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第02章 クラブ・アカプルコ

 そして、最後に、玲奈さんが、軽く笑みを浮かべて、言った。

「どう、入会したくなったでしょ?」

「全然」

「お断りします」


 ところが、その後、僕らは、サークル探しに身が入らなかった。

 考えて見れば、遊び友達は、すぐ横にいるわけだし、人数が欲しければ、クラスの奴らに声をかければいい。高校の友人だっている。幾つか、テニスサークルなど覗いたが、そこには、玲奈さん程の美人はいなかったし、響子さんほど、講釈を垂れる人もいなかった。

 それで、僕らは、仮入部ということで、NKKの部室を使わして貰ってる。勉強会には、一度も参加してないが、玲奈さんも響子さんも、文句は言わない。なんでも、玲奈さん曰く、いつか、目覚める、時が来るらしい。僕もそんな気がするが、でも、それは、在学中ではない気がする。また、サークルの他の面子も何も言わない。歓迎すらしてるフシがある。実は、この気持ちは良く分かる。何せ、皆、糞真面目なのだ。考えて見て欲しい。厳しい受験戦争が終わった後に、日本経済を考える、ようなやつらだ。ハッキリ言って、異常である。そんな奴らからすると、僕や拓哉みたいなアホな存在はホッとするのだろう。但し、これはあくまで仮説だ。そんなこんなで、僕と拓哉は、手持ち無沙汰な時は、NKKの部室に顔を出すようになった。

 

 さて、話を戻そう。昨日の話だ。

 例によって、僕と拓哉は、授業の合間に、NKKの部室で、時間潰しをしてた。

「なんか、スカッとしねえな」

 これが、最近の拓哉の口癖だ。

 そうだな、と僕は、思わせぶりに、窓の外を見る。

 先週、梅雨入りしたせいもあって、どよんとした雲も、心なしか、堂々としている。まあ、雲なんだから、雨を降らすのが仕事といえば仕事なのだから、いつも、堂々としていればいい。

 しかし、もちろん、拓哉が言うスカッとしないのは、拓哉の心境であり、僕の心境である。大学にも一年通えば、今後の三年間が大体、予想つく。どう考えても役に立ちそうにない、もちろん、一般教養としては役に立つのだが、経済学のあれこれを聞いて、そのあれこれを聞けば聞くほど、一年前に聞いた響子さんの勧誘演説が立派なものだったと分かる。そりゃ、学説的には、白髪頭の教授達の方が、正しいのだろうが、響子さんの方がどう考えても、熱意がある。熱意が、学説の裏付けになるわけにはないだろうが、少なくとも、聞く者の心を打つ。科学的実験の出来ない人文系の場合、聞くものの心を打てば、十分というか、先ずは、そこからではないのか。

 響子さん本人にも、いつか、このことを、響子さんの演説に感動したことを伝えなければならないのだが、下手に伝えて、目覚めた、と勘違いされても困る。そんな訳で、恐らく、響子さんが卒業する時に伝えるのが、関の山だろう。

 大学の授業はそんなわけで、身がすっかり入らなかった。別に、響子さんが悪いわけではないのだが、その影響はある。

 すると、大学生のもう一つの本分、発情期に任せた恋人作りだが、こちらも、パッとしなかった。

 どうも、僕も拓哉も運命的な出会いには、縁が無いようで、スカッとした恋に落ちず、つまりは、ナンパに精を出す有様だった。つまりは、拓哉の、スカッとしねーな、は、ナンパしに行くか、という意味なのである。

「先週の土曜日行った、クラブなんだっけ?」

「ミコノスか?」

「ああ、それ」

「うーん、なんか俺的にはイマイチだったんだよな。年上が多いつーか」

 二十歳のガキが行くんだ、何処行っても、大体そうであろう。

「それで、一応、調べて来た」

と、拓哉はいうと、A四用紙二枚にプリントアウトされた、活字の群れを、僕に突き出した。

 拓哉には、こういうマメなとこがある。僕が、単にズボラなだけなら、拓哉は、選択的ズボラというか、積極的ズボラ、というか。この差は、いつか、二人の間に大きな差を作るだろうが、僕は、今は、それは考えないことにしてた。

