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第29章 響子の過去

「僕は、今、卓三さんの幽霊に取りつかれています。そして、弘子さんには、一度、会っています。ですから、弘子さんにお電話して頂ければ、僕が嘘をついていないことが分かるかと思います」

「・・・弘子も忙しいからねえ」

「僕もそう思います。それで、どうでしょう。卓三さんしか知らないことを、僕に、何か質問してもらませんか?」

 僕の顔をしげしげと見た奥様は、軽く目を見開きながら、言った。

「そこまで言うってことは、あの人の幽霊ってのは本当なのかい?」

「もちろんですとも」

「便利な時代になったねえ」

 ・・・そういう訳じゃないんだけど、まあいいか。

 どうするかねえ、と奥様は呟きながら、しばらく考えていたが、やがて、茶目っ気たっぷりに微笑しながら、僕に、言った。

「プロポーズの言葉」

 おお、いいじゃないですか。ロマンチックだ。

 僕は、卓三さんを見た。

 卓三さん、バシッと何て言ったんです?

 こういう美人をモノにした言葉だ。僕も参考にさせて貰います。

「・・・」

 ところが、卓三さんは、苦虫を潰した様な顔で、何も言わない。

 僕は、卓三さんを、急かして、言った。

「卓三さん、聞こえていたでしょう?プロポーズの言葉ですよ」

「・・・言えん」

「はあ?・・・忘れたんですか?」

「・・・言えん」

「言えん、言えん、って・・・胃炎ですか?」

 すると、奥様が、コロコロと一しきり笑ったあと、僕に、言った。

「私は、貴方を信じますよ、学生さん。あの人が傍にいるのは本当でしょう。ちょっと、待ってくださいな。奥から、携帯を持ってきます」

 そう言って、奥様は、部屋の中に戻ってしまった。

 僕は、狐に包まれた気持ちで、拓哉を見たが、拓哉も首を振る。

 戻って来た奥様は、携帯をピッピッと操作しながら、言った。

「いいですか?」

 僕は、慌てて、僕の携帯を取り出して、奥様が言う番号を、登録した。

 僕が、登録し終わると、拓哉が、奥様に訊いた。

「弘子さんは、賢二さんの葬儀には戻られないんですか?」

 奥様は、流石に、賢二さんの名前を聞いて、暗い顔になりながら、言った。

「それがねえ。私は、コンサート続ける、って。その方が、兄さんも喜ぶだろうからって」

「芸能人は親の死に目に会えない、って言いますからねえ」

と、僕が呟く。

「芸能人ねえ。弘子はそんな御大層なものじゃありませんよ」

と、奥様は呟いてから、僕に言った。「それで、学生さんは、弘子に何の様なんですか?」

「賢二さんは事件に巻き込まれた可能性があります。それで、もしかしたら、弘子さんも」

「警察の人は、そんなことは言ってませんでしたけどねえ」

「警察は、ハッキリしたことしか言いませんから」

「そんなものかねえ」

 そして、奥様は、しばらく、押し黙った後、僕に、訊いた。

「私の声は、あの人には、聞こえてるんですか?」

「ええ、もちろん、声も、姿も」

「そう。私には見えないのにねえ。不公平だねえ。・・・あの人は、何処にいるんですか?」

 僕は、卓三さんがいる所を、指し示した。

 奥様は、その方向に、体の向きを変えると、語り掛けた。

「貴方、弘子を守ってくださいよ。幽霊なら、そんくらいの力を神様から貰ってください。それから、この学生さんは、ちょっと無鉄砲なとこがあるようだから、ちゃんと、助けて上げるんですよ」

 卓三さんが、コックリと頷く。

 奥様は、なおも、卓三さんに、語りかけた。

「私は、貴方の言う通り、亭主関白通り、生きてきましたよ。でも、貴方、最後のセリフ、言ってくれてないじゃないですか。今、言って下さいよ」

 ん?最後の台詞?

