第01章 幼馴染とNKK
僕、相賀翔太と東川拓哉は、幼稚園からの幼馴染で、今は、同じ大学に通う二年生だ。
小学、中学と同じ公立だったが、高校は別々だった。学校は別だったので、どうしても疎遠になったが、疎遠になったのは、ウィークデイだけで、週末は、一緒に遊び惚けてた。二人とも学業は、イマイチな部類だが、公平を期せば、僕が同じく志望した公立高校に落ちて、拓哉が合格したのだから、拓哉の方が、勉強は出来る、ということになる。でもまあ、その差は、ちょっとの筈だ。そして、それは、大学受験で証明された。経済学部などを四つ程、目を瞑って受けたら、二人とも二つずつ、合格して、唯一の共通合格校だったY大学経済学部に進んだ。
二人はもちろん、友達なんだけど、親友か、と言われると、なんか違う気がする。
お互いに高め合うこともなければ、悩みを打ち明けこともない。
まあ、どうだろう、例えば、こういう情景を想像して欲しい。
魔王が崖に立っている。
そして、こう叫ぶのだ。
「我が下部たる、風と雲よ。これから世界を制覇せん」
魔王って、世界制覇が目的なの?とか、
風や雲って、魔王の下部なの?とか、
色々、ツッコミたいことはあるだろう。
でもつまりは、僕と拓哉の関係は、この魔王の下部たる、風と雲の関係みたいなものだ。
いつも一緒にいるが、別に、不可分の関係でもなければ、どちらが上だ下だという関係でもない。
でもまあ、大抵は、一緒に行動してる、そんな関係だ。
それでまあ、僕ら二人に、その気はないんだけど、ついつい、親が怒るようなことをしてしまう、魔王に唆されたようなことをしてしまう、という関係だ。
そして、昨日もそうだった。
二人は、日本経済を考える会、というサークルに入っている。別に、僕たちが、日本経済を考えたかったわけでも、日本経済を憂えてたわけでもない。日本経済を考える会は、お堅いサークルだけあって、冷暖房完備のビルに、部室を持っていたのだ。
二人とも、小学からサッカーを続けていたが、結局、二人とも、全国大会どころか、県のベスト四に入ることもなかった。チームが弱いだけで、僕や拓哉が、並外れた才能があって、大学やJリーグのクラブにスカウトされたかというと、不思議なことに、そういうこともなかった。
それで、まあ、二人とも、サッカー選手になる夢は諦めた。
今から思えば、諦める必然性は無かったのだが、結局、二人とも、サッカー選手になりたい、という夢は、想いは、その程度のものだったのだろう。
それで、一年前の春、サークルどうしようか、とブラブラ、キャンパスを、砂糖に群がる蟻のような先輩たちの勧誘を押しのけ歩いている時に、現在は、副会長である谷内玲奈さんに出会った。というより、ハントされた。
玲奈さんは、長い髪が良く似合う、そして、もちろん、本人もそのことを意識していて、二重だけど涼し気な目元と相まって、古風かつ現代的な美人だ。
そんな美人が、蟻の様な先輩達にうんざりしていた僕と拓哉の前に現れて、言った。
「アイスコーヒーでも飲む?冷えてるわよ」
僕と拓哉は、お互いに、目を点にしながらも、ひそひそと会話した。
「これ、キャッチだよな?」
「ああ、キャッチだろ」
「でも、何買わされるんだ?」
「さあ、でもここ大学だよな?」
「ああ、大学のキャンパスだ」
「大丈夫じゃね?」
「大丈夫だろ」
玲奈さんは、君たち、いい度胸してるわね、私の目に狂いは無かったかな、と呟くと、
「さあ、ついていらっしゃい」
と言うと、僕たちの返事は聞かずに、クルリと背を向け、カーキのパンツに包まれたお尻を、サービスからか、惜しげもなく、僕らに披露してくれて、歩き出した。
玲奈さんは、角を二回曲がって、サークル会館という建物に入り、階段で二回に上がると、NKK、と木札に黒々と書かれた部室のドアを開けて入って行った。NKK?もちろん、その時の僕らは、それが、日本経済を考える、を意味するとは知らなかった。
玲奈さんは、奥に進むと、長机の隅で、ノートパソコンを触っている女性に、声をかけた。
「隊長、新入り候補を連れてきました」
「もう、玲奈、その隊長はよしてよ」
と、苦笑混じりに、頬をぷくっと膨らませた女性が、現会長の叶井響子さんである。
響子さんの髪型は一年前も、今も、変わらない。おさげで、黒縁眼鏡で、大正の女学生といった面持ちだ。・・・まあ、僕は、大正の女学生なんて会ったことも、写真を見たこともないが。
響子さんは、ポンポンとお腹を払うようにして、パイプ椅子から立ち上がると、僕らに、言った。
「ようこそ、日本経済を考える会へ」
日本経済を考える会???
