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第31章 玲奈と響子

 メイクをし終わった時から、自分でも、随分変わったと思った。でも、写真で見ると、一段、更に、印象が違う。

 明美が言う。

「お写真を撮る時に、色々、ポーズや表情など、注文を付けさせていただいたでしょう。あれは、簡単な演技をして頂いてるんです。もちろん、その演技は、今の叶井様がお持ちになってる部分をしか表現出来ないのですが。それで叶井様、ご自身で、鏡の中の自分を見ている時と、また、全然違うものになるんですよ」

 自分は真面目な人間だから、誠実とか、そう言ったものを、表現できるのは分かる。でも、写真の中の自分は、なんていうんだろう、少し、危険な感じもする。こういうのは、男の人にとっては、魅力的なんじゃないだろうか。

 そういう自分が、本当は居る、ということなのだろうか。

 明美は、横にいる、玲奈を見た。

 玲奈が、ニヤニヤ笑いながら、言う。

「どうだ、別人だろう?」

「・・・うん」

「さあ、これから、パーティーの始まりだ」

と、玲奈は、呟くと、響子の瞳を正面から捉えると、真顔になって、言った。

「我が生涯の同志よ、共に戦おう、そして、人生を楽しもう」


「翔太君、電話、有難う」

 ヒロから電話があったのは、僕が電話をした翌日の夕方だった。

「今は大丈夫なの?」

「うん。兄さんの件って何?」

「ヒロは、お兄さんって自殺だと思う?」

「・・・違うと思う」

「僕もそう思う」

「・・・」

「・・・」

「どうして?」

 ヒロなら、卓三さんの幽霊を信じてくれるヒロなら、僕が一から、全てを話せば、信じてくれるだろう。だが、その時間は無い。

 僕は、ありったけの誠実さを込めて、言った。

「僕を信じてくれないか?」

 割かし、短い沈黙の後、ヒロが応えた。

「それは、無理だよね」

「だよね」

と、なんだか肩の力が抜けた僕が、言う。

「そうだよ、翔太君。未だ、一度しか、会ったことないんだもん」

「ですよね」

 仰る通りです。

「でもね、私、困ってる、というか、悩んでるの」

「・・・」

「どうしようかな」

「・・・葬儀には戻ってくるの?」

「そう。戻らないつもりだった」

「皆、ヒロの歌、聴きたいもんね」

「でも、事務所の社長は、戻っていいって」

「コンサートは?」

「ステージの私の変わりに、でっかいモニター置いて、中継だって」

「そりゃ、凄いや」

「うん。社長、そういうの一度やってみたかったんだって」

「でも、音とかズレたりしないの?」

「そう、それが心配。でも、それも経験だって。最悪、ソロパートだけ、音、入れるって」

「じゃあ、ニルソンのウィズアウトユーは聴けるんだ」

「うん。覚えててくれたんだ。・・・あんな気持ちになったことある?」

「ない」

 僕は、素直に応えた。

「私は今は、兄さんがそうかな」

「いいお兄さんだったんだね」

「うん。歌手になるのを応援してくれたの兄さんだけだっだし」

「そうだったんだ」

「うん」

「・・・」

「・・・」

「僕ね、先月、交通事故で、一度死にかけて、入院もしたんだ」

 本当は、覚醒剤の過剰摂取で、そして、死んだんだけどね。

「へえー」

「その時、思った。もっと、我侭に生きようって」

「・・・我侭か」

「うん。でも百%純粋な我侭って、この世にはないんじゃないかな」

「・・・難しいこと言うね」

「そういう先輩が多いんだ、サークルに」

「難しいこと言うと、女の子にはもてないよ」

「それは分かってる」

 ヒロは、クスリと笑った。

 電話の向こうで、ヒロ、と呼ぶ声がした。

 僕は、少し、慌てた様に、言った。

「葬儀はいつ?」

「明後日」

「じゃあ、葬儀場で待ってる。卓三さんと一緒に」

「ハハッ。そう言えば、翔太君には、卓三爺さんが一緒か」

「そう、取りつかれて、本当に困ってる」

「ふふっ」

「それじゃ、もう切るよ。コンサート頑張って」

「うん」


「おー悪い、悪い」

と、にこやかに笑いながら、近づいてくる玲奈を見て、響子は内心、ため息をつくと同時に、羨ましかった。

 今は、財務省の懇親会のパーティーが行われている会場があるホテルだ。

 パーティーが始まる時は、なんらかのチェックがあろう、ということで、玲奈は、一時間程、経ってから、会場に入ることになっていた。その時に、響子に付き合え、というか、響子が抜け出して、一緒に、会場に入ろうという手筈になっていた。

