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第03章 セクシー野獣と天国の入口

 僕と拓哉は、スゴスゴとカウンターに陣取って、ビールを頼んだ。

 拓哉が、ビールをチビリと、一口飲んでから、呟いた。

「この前、成功したのいつだ?」

「そんな遠い昔のことは忘れたね」

 チェッ、と拓哉が舌打ちをする。そのセリフ、どっかで聞いたな、と呟く。

 僕と拓哉が、半身にして、フロアを見ながら、新たなターゲットがいないか、ぼんやりと探し出して、五分も経っただろうか。

 不意に、僕の後ろから、テンションの高い女性の声がした。

「こ・ん・ば・ん・わ」

 声の主は、黒のホルターネックを着た女性で、彫りが深い上に、メイクが濃く、目力があり、セクシーな野獣といった面持ちだった。

「こんばんわ」

と、僕が、多少、声を上ずらせながら、答える。多少、で済んだのは、この半年間の修練の賜物だ。

「ここは初めて」

「ええ。初めてです」

「もう、踊ったの?」

「ええ」

「そう」と、セクシー野獣は、満足げに頷くと、「ここは踊るだけじゃないのよ」

「・・・」

「知らなかった?」

「ええ」

と、僕は、頷きながら、拓哉の顔を見る。

 拓哉も、プルプルと顔を振る。

「じゃあ、こっちにいらっしゃい」

と、セクシー野獣は、僕の顔をのぞき込んで、次に、拓哉の顔を覗き込んだ。

 僕は、僕と拓哉が、ゴクリと唾を飲み込むのが分かった。無論、拓哉にも、セクシー野獣にも分かっただろう。

 セクシー野獣は、軽く顎で、僕と拓哉を催促して、立ち上がらせて、そして、クルリと背を向けると、先頭に立って歩き出した。彼女は、僕らを、フロアの隅にあるブースに案内し、ガラス張りのドアを開けると、中に入り、僕らも、中に入れた。

 ブースには、女性の先客が二人いて、更に、奥に、一人、二十代後半だろうか、金色のネックレスをした、何故か、少し、荒んだ感じのする男がいた。ヤバイ人だというのは直ぐわかった。

 直ぐわかったが、一度ブースに入って、そのままクルリと背を向けて、立ち去る訳にはいかない。いかないが、この時、僕は、立ち去るしかなかったのだ。そうすれば・・・。

 僕が、少しでも、冷静だったのは、ここまでだった。

 席に着くなり、残り二匹のセクシー野獣に、おめでとう、と言われながら、シャンパンで乾杯した。何におめでとう、だかはさっぱり分からないが、乾杯は、セクシー野獣との出会いに、だろう。

 出会いに祝しながら、あれやこれや自己紹介して、へー、大学生なんだ、という話になって、サークルは何やってるの、という話になる。NKKと答えるのだが、こっから先が選択を迫られる。当然、相手は、NKKって何?、ってなる。そこで、日本経済を考える、と答えるのは、三十%ぐらいかな。真面目そうな子には、これが結構、受けたりする。今日は、もちろん、七十%の方で、肉喰え喰え団ですよ、と答える。これが結構、受ける。まあ、活動内容は、食べ歩き、です、とツッコミようのない答えが用意してある。

 しかし、結局、セクシー野獣三人衆が、普段、何してるかは謎というか、はぐらかされたままだったし、奥のヤバイ人に関しては、言うまでもない。

 そして、山手線ゲームの罰ゲームで、僕が負けた時、不意に、セクシー野獣一号が、はい、ご褒美といって、何かを、僕の口の中に放り込んだ。

 負けたのにご褒美とは、これ、いかん。

 などと言ってる場合ではない。拓哉に視線を走らすと、拓哉もセクシー野獣二号に、何かを口の中に入れられたようだ。

 思わず、ごっくんしてしまってから、僕は、おっとりと、セクシー野獣一号に、

「今の、何ですか?」

と、レロレロになりながら、訊く。

 セクシー野獣一号は、白い小さなプラスチックのケースを僕に見せながら、これ、と言う。これ、とは何ぞや?ケースは、ピンク色の錠剤で埋められていた。

 セクシー野獣一号も、いい加減、酔ってるらしく、いっぱいあげちゃう、と言って、ケースからそのピンクの錠剤をガバッと取り出すと、僕の口の中に放り込んだ。

 僕は、本当に魔が差した感じで、それらの錠剤も、ふにゃっふにゃっと飲み込んでしまった。

 その時、意外なことに、奥で黙々と、飲んでいたヤバイ人が、

「バカ」

と、大きな声を、セクシー野獣一号に向かって、放った。

 あれっ、と物音がしたかと思うと、拓哉が、トイレに、と言いながら、ブースを出て行った。

 僕の記憶があるのは、このへんまでだ。

 

