第27章 玲奈の決意
ここのビデオボックスは、普通のビデオボックスなのだが、欠点が一つあって、ビルの入口が、結構、人通りのある通りに面していて、無論、自意識過剰なのだろうが、どうも、出入りしにくい。
それで、僕は、ビルを出る時、そのあるか分からない通行人の視線に向かって、心の中で、大声で叫んだ。
今日の僕は、エッチなことしてませんよ!
最近の僕は、朝は、大学の図書館で過ごす様になった。
そう、玲奈さんから、九条さんの件で、電話で起こされてからだ。
Y大学の図書館は、朝七時から開館している。そんくらいに、来て、新聞を読んでる。読んでるのは、社会面の小さな記事だ。どうやら、僕が、大きな事件に巻き込まれた、というか、首を突っ込んでるのは、ほぼほぼ確かだが、少なくとも、直接的な手がかりは、新聞の一面に載るようなことじゃないことも、また、確かだろう。それで、パラパラと社会面を中心に読んでいる。
朝の大学の図書館の雰囲気が好きだ。
無駄口を喋る人間がいない。何しろ、朝早く、来るのだ。皆、意志を持っている。
持ち出し禁止の図鑑を、何が面白いのか、丹念に読んでいる者。写経のようなことをしている者。司法試験の勉強をしている者。僕の様に、閲覧コーナーで、新聞や雑誌を読んでいる者。それぞれが、どんな結果をもたらすかは、無論、分からない。でも、少なくとも、この瞬間、自分のしていることに疑いを、迷いを、持つ者は、唯一人としていない。
そうした軽く張り詰めた空気の中で、僕は、ある記事を、見つけた。それは、恐れていたことでもあるし、予想していたことでもあって、半ば、ヤケクソで、それも仕方ないだろう、と考えていたことだった。
僕は、三紙の社会面を、一通りチェックし終わると、図書館を出た。
そして、携帯を取り出すと、玲子さんに電話をかけた。
おい、拓哉、僕だって、玲奈さんに電話かけれるんだぞ。・・・今、この時は。
次に、響子さんに、電話をかけた。
おい、拓哉、僕だって、響子さんに電話かけれるんだぞ。・・・今、この時は。
二人とも、僕が読んだ記事の内容を聞いて、僕が、ちょっとミーティングしたいんですが、と言うと、気にはなっていた、と言って、二つ返事でOKしてくれた。
無論、拓哉にも、招集をかけた。
NKK部室での、待ち合わせは、午後二時だったが、僕が三十分早く行くと、既に、玲奈さんが来ていた。 僕は、玲奈さんに、気になっていたことを、訊いた。
「就職活動はどうなってるんですか?」
玲奈さんは、ああ、それか、と言った感じで、顔を上げて、言った。
「就職活動は止めた」
「へえー。すると、院に行くとか、留学するとか」
「そういう訳でもない」
「・・・なんですか。言い辛いことだったら、無論あれですが」
「まあ、本決まりになってから、と思っていたんだがな」
「気になりますね」
玲奈さんは、ちょっと逡巡した後、僕の瞳を正面から見つめて、言った。
「政治家になることにした」
僕は、驚き半分、収まるところに収まった感、半分、みたいな感じだった。
そもそも、玲奈さんのお父さんは、与党の中堅国会議員なんだから、何も不思議な話ではない。不思議な話ではないが。
「どうして、また?響子さんの影響ですか?」
玲奈さんは、フッと笑って、言った。
「まあ、それ以外に無いだろう」
「ですよね」
「私は高校の時、美術部にいてな、絵を描いてた」
「へえー」
「浮世絵が好きでな。パステルカラーで輪郭のはっきりした絵が好きだった。宗教画なんかも、そんな感じで描いていて、顧問に怒られていた。どうも、宗教画ってのは、もやっと描かないと駄目らしい」
「神様がもやっとしたものですからね」
「まあ、それと重厚さだな。宗教画にはそれが必要だ、と怒られてた」
「それと響子さんとの関係は?」
「高校時代、私は、まあ正直、ふわふわと生きていた。今も似たようなものかもしれんが、響子と一緒に、NKKに入って、ちょっとは、自分で考えるようになったと思わないでもない。そうなってみて、ある事に気がついた」
