第32章 財務省パーティー
でも、翔太君の天国体験談によると、天国じゃガラポン引いただけらしいから、天国より、こっちの方がいいんじゃないの?
打ち合わせの時、玲奈は、言っていた。
「太腿の一つでも撫でてやれ」
玲奈って時々、本当に分からない。
そんなの何処で、覚えて来るのだろう。
私は、最初、ここに私が来るのは渋っていた。
「バレたら、どうするのよ?」
「今日の、響子も、私も、メイクで別人だろう。響子が次、財務省の人間と会うのは、半年後だ。その時に、今日みたいなメイクが、自分で出来るのか?」
「そりゃ、出来ないわよ」
「だろう。それに、もし、万万が一だが、バレたら、私が、キスの一つでもしてやるさ」
と、玲奈は、真顔で言ったものだ。
肝心の、内藤さんを見ると、もうデレデレだ。
玲奈は玲奈で、任務?なのに、とても楽しそうだ。
内藤が、感極まった様に、言う。
「いやあ、財務省にこんな美人が二人も入って来るなんてなあ。財務省には、国家一種で上位の成績を収めた奴しか入れないからなあ。才色兼備って、あるんだなあ」
試験、と聞いて、玲奈は、ドキッとしたようだが、その微かな変化には、響子にしか分からないだろう。
「でも、内藤さんのご指導が無ければ、仕事なんて出来ませんわ」
と、玲奈が、シレッと言う。
「いやあ、それはそうだけど、そうだろう」
と、内藤も、意味不明なことを、上機嫌で呟く。
響子が、先程から、気になっているのは、玲奈が、チラッチラッと、自分を見ることだ。
響子は、ふと思い当って、あっ、落としちゃった、と呟いて、かがむ。
内藤さんの太腿を撫でろ、ってことか、と思ったのだ。
そう思って、机の下を見ると、既に、玲奈が、内藤の太腿を撫でている。・・・イヤラシイ。
響子は、何だか、こうやってるのが馬鹿らしくなって、本題に入ることにした。
「でも、財務省のお仕事も、命がけですわよね」
「ん?」
と、内藤が、響子の顔を見る。
「私、九条さんの死亡記事見て、なんだか、怖くなっちゃった」
響子が言いながら、内藤の顔を見ると、内藤は、真面目な顔に戻ってしまった。
玲奈が、内藤にしなだれるようにして、言う。
「やっぱり、九条さんって特別な仕事をしてたのかしら?」
「九条が特別なものか。・・・特別なのは、藤倉さんだ」
「でも、その特別な藤倉さんの仕事を、九条さんもしてたのでしょう?」
と、玲奈がちょっと、煽るように言った。
「僕だって、知っているさ」
してる、と言わないのは、実際には、してないのか、単なる伝聞なのか。
響子は、どっちかしら、と思った。
内藤は、思わせぶりに、バーの中を眺めまわしたあと、玲奈と響子の顔を見て、わざとらしく、声をひそめて、言った。
「いいか、ここだけの話だけど、九条は裏切ったんだ」
内藤も、誰かに話したかったのだろう。
一旦、口を切ると、それからは、財務官僚の優秀な頭脳を使って、コトの顛末を話し出した。
夏が来ると、アブラゼミは何時からか鳴き出して、そして、また、何時からか、その死骸が、路上に落ちるようになる。今の僕は、その死骸を注意深く避けるが、小学生の僕だったら、小学生の拓哉だったら、もちろん、避けたりしないで、踏んでしまう。踏めば、何故か、楽しそうに、やべえ、踏んじまったよ、と言っていたことだろう。記憶は定かではないが、むしろ、わざわざ路上に落ちているセミの死骸を探し出して、踏んでいたように思う。もちろん、大人になった僕が、懺悔などをしているわけではない。
セミは、一般に、地上に一週間、地中に七年等と言われるが、アブラゼミの場合、地上に二週間、地下に、二~四年らしい。
蛹として、大部分を、地中で過ごし、最後の二週間を、地上で、ジージー鳴いたり、ミンミン鳴いたりして、地上で過ごす訳だが、実は、大切なプロセスが一つ抜けている。
