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第33章 ヒロの兄

 そして、これが、具体的な形になるのが、汚職や収賄といった事件だ。しかし、こう事件化されて、世間の目を浴びるのは、極一部なのではないだろうか。

「そう言えば、アイスコーヒーが未だでした」

と、僕は言って、冷蔵庫から、人数分、アイスコーヒーの準備をした。

 さて、ここで、僕が、NKKの議論を、皆に話しても退屈だろう。

 だから、結論だけ言うと、NKKの議論では、日本の経済政策に、それが、意図的なのか、結果論としてなのかは置いといて、国際金融資本が影響を与えている、というのが、議論のベースだ。

 僕は、アイスコーヒーを一口飲んでから、言った。

「それで、今回も、国際金融資本が絡んでると?」

「話はもっと単純だ。マフィアが絡んでるんだろう」

と、玲子さんが苦り切った感じで言う。「アメリカ、メキシコ、コロンビア。東欧かもしれんな」

「マフィアですか・・・」

「これまで違法だった。それでも、消費されていた。それが、合法化されるんだ。誰がその供給を担う?」

 マフィアですね、はい。

「もちろん、形を変えて、つまり、合法的な会社を作ったり、それこそ、合法的なビジネスのノウハウを持っている国際金融資本と手を組んだりもするだろうが・・・」

 マフィアか。

 ヤクザが、英語で、ヤクザなのかマフィアなのか分からない。ヤクザの国際的なステータスも分からない。だが、取り合ええず、そのヤクザに辟易しているところに、今度は、アメリカだかなんだか知らないが、マフィアまで絡んでくる・・・。

 そりゃ、人の死骸が、路上に落ちて来るわけだ。

 黙って聞いていた、拓哉が、口を挟んだ。

「でも、ヒロのお兄さん、厚労省は、どう絡んでくるんですか?」

「違法薬物の取り締まりは、厚労省の管轄よ。ドラマなんかで出て来る、麻薬Gメン、麻薬取締部は、厚生労働省の職員よ」

と、響子さんが、解説してくれる。

「財務省と厚労省の利権争いが絡んでるんでしょうか?」

と、僕が、素朴に、言う。

 この点は、以前、響子さんが予測していたことだ。

 すると、玲奈さんが、ちょっと考えて、言った。

「どうだろうな。確かに、そう考えるのが自然でもあるが。利権争いといっても、官僚はヤクザ等と違って、ある種のゲームとしてしているんじゃないか。平たく言えば、安全な土俵の上でしか戦わない、というか」

「どういう意味ですか?」

「つまり、例えば、今回のことが露見すれば、藤倉なんてマスコミに叩かれる、キャリアに傷つく、だけならいいが、何か、法律にも違反しているかもしれないだろう」

「すると?」

「つまり、藤倉の個人的な利益追求の可能性もあるんじゃないか。まあ、藤倉がどういう人間だか分からないので、何とも言えんが。もしかしたら、藤倉は、真摯に、嗜好大麻の解禁に向けて、努力しているのかもしれん」

 嗜好大麻の解禁に向けて真摯に努力する財務官僚?

 うーむ。

 日本語としてはおかしくないし、決してあり得ないとは言えないが・・・。

 しかし、ここに沙織は、大澤組は、どう絡んで来るんだ?

 僕は、パイプ椅子から立ち上がると、ホワイトボードに、次のように書いた。

 

 財務省(或いは、藤倉) vs 厚労省

 大澤組 vs マフィア

  →沙織[行方不明]、生川[行方不明]、三島[死亡]

 財務省-九条修[死亡]

 厚労省-山田賢二[死亡]

 

 僕は、書きながら、不謹慎にも、思った。

 NKK、日本経済を考える会、というのも事々しい名前だが、今、僕がホワイトボードに書いていることも、余りにも、事々しい。

 僕が、一通り、書き終わると、ホワイトボードを見ていた、玲奈さんが、呟く様に言った。

「話してなかったか。パーティーで、内藤は、九条は裏切った、と言っていたぞ」

 つまり、九条も山田も、財務省側の人間によって殺された、ということか。

 同じく、ホワイトボードを見ていた、響子さんも、ため息交じりに言う。

「山田賢二さんの葬儀は明日だっけ?」

「はい」

「ヒロは出席するの?」

「多分。・・・というか、五分五分ぐらいです」

「そう。取り敢えず、明日、ヒロから何か、話が聞けるかもね」

「はい」

「それで、今後、どうするか、考えましょ」

「お願いします」

 そして、僕は、壁時計を見ると、言った。

「すみません。次の授業は、出ないとマズいんで」

「ああ。落第はしない方がいいぞ。NKKで落第する部員はいない」

と、玲奈さんが、シレッと言う。

 ・・・そりゃそうでしょ。糞真面目メンバーだから。

 僕は、少し、アタフタして、NKKの部室を出た。

 さて、実はこの時、一連の事件に関係する人物と、僕は、NKKの部室が入っている建物を出る時に、すれ違っているのだが、僕はこの時、気付かなかった・・・。

 

