だから、この件は、恐らく、ほとんど知らないわ。まあ、厚労省と財務省の利権争いだ、ってことぐらいは、漏れ聞いて、知っているだろうけど」
仕事が出来るのも考えものだ!
「私はね」




