第34章 伝言
「俺が相手するぜ」
えっ?バカ?
体鍛えてるとは言ってたが、そういう問題じゃないだろ。
相手は、恐らく、プロの殺し屋。マフィアだか、マフィアに雇われた奴だ。
男も、バカかこいつ、と言った感じで、拓哉を見て、せせら笑う。
「空手かい?柔道かい?」
「空手だ」
・・・初耳。
僕は、ちょんちょんと、拓哉の肩を叩いて、拓哉に顔寄せた。
「マジ?」
「マジ」
「へー、いつから?」
「半年前から」
「何処の道場?」
「通販」
通販!・・・これは頼もしい!
僕は、戦力分析が終わると、男に言った。
「ちょっと、お兄さん、素人相手にナイフはないでしょう」
「ナイフは俺の手の一部だ」
「それはそれ、これはこれ、です。ナイフが無いと、僕たちに勝てませんか?」
男は、フンと鼻を鳴らすと、ナイフを、地面に置いて、言った。
「今回の仕事はイージーで、身体が鈍ってる。相手してやるぜ」
こうして、僕と拓哉、男が睨み合った。
無論、時間をかけれないのは、男の方だ。
男は、一応、空手有段者かもしれない拓哉に仕掛けて来た。
僕と拓哉の武器は、サッカーで鍛えた足だ。
男が間合いを詰めると、拓哉が中段の蹴りをブルンと振る。もちろん、当たらない。
当たらないが、それに男が対応したら、動きを止めたら、僕が、蹴りこめばいい。
それで、男も間合いが詰めれない。
男も直ぐに、この流れを理解した様で、再び、間合いを取って、動きを止めてしまった。
僕は、拓哉に、顔を寄せると、ボソボソと呟いた。
拓哉が、頷く。
僕は、男に、拓哉に、言った。
「今度は、こっちから、仕掛けるぜ。拓哉、行け」
拓哉が、間合いを詰めて、男に蹴りを繰り出す。
男がかわして、そして、拓哉に隙が出来た。
男は、拓哉の隙を認めると、かがんで、先程、地面に置いたナイフに手を伸ばした。
そうしますよね。何せ、自分の手の一部なんだから。
僕は、男が地面にかがみ始めるかと同時に、全力でダッシュして、男に、ミドルシュートを打ち込むような感じで、蹴りを叩き込んだ。
男も、ある程度は、僕の動きを予想していただろう。
だが、男は、僕がサッカー部であったことは知らない。
男は、ちょっと驚いた様な顔で、二メートル程、吹き飛んだ。
僕は、ヒロを、振り返ると、言った。
「さあ、逃げよう」
ヒロが、アンコールのウィズアウトユーをソロで歌い終わると、中継先の会場は、一旦静まり返った後、爆発的な拍手と歓声が起きた。
今日のヒロは、お兄さんのことを思い浮かべて、悼んで、歌ったに違いない。
僕が、先日、聞いた時よりも、その歌声に迫力があった。
ディレクターが、中継の終わりの合図をして、スタッフと、そして、ヒロから、安堵感の空気が流れる。
中継は、ハプニングも無く、無事、届けることが出来た。
ディレクターの横にいた、事務所の社長が、
「ヒロ、お疲れさん。今日は、もう上がりでいいよ」
「有難うございます」
と、ヒロが応える。
ヒロは、宴会場の壁際で、すっかりコンサートの客と化していた、僕と拓哉に歩み寄って来ると、言った。「隣の控室で着替えるから、ちょっと待ってて」
五分後、Tシャツとラフなパンツ姿に着替えたヒロと僕たちは、ホテルのロビーに行った。
ヒロは、椅子に座ると、パンツのポケットから、何やら取り出し、僕の前に差し出した。
「はい、これ」
それは、小さなUSBメモリだった。
僕が、受け取りながら、ヒロを見返すと、ヒロが、言った。
「お兄さんから預かったの。肌身離さず持っててくれって」
僕は、ちょっと考えて、言った。
「僕を、信用出来ないんじゃ無かったの?」
「うん。未だ、信用してない」
と、ヒロは、ニッコリ、笑った。
そして、続けた。
「でもさ、さっき見てて、思ったの。ナイフが出てきても、相手が強い人でも、ちっとも驚かないで、戦ってる、私を守ってくれた。理由は、よく分からないけど、なんだか、命がけなんでしょ?」
・・・結果的にね。
「それに、このUSBの中身も想像付いてるんでしょ?」