僕と拓哉は、随分間の抜けた表情をしていたのだろう。
響子さんは、一つため息をつくと、僕らに言った。
「玲奈に、何て言われて来たの?」
「アイスコーヒー」
と、僕と拓哉は、声を揃えて言った。
横で聞いていた玲奈さんが、あっと言った感じで、
「アイスティーもあるけど、どっちがいい?」
「アイスコーヒーで」
「僕も」
玲奈さんは、了解、と呟くと、スタスタと部屋の隅に置かれてる、二ドアの冷蔵庫に歩み寄り、中から、パックに入ったコーヒーと、そして、氷を取り出して、グラスに二つ、注いだ。
その間に、響子さんが、僕らに質問を投げる。
「二人は、学部は?」
「・・・経済学部」
とは、言わない方がいい様な気がしたが、そう答えるしかなかった。
そして、僕と拓哉は、顔を見合わせた。
そういや、今日は、経済学部のガイダンスだ。つまりは、
「はい、どうぞ」
と、僕らの前にグラスを置く玲奈さんを、じっと見つめると、僕は言った。
「お主、謀ったな」
玲奈さんは、オホホ、と笑うと、まあ、話ぐらい聞いてきなさいよ、と言った。
ノートパソコンを持って、僕らの前に移動した、響子さんに、拓哉が聞いた。
「その、何かの暗号ですか?」
「暗号?」
「日本経済を考える、って」
「ううん、そんなことはない。そのものズバリよ。当サークルの活動内容が、日本経済を考える」
そう言い切る響子さんは、凛々しくさえあった。
それで、僕と拓哉は、顔を見合わせると、これはガチだ、大ガチだ、と呟き合った。
響子さんは、コホンと咳払いすると、
「テーマには二種類あって、グランドテーマとその年のテーマ。グランドテーマは、ここ数年は、消費税増税反対、いや、今は、消費税減税ね。それと、その年ごとのテーマで、今年は未だ、決まってないわ。去年は、関税自主権を考える、だったけど」
と、これから、十分ぐらい、いかに、消費税増税が悪策であるかを、響子さんは、延々と述べた。
その話っぷりは確かに、隊長、としか言いようがないものだった。
でも、その、私が百%正しい、という物言いに、ちょっとムッと来た僕は、思わず、言ってしまった。
「それで、僕ら学生が、そんなこと考えて何になるんですか?」
響子さんも、僕の物言いに、ちょっとムッと来たようで、そこから更に、十分程、講釈を垂れた。
玲奈さんは、軽く目を瞑って、腕組みをしている。でも、その佇まいは、全神経を、響子さんの話に集中してるようだった。恐らく、玲奈さんは、何十回と同じ話を聞いているに関わらず。その佇まいに釣られて、僕と拓哉も、じっと響子さんの話に耳を傾ける。
話の終わりには、いかに不況下における消費税増税が悪政か分かった。
それで、響子さんが、
「どう、何か反論ある?」
「ございません」
と、僕と拓哉が声を揃えて言う。
「まあ、今は、しょうがないわね。でも、少しずつでも勉強すれば、反論もできるようになるし、その上で、やっぱり、消費税増税が悪政だか、分かるようになるわ」
「はあ」
「へえ」
二人の気のない返事を聞き終わると、玲奈さんが、涼しい目をして、僕らに言った。
「どう、会の運営などに関して何か質問ある?」
それで、会費とか、夏に合宿があるのか、など聞いた。合宿に関しては、あるはあるが、あくまで、日本経済を考える、のが目的だと釘を刺された。でも、花火ぐらいやるわよ、と玲奈さんに、言われて、心から、ホッとした。