 僕は、いい、と両手で、A四の用紙を押し返すと、

「任せる。どうせ、目星はつけてるんだろ」

「そりゃ、まあな」

と、拓哉は言うと、ニヤッと笑った。

 ならば、と家に帰って、着替えることにした。生協では売ってないような服にだ。と言っても、ちょっと高そうな、というか、高かったシャツに着替えて、髪型をバシッと決めるだけだ。五分もかからない。それに、クラブは夜なので、別に、これからの授業をサボる必要はないのだが、サボることにした。

 拓哉とは、公立の小中と同じだったので、当然、最寄り駅も同じになる。

 夜八時に、その最寄り駅の改札で待ち合わせして、拓哉ご推奨のクラブ、アカプルコに行った。

 アカプルコは、メキシコのリゾート都市で、ハリウッドスターご用達らしい。

 店内はそんなアカプルコの海に模したのか、弱い青色のライトで照らされていた。特徴的なのは、フロアの壁際三面に、ガラス張りの個室というか、ブースがあることだろうか。贅沢な作りといえば、作りだが、仮に、全面的に踊り場にしてしまえば、スカスカ感があるからじゃないか。それはそれで、物寂しいものね。

 未だ時間帯は早いはずだが、結構、人は入っていた。

 では、ここで、クラブでのナンパのコツを教えよう。

 先ずは、踊る、のである。

 ここで、なーんだ、当たり前と思った貴方は、かなりのナンパのプロか、或いは、天性のナンパ師だ。

 ふざけるな、と思った貴方は、ナンパなどしない方がいい。

 原理的には、スキー場ではスキーが上手い奴がもてる、のと同じだが、僕も拓哉も別に、キレキレダンサーというわけではない。音楽に身を揺らしてるだけだ。ただ、極力、エネルギーを使うようにして、疲れるようにしてる。この疲れるのがポイントである。すると、同じように、疲労度が増した女の子が分かるようになる。疲れている女の子なんて、別に、自分が疲れていなくても分かるじゃないか、と思うだろうが、では、先ずは、次のセリフを言ってみよう。

「ちょっと、疲れたね。冷たいものでも飲もうか」

 もう、お分かりだろう。

 自分が元気モリモリでこのセリフを女の子に言えば、単なるナンパだが、自分も疲れた状態で言えば、ダンサー同士、なのである。

 そんな訳で、僕と拓哉は、クラブに行くと、一時間は踊るのである。それも、真剣に。

 まあ、別に、大学の授業で、ダンスのレッスンがあるわけじゃないが、若い僕らが、情熱を燃やして、毎週の様に踊っていれば、少しは上達するものだ。クラブ通いをし出したのは、半年前ぐらいからだが、そんなわけで、結構、見れるダンスになって来たのではないか。因みに、これは、思い込みかもしれないが。

 さて、無論、情熱を燃やしているのは女の子にであって、ダンスにではないので、ダンスをしている間に、横目で、目ぼしい女の子のチェックは怠らない。

 この段階になると、気心のしれた拓哉の存在が大きくなる。

 お互いに相手の好みは知っているし、どの二人組の女の子に声かければいいか、自ずと判明するのだ。

 それで、僕と拓哉は、そろそろ行くか、と頷き合うと、ちょっと離れた所で踊っている二人組の女の子の元に歩み寄った。一人は、ピンクのワンピースで、親しみ易そうな笑顔を浮かべていた。もう一人は、白のトップスで、大きな瞳が、悪戯好きそうな感じだった。ただ、二人とも年上っぽい感じだったので、件のセリフを、ちょっと、アレンジする。二人に声をかける大役は、今夜は、お店選定をした拓哉に任せた。

 拓哉が、ちょっと畏まった感じで、二人に声をかけた。

「お姉さんたち、冷たいものでも飲みませんか?」

 あれ?疲れましたね、が無いぞ。

 二人が、僕と拓哉を品定めする。受験の合格発表みたいなもので、まあ、嫌なものだ。それに、結果がどうあれ、笑顔を作らないといけないのだから、受験の合格発表より、大変だね。

 二人は、目と目で会話して、やがて、ピンクのワンピースが、申し訳なさそうに言った。

「ごめんなさい。私たち、待ち合わせがあるの」

「そうでしたか。それでは、また、今度」

と、拓哉が、フラレ慣れたもので、笑顔で言う。

 僕も、意味なく、二人に愛想笑いしてから、背を向ける。

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