メスのセミは、卵を木の幹などに植え付ける。つまり、木の幹で、地上で、翌年の夏に、孵化するのだ。ということは、そこから、卵から孵化した幼虫は、先ず、地上から地中に潜っていくのだ。これは確かに、生命の奇跡で、誰に教えられた訳でもないのに、地中に潜っていくのだ。もちろん、今は、遺伝子という言葉を使って説明される訳だが。
僕が、大学までの路上で、そんなアブラゼミの死骸を三つ程、見つけて、NKKの部室に行くと、既に、玲奈さんと響子さん、そして、拓哉も来ていた。
今日は、玲奈さんの招集だ。
財務省の懇親会で、情報収集が出来たのだろう。ヒロのお兄さんの葬儀は明日だ。
玲奈さんと響子さんの顔は、重苦しかった。そして、少し、怒ってるようでも、戸惑ってるようでもあった。
僕が、今日は、と言いながら、席に座ると、それを見計らって、玲奈さんが口を開いた。
「昨日のパーティーでは、財務省の内藤智之から話を聞くことが出来た。内藤は、藤倉秀樹の部下で、また、九条修も同じ課だった」
そうして、玲奈さんは、内藤から聞き出した話を、話してくれた。
日本で大麻というと、不良というイメージだが、ここ数年、世界中で、嗜好用の大麻も解禁されている。もちろん、医療用の方が、より、多くの国と地域で解禁されている。
嗜好大麻を国全体で合法化した世界初の国は、ウルグアイで、二〇十三年のことだ。
合法と言っても、「少量の嗜好品としての大麻が許可されている」、「大麻の所持を非犯罪している」等、様々な意味合いがあるので、注意が必要だ。
また、アメリカ等は、州によって、合法だったり、非合法だったりする。
つまり、但し書きが非常に多く、また、細心の注意が必要なのだが、それでも、以下の国(或いは、一部の都市)は、解禁と言えば、解禁なのである。
オランダ、スペイン、ポルトガル、ドイツ、チェコ、デンマーク、アメリカ、メキシコ、アルゼンチン、チリ、ジャマイカ、ブラジル、オーストラリア・・・。
一方、日本では、医療用に関して、制限を緩くして、より活用して行こうという段階だ。嗜好用に関しては、色々とハードルが高いのが実情だろう。
ここで、玲奈さんが、ボソリと呟く様に、言った。
「しかしな、財務省の藤倉秀樹は、そうは考えなかった、いや、そう考えてない、と言った方がいいか。日本でも、嗜好用大麻を解禁してしまえばいいではないか」
「嗜好用大麻を解禁するべきかどうか、ですか」
と、拓哉が言う。
「考えたこともないですね」
「ああ。まあ、多くの日本人がそうだろう。仮に、今、誰かが、テレビで、嗜好用大麻を解禁するべき、と言えば、アッという間に、その意見は潰されるだろう」
「まあ、そうでしょう」
「だがな、今の日本の経済政策、いや、政治全体が、日本の世論で動いていると思うか?いや、もっと言えば、日本人の考えで動いてると思うか?」
「・・・動いてないですね。・・・と、NKKで学んできました」
さて、ここから先の議論は、非常に危ういものになる。
危うい、という意味は、話が、ふわっとした議論になるということだ。
その理由は、こういうことだ。
例えば、先進国で、唯一、日本だけが長期デフレだが、これは誰が悪いか、と言えば、財務省、つまりは、日本人が悪いということになる。だが、日本の長期デフレによって、利益を挙げている人々もいる。デフレによって、日本企業の株や、土地が、世界的にはどんどん安くなっている。つまり、外国企業や、外国人投資家が、日本企業の株や土地をどんどん買いやすくなっている。
日本の長期デフレを、例えば、ある外国企業の策略だ、と言えば、それは、陰謀論と言われても仕方ない。だが、一方で、彼らは、確実に利益を受けているのだ。
日本の長期デフレという大きな話でも、こういう訳で、では、個別の政策となるとどうなるか。
ある意図を持った人々の存在を仮定することは、左程、不自然でもないのではないだろうか。
これが、今日では、このある意図を持った人々の存在というのが、今は、日本人と外国人の共同作業というのが、話をややこしくしている原因だろう。