「なんでしょう?」
「響子の思考、考え方って、浮世絵みたいじゃないかって」
「平たく言えば、淀みがない、分かりやすい、ってことですか?」
「そうとも言える」
と、玲奈さんにしては珍しく、照れ笑いを浮かべた。「それと、優しい気がする」
「考え方に、優しい、ですか」
「丹念、とでも言った方がいいのかな」
「なるほど」
「それで、卒業しても、響子と色々、語り合いたい、議論したい、と思った。だが、私には、財務省に入る様な頭もない。・・・翔太ならどうする?」
僕は、ちょっと考えて、言った。
「ジャーナリスト、とか」
「まあ、そんな感じだろう。私の場合は、父親が政治家だからな。その影響もあって、政治家という訳だ」
「すると、お父さんの秘書になるって訳ですか?」
「いや、それは違う。父親は、消費税増税賛成だからな。家で簡単な議論しても、ありゃ、賛成だ」
「では、どうするんですか?」
「その前に、翔太、政治家には、二種類いるんじゃないかと思う」
「二種類ですか」
「確か、ケインズも言っていただろう。政治家は経済学者の言うことを我知らず、復唱しているだけだ、と」
「もう一種類は?」
「無論、自分の頭を使って考える人間だ。もちろん、こっちの方が望ましい筈だ。ところが、今の政治家の多くは、財務省の言うことを、復唱してるだけじゃないか?」
「うーむ。それはそうですが、やっぱ、財務省の人間って頭いいじゃないですか?議論しても勝てない、というか」
「そんなことはない。今の政治家は、議論することすら、しようとしない、と言った方がいいんじゃないか。現に、与党の中にも、消費税反対の政治家もいる。そういう政治家を、何人かピックアップしてあって、そこの秘書になろうと思う。まあ、親父のコネもあるし、何とかなるだろう」
玲奈さんは、朝の図書館にはいない。
でも、玲奈さんに確固たる意志があるのは確かだった。それも、四年間かけて熟成された。
僕が、流石に、知らず知らず、己の身を鑑みてると、響子さんと拓哉が、ガヤガヤと入って来た。
二人にも、僕が、朝、目にした記事の話をしてあるので、表情が、何処か、引き締まっている。
二人が、パイプ椅子に座ると、僕は、言った。
「沙織探しに関して、前回に話した、その後の調査結果を、話します」
先ず、僕は、拓哉と一緒に、ユートピアのコンサートに行ったことを話した。そこで、ヒロの兄に会ったことなどを話した。
次に、生川の部屋から、沙織と関係あると思われる新聞記事を見つけたこと、そして、荻原洋平の話を伝えた。秋山聡という同級生が大澤組に殺されたこと、沙織の身の上話だ。
そして、大村達也幽霊のリクエストによって、メグのアダルトビデオを見たことを話した。その女優の父親が、財務省の藤倉秀樹で、親バレで、メグが引退したことを、話した。
最後に、今朝、図書館で読んだ、新聞記事のことを、もう一度話した。
それは、ヒロの兄で、厚労省に勤める山田賢二が、ビルから飛び降りたことだ。警察は、自殺と他殺の両面から調べている、とのことだった。
僕が、話し終わった後も、しばらく、誰も口を利かなかった。
一連の事件で、実際に死体を見たのは、僕が、三島の死体を見ただけだ。
しかし、財務官僚・九条修の死。
大澤組若頭・三島竜也の死。
厚労官僚・山田賢二の死。
そして、浮かび上がった、財務官僚・藤倉秀樹の名前。
また、依然として行方が分からない、長澤沙織、及び、生川哲郎。
今、財務省で何が起きているのか。
その財務省と、今回の一連の事件で、厚労省や大澤組は、関係しているのか。そして、沙織は、どう一連の事件に関連しているのか。
恐らく、ガラポン関連で、何もかもが関連しているに違いない。
だが、それらを繋ぐものが何なのか、それが分からない。
誰もが、同じ思考を辿ったに違いない。
拓哉が、ボソリと呟いた。
「まるで、大きな渦が出来てるみたいですね」
「問題は、その渦の中心は何か、という話だな」
と、玲奈さんが言う。
響子さんが、ちょっと哀しそうに、言った。




