第30章 消費税と中小企業
高校時代の玲奈は、私服なんかも、スカートやワンピースと言った感じで、お嬢様らしいというか、父親が望みそうな服装だった。
進路もエスカレーター式の大学に進学するものと思っていた。
高校三年生の三月になって、皆の進路が決まった時に、ある日、玲奈が話しかけてきた。
「響子は、結局、どこにしたの?」
「Y大学」
玲奈は、へーと呟き、照れくさそうに笑いながら、言った。
「私も」
「えっ。そのまま上がるんじゃなかったの?」
「父親はそれ希望だがな。なんつーか、反抗期と言えば反抗期だし、また、どうも、花嫁修業してそのまま専業主婦ってのも、性に合わなそうというか」
「そうだけど・・・」
と、私は、言いながら、思った。
考えてみれば、Y大学だって、世間一般では、難関大学だ。昨日、今日、勉強したからって、合格するものじゃない。玲奈は、かなり前から、コツコツ勉強していたのだろう。
私が、ぼんやり、そんなことを考えていると、玲奈が、スッと右手を差し出した。
「これからもよろしく」
「うん」
と、私は、その手を握り返したが、こういう、ちょっと、日本人だと気恥ずかしくなる様なことをサラリと出来る玲奈を、羨ましくも、思った。
「どうした?先ほどから、人の顔をジロジロと見て」
と、玲奈が、響子に、言った。
今は、電車の中だ。
今日は、財務省の懇親パーティーがあるので、玲奈は、青いパーティードレス、私は白のスーツを着て、今、電車の中にいる。
社内の視線は、玲奈に集中していて、横にいる私が照れ臭い。
「うん。いや、何処に行くのかなあ、と思って」
今は、懇親パーティーの始まる三時間も前だ。
玲奈が、ある所に行くと言う。
玲奈は、フッと笑うと、言った。
「次の駅で降りる」
改札を出ると、玲奈は、タクシー乗り場に行った。
タクシーに乗ると、玲奈は、TJスタジオまで、と運転手に告げた。
響子が、スタジオ?と内心思っていると、玲奈が、喋り出した。
「なあ、響子、翔太と拓哉のことはどう思う?」
響子は、ちょっと考えて、言った。
「ちょっとでいいから、NKKの活動もやって欲しいわよね」
「それはそうだ」と玲奈。「だがな、時々、羨ましくならないか?」
「お気楽なとこが?」
「そう。成功などしないナンパにうつつを抜かしてるとこがだ」
「何よそれ」
と、響子が、軽く笑った。
「覚えているか?私達が、翔太を勧誘した時のこと」
「うん」
「翔太は言った、僕ら学生がそんなこと考えて何になるんですか、って」
「でもそれは、未だ、最初だからだって話で・・・」
「それもそうだ。実際、私は、消費税だけが理由じゃないが、政治家になろうと思ってる。高校時代の私からした考えられないことだ」
「・・・」
「響子だって、財務省に行く。でも、私や響子のような人間は、ほんの一部だろう。大抵の人間は、大学時代に、日本経済なんて真面目に考えることなく、また、NKKの部員だって、卒業したら、消費税増税反対なんて一言も言わなくなるだろう」
「それは私たちの力不足で・・・」
「それもそうだ。だが、力不足なのはこれからもそうだろう」
「そんなことは百も承知で。・・・玲奈は何が言いたいの?」
「二つある、が、心の持ち用の話なので、同じことを言ってる」
「・・・今日の玲奈、変よ」
「一つは、私たちも、もっと、翔太のように、享楽主義でいいんじゃないか?もちろん、ナンパをしろと言っているわけじゃない」
「それくらい、分かるわよ」
「もう一つは、それが、消費税増税反対の運動に拡がりを持たすんじゃないか」
「・・・そうかなあ」
と、響子が呟いていると、運転手が、目的地に着きました、と言う。
TJスタジオは、一階にあるようだった。
響子が、玲奈に訊く。
「今日は、写真を取りに来たの?就職活動終わっちゃたのに」
「写真はおまけだ」
「おまけ?」
「履歴書に張る写真を撮った時に、メイクしたか?」
「自分でした簡単なものよ。お役所だもん。アナウンサーやスチュワーデスじゃあるまいし」