 その待ち合わせ場所に、玲奈がちょっとだけ遅れて来たのだ。

「もう、何やってたのよ」

と、響子が口を尖らす。

 玲奈は、青のドレスの裾をちょっとつまんで見せると、言った。

「いや、こういう格好をするのも久々なので、つい、ウィンドウ・ショッピングに熱が入ってな」

「・・・何か、欲しいものでもあるの?」

「ない、と言えば、ない。あると言えば、全て」

 もともと、玲奈と響子が通っていた高校は、お嬢様が通う名門高校だ。NKKなんて地味な活動してるのがおかしい。おかしいが、今は、財務省のパーティーに忍び込もうというのだ。この緊張感の無さは何なのか。

 響子は、内心、ため息つきながら、言う。

「バレても、私は、他人のフリするわよ」

 玲奈は、真面目な顔になって、頷く。

「もちろんだ。響子は、来年から、通うんだから」

と、玲奈言ってから、ニヤリと笑った。「それに、言い訳もちゃんと考えてある。・・・教えて上げようか?」

「聞きたくない」

「フン」

と玲奈は、鼻で笑うと、ちょっと残念がった。

 響子は、そんな玲奈をシゲシゲと眺めると、呟いた。

「今日の玲奈、なんだか、翔太君みたい」

「翔太?あんな奴と一緒にするな」

「さっきは、電車の中では、褒めてたじゃない」

「別に、褒めてはいない。能天気でいいな、と言ったのだ」

「そうそう、翔太君と拓哉君と言えば、部費を払わせた方がいいんじゃないの?あの二人、アイスコーヒー、只だと思ってるよ。部費から出てるのに」

「私もそう思う。・・・響子から言ってくれ」

「ええぇ」と響子。「それ、玲奈の役回りじゃん」

「そうなのだが。あの二人には何だか、言い辛くて。私が勧誘した手前もあるし」

「もう。私だって、何だか、言い辛いよ。今更」

「そうだ。普通、二か月目、三カ月目ぐらいに、自分達から言い出すんだかな」

 響子がちょっと、考えて、言う。

「モラルハザードって奴ね」

「そんな高尚な理屈はいらない。厚かましいだけだろ」

と、玲奈が、苦笑する。

「それもそうね」

と、響子も笑う。

 玲奈は、再び、真顔になると、言った。

「それより、目星はついたか?」

「藤倉秀樹は、今日は、欠席だって」

「まあ、そんなもんか」

「ただ、同じ課で働く、部下がいた」

「おー、上出来、上出来」

「ただ、九条って名前出しただけで、怖い顔になっちゃった」

「緘口令でもしかれてるか」

「うん。そんな感じ」

 玲奈は、ちょっと、考えて、言った。

「ならば、プランBで行くか」


 玲奈曰く、プランAとは、ターゲットから、パーティー会場で、あれこれ聞きだすことだが、プランBとは、パーティーが終わった後に、ホテルのバーで、あれこれ聞き出すことらしい。

 パーティーが終わった今、程よく照明が落とされたバーで、響子と玲奈は、若手財務官僚・内藤智之の両脇に座っている。

 薄暗い中でも、彫りの深い玲奈の美貌が浮き上がる。それに、今日は、プロが施した小悪魔メイクだ。玲奈の美貌に怪しい輝きを与えている。

 私も今日は、まるで、別人だ。

 普段は、おさげの私を、スタジオの人は、折り紙でも折るように、さらっと、アップスタイルにしてしまった。不思議なもので、野暮ったく見えていた黒縁眼鏡も、今は、有能なキャリアウーマンを演出してる様に見えて来るから、不思議だ。

 私のメイクのテーマは何だっけ?

 確か、誠実そうな秘書の皮を被った女スパイ、だった。

 アイラインで、目元が、軽く上がっているように見える。色も、私なら普段は絶対使わない、ちょっと派手目なもので、何処か、艶っぽい。この艶っぽい部分が、スパイなのだろうか。

 そんな玲奈と私に、挟まれた、内藤さんは、もう、天国にでも昇る気持ちだろう。

 ん?

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