「可能性ぐらいはね」
「そう。私は未だ見てない。見ても、どうしていいか分からなくなるだろうし」
「どうしていいか分からないのは、僕も同じかな」
「ふふっ」
と、ヒロは、再び、笑うと、「じゃあ、任せた。面倒なのは私、苦手」
「お兄さんは、他に、何か、言ってなかったの?」
「それが言ってない。殺されちゃうこと迄は、考えて無かったんじゃないかな」
「そう。・・・今日のウィズアウトユー、良かった」
「うん。自分でも上手く歌えた。というか、歌ってるという感覚さえなかった」
「へえー、そんなもんなんだ」
「・・・かもしれない?かな」
「事務所の社長には、襲われたこと言ったの?」
「うん。ストーカーがいるみたい、と言っといた。ナイフの話もした」
「良かった」
「当分、一人にならないようにする」
「それがいいよ」
「うん」
と、ヒロは頷いたきり、しばらく、黙り込んで、そして、言った。
「ケン兄さんは、真面目で、優しい人だった。誰に対しても」
「うん」
「別に、偉くなりたいとか、そういう理由で、厚労省に入ったんじゃないと思う」
「・・・」
「USBの使い道に迷ったら、今、言ったこと、思い出して」
「分かった。約束する」
「・・・卓三爺さんは、未だ、いるの?」
「うん」
「卓三爺さん、聞いてる?翔太くんを見張っててよ」
いつの間にか、姿を現していた卓三さんが、しきりに頷く。
ヒロは、椅子から、立ち上がると、言った。
「それじゃあ、もう、行くね。今日は、本当に有難う」
「明日からもコンサート頑張って」
「うん」
と、頷くと、ヒロは、身を翻して、エレベーターの方に向かって、行ってしまった。
それから、僕と拓哉は、USBを見つめたまま、しばらく、動くことが出来なかった。
ヒロと別れた僕と拓哉は、僕の家に行って、早速、USBメモリの中身を確認することにした。
ノートPCにUSBメモリを刺してみると、ファイルが一つあって、それは、動画ファイルだった。
男が四人、映っていた。
テーブルの上には料理が並んでいた。豪勢な感じがするので、料亭か何処かだろうか。
二人には、見覚えがある。
九条修と、そして、先程のナイフ男だ。
九条修ともう一人、九条と同じくスーツ姿の年配の男が、横並びに座っている。
もしかしたら、藤倉秀樹かもしれない。
ナイフ男は、ラフな格好をしていて、横並びの男もやや年配だが、ラフな格好をしている。
四人の会話には、日本料理やメキシコ料理という言葉も出てきた。
それで、思い出した。
ナイフ男からしてた香りは、シエラでした香りだ。メキシコ料理で使うスパイスか何かだろう。
四人は、終始、にこやかに会話していて、ナイフ男ももう一人の男も、片言だが、日本語を話す。時々、英語になるが、その時は、藤倉も九条も、英語で返す。
話の内容は、日本もこれからは、大麻の時代です、という内容だった。
ナイフ男の隣の男は、商社マンという感じだった。
ナイフ男は、流石に、ちょっと浮いてる感じがしたが、時折、口を挟む程度には、会話についていけていた。殺し屋専門という訳ではないのかもしれない。
動画の最初には、商社マンが、いつものお土産です、と言って、カラフルな七色の民芸風のバッグを、藤倉に渡していた。バッグには膨らみもあった。
そして、九条は、時折、カメラに視線をやっていた。カメラは、九条が仕込んだものだろう。
動画は、一時間半程だった。
僕は、見終わると、呟いた。
「九条修が、ヒロのお兄さんに渡して、ヒロのお兄さんがヒロに渡して」
「だろうな」
と、拓哉が呟く。
「九条は、どうして、こんなことしたのかな」
「沙織に唆されたとか」
「そういや、大澤組は、どう関係してるんだ?」
大澤組といえば、今は、宇津木で、その顔が、頭に浮かんだが・・・。
というか。
僕は、少しだけ、声を強くして、言った。
「長澤さん、長澤組長、出てきて下さい」
「なんだ?」
と、長澤さんが出て来た。