 ・・・こうして、僕は、覚醒剤の過剰摂取で、死んだのである。

 

 もちろん、自分が死んだと認識するには、それに相応しい場所がある。

 僕の場合は、天国だった。

 天国と行っても、入り口というか、ロビーみたいなとこだ。

 僕が目を覚ました時、僕は、一人がけの、ふかふかのソファに座っていた。

 辺り全体を見回すと、もやっと、霧の中にいるようで、目を凝らすと、僕以外にも、ソファに座っている人がいるようだ。だが、その距離は遠い。一番近くにいる人でも、二十メートルぐらいありそうだ。

 そして、目の前には、モニターが置かれてあった。置かれてる、というか、浮いていた。

 そのモニターには、地上の僕の姿があった。

 病院の霊安室だろうか。

 ベッドに死体があって、顔を見ると、僕だ。そして、その横に、僕の父と母が、立っている。母は、グスグスと泣いている。父は、なんだか、困ったような顔をしていた。息子に先に死なれた親の気持ちは、僕には分からない。困ったような顔ではあるが、父も、悲しんではいるのだろう。

 そういったことが、スッと頭の中に入って来る。

 そして、モニターに映る自分の死体を、またそれを見て、泣いている母や父の姿を見ていると、自分が死んだんだ、という実感が湧いてくる。

 僕は、思わず、ため息をついた。

 ため息をつくと、幸せは逃げる、というが、死んじまったんだ、ため息の一つも、つきたくなる。

 カーネルサンダースのように、将来、フライドチキンを売り歩こうという野心や、田中正造のような立派な国会議員になろうという夢があったわけではない。それに、まあ、平たく言えば、死んだところで、人類全体からみれば、なんの損失でもないだろう。

 でも、流石に、ちと若すぎないか。

 思えば、人を真剣に好きになったことも、愛したこともない気がする。

 そりゃ、バレンタインデーには、チョコの一つや二つ、毎年貰っていたが、考えてみれば、その子がどんな気持ちで、チョコを手作りしたとか、そういうのは考えたこともなかった。風変りなコもいるな、程度の認識だった。

 そういう自分が、今は、死んだ今となっては、本当に恨めしい。

 もっと、こう、魂の奥底で燃える様な、違う生き方があったのでないか。

 僕が、ソファに埋まりながら、悄然としていると、不意に、声がした。

「こんにちは」

 声の主は、僕と同じぐらいの年恰好だった。そして、白いネグリジェのようなものを着ていた。しかし、残念ながら、スケスケではない。状況的に、天使だろうとは思うが、羽は無かったし、光の輪のようなものもなかった。だが、美形だった。そして、驚いた。玲奈さんも、決して、その美貌ぶりでは、負けていないのだ。

 天使らしきコが言った。

「私の名前はミカエル」

 うむ、やはり天使か。だが、一応、確認しとこう。

「天使さんですか?」

「そうです」

 天使って、自分で、天使って言うんだね。

 さて、僕は、この半年間の修練の成果を試してみることにした。

「お茶でもどうですか?」

「・・・」

「・・・冗談ですよ。流石に、落ち込んでるんで。僕って、死んじゃったんですよね?」

「そうです」

「ここは天国ですよね?」

「そうです」

「では、ミカエル・・・、ちょっと呼びにくいな。日本人からすると言いにくい。ミカさん、でいいですか?」

「・・・いいですよ」

「ミカさんは、うーむ、これもしっくり来ないな、ミカ、でいいですか?」

「・・・」

「ミカは何の用?」

「喧嘩、売ってます?」

「まさか!」

「・・・そうですよね」

「そうですよ」

 ミカは、それでも、何か、もの言いたげに、じっと僕を見つめていたが、やがて、大きなため息を一つ、つくと、その神々しい口を使って、用件を伝えだした。

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