 ヒロの兄、厚労官僚・山田賢二の葬儀は、実家の近くの葬儀場で行われ、慎ましいものだった。拓哉と一緒に、参加した僕は、去年の冬に買った黒のスーツに身を包んでいた。

 ヒロも喪服だろうか、全身黒衣装に身を包んでいた。

 ヒロとは、記帳の際に、目を合わせただけで、未だ、話をできてない。

 葬儀の参加者は、三十名程だろうか。

 率直に言って、式自体は、僕にとっては、退屈なもので、特に、お坊さんの読経時間が長くて、いけない。故人に親しかった人々は、この眠たくなる読経の間に、故人と会話するのだろうか。

 やることが無い僕は、ヒロを忍び見たが、悲嘆に暮れ、そして、厳しい顔をしていた。コンサートは、中継でやるのだろうが、時間的には大丈夫でも、ヒロの心情的には、大丈夫なんだろうか。

 参列者の心中は分からないが、葬儀は、表面的には、淡々と進んだ。

 お坊さんの読経等の葬儀が終わると、一部の参列者は、帰ってしまう。出棺・火葬場まで故人を見送るのは、家族などの一部だけだ。

 そして、火葬が始まり、煙突から煙が出だすと、不思議なもので、なんとなく、だらけた雰囲気になる。残された者としては、やることはやったというか、後は本当に煙を見送るだけだ。

 僕は、煙を見ながら、僕もあと一歩で、仮にガラポンに勝たなかったら、ああやって、煙になっていたと思うと、感慨深い。

 今日のヒロには、話しかけづらいが、そうも言ってられない。

 僕は、ツツッとヒロに歩み寄ると、ヒロに言った。

「ちょっと、話していいかな」

「うん。今日は参列してくれて有難う」

「コンサートは中継?」

「うん。近くのホテルの宴会場だって」

「僕たちも、そのホテルに行っていい。もちろん、邪魔しないから」

「うん」

「それじゃ、話は、コンサートの後で」

「有難う」

 今のヒロは、お兄さんのこと、そして、これから行われるコンサートのことで、頭が一杯だろう。一連の事件のことを話せる状態じゃない。せめて、コンサートの後だ。

 しかし、事件は、その近くのホテルに向かう、途中で起きた。

 ホテルは近いので、ヒロが歩いて行くという。

 僕と拓哉は、ヒロに話しかけづらいので、ちょっと間を置いて、歩いていた。

 小さな路地に入った時だった。

 僕と拓哉を追い越す様にして、一人の男が、ヒロに近寄った。この時、ある香りを感じた。カレーのような、ちょっと薬臭いというか。

 ん?最近もこの香りを感じたぞ。・・・そうだ、熱海のホテルで、三島が殺された時だ。

 僕の警報装置にスイッチが入る。

 男は、ヒロに歩み寄ると、早口で何か、まくし立ててる。

 ヒロが、男の手を振り払う様にする。

 僕と拓哉が、駆け付けた。

 男は、浅黒い男で、彫りが深く、外国人だろう。

 僕が男に言う。

「お前は、誰だ」

 男は、それでようやく、僕に気づいた様で、僕を、興味無さそうに見る。

「手を引け。怪我をするぜ」

と、男は言うと、腰の辺りから、ナイフを取り出した。

 僕は、こいつだ、と分かった。

 三島を殺した奴だ。

 男の瞳は無表情なのが、かえって、怖い。

 ナイフの取り出し方も、僕らが、箸を持ち上げるような感じで、ごく自然で、手に馴染んでいる。

 僕は、ゴクリと唾を呑みこんだ。

 ヒロは、男の隙を見て、僕と拓哉の後ろに回り込んだ。

 僕は、辺りを見回すが、人の気配がない。

 すると、拓哉が、一歩前に出て、言った。

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