 卓三さんは、コホンと咳払いすると、呟きだした。

 それを、僕は、奥様に伝えた。

 

 お前のお陰でいい人生だったと

 俺が言うから必ず言うから

 忘れてくれるな 俺の愛する女は

 愛する女は 生涯お前ひとり

 忘れてくれるな 俺の愛する女は

 愛する女は 生涯お前ただ一人

 

 僕は、顔を赤くしながら、なんとか言いきった。

 恥ずかしくて、こんなセリフ言えないよね。

 ただまあ、卓三さんは、言わなきゃ、駄目だろう、と思った。亭主関白して来たんだから。

 ただ、卓三さんが、ポックリ言ったなら、言うタイミングが無いな、とは思った。

 奥様を見ると、しっとりと、涙ぐんでいる。

 卓三さんは、と見ると、こっちも、涙ぐんでいる。

 ちょっと、感動的だった。

 この二人は、赤い糸で結ばれていたんだなあ。

 僕は思った。ガラポン勝者の役割って、こういうんじゃないの?これが、本来の仕事というか。

 それで、僕は、あることを決意した。


 その日、僕は、何度か、ヒロの携帯に掛けた。いずれも、留守電だった。夜十時にかけた三度目に、メッセージを吹き込んだ。

「賢二さんの件で、お話があります。先日、お会いした、卓三さんの幽霊に取りつかれたものです」


 私の父は、小さな金属部品の町工場を経営していた。

 バブルが弾けて、また、世界の工場が中国に移ってからは、経営が少しずつ、苦しくなっていったのは事実だ。でも、倒産の引き金は、消費税増税だったのは間違いない。

 別に、父の会社だけじゃなくて、世の中全体がそうだった。

 日本政府から見捨てられた。

 それが、当時の、中小製造企業の気持ちだった。

 自由貿易だ、自由貿易だ、と言って、安い海外の製品を、無制限に近い形で入れる。また、大手メーカーは、安い人件費を求めて、海外に進出していく。

 それで、デフレ下の中で、景気が悪くなることは、百も承知で、消費税増税をするのだから、政策の意図は、明らかだ。

 日本は、モノヅクリを止めますよ、と言ってるだけだ。

 その代わり、観光立国なんて誰が言い出したかも分からない、また、国民の理解も得てないことを、さも、当然の様に進めてる。

 父の会社が潰れて、ネットをする時間が多くなった私は、断片的ではあるけれども、ポツリポツリと日本経済を勉強する様になった。

 日本経済というか、自分の身の回りで、何が起きているか、といった感じだ。

 消費税も導入する時は、国民的な議論が、反対があったらしい。

 それも今は、テレビで、議論すらしない。

 NKKに入って、アンケートもしたけど、経済学部の教授は、結構な数というか、回答してくれたほとんどの大学教授が、不景気下における消費税増税は反対だった。

 話を、父の会社が倒産した高校三年生の時に戻すと、お嬢様高校には、独特のヒエラルキーがある。

 簡単に言えば、親の職業が影響する。

 一目、置かれるのが、やっぱり芸能人やスポーツ選手の子供だ。特に、説明はいらないだろう。

 次に、政治家や大企業の社長や部長の子供。将来的なことを考えてか、取り敢えず、アイツとは、仲良くしてこう、となる。

 三番目ぐらいに、中小企業の社長の子供が来る。

 そういう訳で、父親の会社が倒産したとか、そういう話は、アッという間に広まる。私としても、隠す訳にもいかないから、覚悟していた。

 それで、クラスメートが、よそよそしくなった。

 そもそも、学費をどうするんだ、という問題になったけど、これは、担任の先生が、季節外れの、奨学金を、なんとか、認めてさせてくれて、なんとかなった。今、思えば、かなり、無理してくれたんじゃないかと思う。今度、挨拶に行かなきゃ。

 悶々と、苛々と、過ごしていたある日、公民の授業で、消費税の話になった。

 先生は、財務省の論理を、復唱するだけだった。

 私は、思わず、スッと手を挙げて、ネットで聞きかじったことを、述べてしまった。

 クラスに緊張が走った。

 先生は、しばらく、考えてから、最終的には、選挙で選んだ国会議員が決めた訳だから、と言った。

 これは、明らかな論理のすり替えで、と同時に、それは、先生の、この議論はするつもりはない、という意志表示だった。

 私は、憮然として、黙るだけだった。

 その時、玲奈が、おどける様に、ウチの親父バカで困ってるんだけどね、と呟く様に、だが、大きな声でハッキリと、言った。クラス中が、笑いに包まれた。

 それから、玲奈と話す様になった。

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