「だろ」
と、玲奈が、響子をのぞき込んで言う。
「ここはな、父親が、選挙用の写真を撮る時に使うスタジオで、プロがメイクしてくれるんだ」
「へえー」
「私も、高校卒業の時に、メイクして撮って貰った。プロのメイクは凄いぞ」
「玲奈はもともと、奇麗じゃん」
「奇麗だとかそういう話じゃなくて、別人になるのだ。メイク前の写真も取るので、いわゆるbefore and afterで、一目瞭然だ」
「ふーん」
と、響子が、興味半分、なんで今更半分で、生半可な相鎚を打つと、玲奈が言った。
「ここまで来たんだ。さあ、行くぞ」
二人が、スタジオのドアを開けて、入ると、妙齢のもちろん、メリハリの効いたメイクをした女性が、二人に、声をかけてきた。
「谷内様に、叶井様、お待ちしておりました」
「明美さん、お久しぶり」
と、玲奈が、応える。
「高校卒業の時、以来でしょうか」
「ハハッ。なかなか、機会が無くてな」
明美は、入り口のロッカーを指し示すと、お荷物はそちらに、と言った。
二人が、荷物を入れ、席に着くと、女性スタッフが、もう一人、出てきた。彼女は、カメラマンの真弓で、二人を、先ずは、スタジオに案内した。before写真を撮る為だ。before写真は、簡単に、二,三枚、撮って終わる。
次に、二人は、メイクをする椅子の前に座らされた。
そして、女性スタッフがもう一人出てきた。ヘアデザイナーの美穂です、と言う。
明美が、玲奈の背後に立ちながら、鏡の中の玲奈に向かって、話しかける。
「今日は、どうされました?好きなヒトでも出来ましたか?」
「残念ながら、そういう話ではない。そういう話ではないが、似たようなものだ」
「似たようなもの?」
「男を誘惑しなくてはいけない」
「あらっ。まあ怖い」
明美が、驚いて、声を挙げる。「その光栄な殿方は誰なんですの?」
「誰というか、小役人だ」
「王子様や君主ではなく?」
「残念ながら」
「すると、小役人を誘惑する小悪魔みたいな感じでよろしいですか?」
「まあ、そんなものか」
「大悪魔にも成れますよ」
「大悪魔か。悪くはないが、今日は止めとこう。小悪魔で」
「分かりました」
玲奈は、横に座っている、響子に話しかける。
「こうやって、メイクのイメージを伝えるのだ」
「何だか、面白そうね」
「面白いぞ。実際に、私は、これから、小悪魔になるんだから」
響子は、フフッと笑って、言う。
「玲奈って、時々、大袈裟よね」
席の後ろで、二人のやり取りを聞いていた、明美が、響子に話しかける。
「叶井様は、どうなさいますか?やはり、殿方を誘惑するんですか?」
「いえ、私は。誘惑は、玲奈に任せます。私は、懇親会です」
「懇親会?」
「来年の春から通う会社の、新人の顔見せです」
玲奈が、横から、口を挟む。
「おいおい、ちょっとは、情報収集もしてくれよ」
「そりゃ、するけど。懇親会で、先輩を誘惑するわけいかないでしょ」
「まあ、そうだが」
面白そうに二人のやり取りを聞いていた明美が、口を挟む。
「なんとなく、話が見えて来ました。では、女スパイでどうでしょうか?」
「えっ」
と、響子が声を挙げる。「女スパイってわけじゃ・・・」
「いや、女スパイでいいんじゃないか。ただ、春から、実際に通う職場なんだから、胡散臭い雰囲気では困るが」
明美が、ちょっと、考えて言う。
「では、誠実そうな秘書の皮を被った女スパイ、でいかがでしょうか?」
「いい。それでいい。響子、それでいいよな?」
「もう、好きにしたら」
と、響子が、半ば呆れたように、言う。
玲奈と明美が、鏡を通して、目配せする。結局、響子は、未だ、メイクの力を信じてないのだ。だから、半ば投げやりなのは、予想通りの態度だ。この辺は、予約を入れる時に、話してある。
一時間半後。
響子は、セレクトされた八ショットの写真を見て、思わず、言った。
「これ、修正してますか?」」
「してませんよ、叶井様。全て、叶井様の今の御姿です」




