第26章 ブルマン
そんな僕の内心の気持ちを無視して、拓哉が、淡々と話す。
「俺も、ミカに会っただろう」
「ああ」
「結構、人間的じゃねーか」
「確かに。確か、キリスト教では、神は、自分の骨だかなんだかを取り出して、人間を作ったんだっけ?」
「そうだっけ?まあ、天使が思ったより、人間的だったのは、俺には驚きだった」
ミカには、僕が、失礼な態度取ってるからな。
とは、無論、拓哉には言わなかった。
「そして、ミカは、普段は、神的じゃない、つまり、俺と会った時の状態で、人々と接しているんじゃないか?」
「そう考えるのが妥当だろうな」
「そのミカが、お前には、神的状態を見せた。どう、思う?」
僕は、ゴクリと唾を呑んだ。
あの時のことを、脳裏に描いてみた。
最初、熱海署の保護室で、今日みたいに、うんざりした気分になって、ミカ出て来い、とか、罵倒を浴びせて、そして、その後、一つだけ、教えてくれ、とか何とか言って。
そしたら、ミカが出てきて、我らが仲間よ。突き進め、命果てるまで、とか物騒なこと言い出したが、その時のミカが神的だったので、思わず、頷いてしまった。こんな所だ。
ただ、ミカが、仲間という言葉を使ったのは、記憶にあるし、神的状態だったのも確かだ。神的状態になるのは、或いは、それが本来の姿かもしれないが、ミカとしては、エネルギーを使うのではないか。なんとなく、そんな気がする。
僕は、目を輝かせて、言った。
「そうだ。僕は、光の戦士だ」
拓哉は、きょとんとして、言った。
「光の戦士ってなんだ?」
「いや、単なるイメージなんで気にしないでくれ。だがまあ、神様へのコネ作り云々は置いといて、僕が、ミカの心のドアをノックしたのは確かなようだ」
「そうだよ、翔太」
「でも、それと、ブルマンと何の関係があるんだ?」
「ブルマンを評価するには、実際に、飲んでみないと分からない。同様に、神様とコネクションが作れるかは、沙織を探し出してみないと分からない。そういうことだ」
筋が通ってるような、通ってないような。
無論、これが大学のテストだったら、更に、希少性云々を絡めて、答案用紙一杯になるように、書くのだろう。だが、そんな屁理屈は僕も、聞きたくない。
僕は、カップをコーヒー皿の上に置いて、言った。
「取り敢えず、アダルトビデオの件は、やってみるか」
「それがいいと思う」
「拓哉も行くだろ?」
「いや、俺はいい」
えっ。
「なんでだよ」
「アダルトビデオを男と一緒に見てどうする?」
・・・そりゃ、まあ、そうだ。
前回の大村さんとの会話で、疑問が二つある。
一つは、大村さんは、何故、そこまで、メグというAV女優に拘るのか。妹などの身内で無いことは、前回、確認した。
もう一つは、ビデオを見た後、僕に何をさせいのか。単に、大村さんが最新作を見たいだけなら、僕と、別行動を取ればいいからだ。
とまあ、頭の中は、クエスチョンだが、先ずは、大村さんを呼び出して、先にビデオを見ることにした。その中に何かヒントがあるかもしれないからね。
近場のビデオボックスに行って、メグの作品をガバッと借りる。
三作と少なかった。そして、最新作で引退のことだった。確かに、ファンとしては、残念だろう。
だが、ビデオを実際に見だして、思った。
確かに、可愛いし、ハードなプレイもしてる。だが、それは、あくまで標準的ではないか。時代を代表するAV女優になるとは、少なくとも、今の時点ではない。
因みに、大村さんは、僕に気を使って、パンツを降ろして、やることはやってもいいですよ、と言ってくれたが、僕は、慎んで遠慮した。幽霊とは言え、男の前で、下半身を晒すのは、どうも気が引ける。拓哉が、今回、同行しなかったのも同じ理由である。
さて、大村さんはと言えば、幽霊がオナニーを出来るのが分からないが、だがまあ、食べたり飲んだり出来ないんだから、オナニーも出来ないのだろう、画面を、愛おしそうに見てる。それは、性的対象というのも、なんだか、違う気がする。
僕は、最新作を、早送りせずに、そして、また、オナニーもせずに、悶々とした気持ちで、六十分見た後、大村さんに聞いた。
「さて、大村さん。大村さんが、メグに拘る理由は何ですか?」
「似てるんだよね。小学の初恋の相手に」
「あっ」
と、僕は、思わず、短く叫んだ。
そうなのだ。
玲奈さんなんかには軽蔑されるだろうが、身近な人に似たAV女優というのは、興奮するのだ。これは、僕も、経験がある。
だが、待てよ。
今は、大村さんにとっては、最後のお願い、というか、死後の唯一のお願いだろう。
その初恋の相手に、気持ちを伝えればいい。
それなら、ロマンチックじゃないか。
僕だって、その話に乗ったかもしれない。
僕がそう、大村さんに告げると、大村さんは、哀し気に、首を振った。
「僕は、小学の時から、こんな感じだったんだ。デブで、ちょっとおどおどしてて、勉強もイマイチ。それで、ついたあだ名が・・・」
「ハイストップ。話が長くなりそうなんで、そこで。脇道にそれないで下さい」
「そう。ちょっと残念だな。まあ、拓哉君がそう言うなら。・・・それで、何処まで話したっけ?」
「小学の時から、今みたいな感じで、としか未だ言ってません」
「そうそう。僕が言いたいのは、例えば、ジョニー・デップが、僕みたいに幽霊になって、女性の前に現れて、実は、君が好きだったんだ、と言ったら、女性はどう思う?」
「そりゃ、嬉しいでしょう。少なくとも、悪い気はしない」
「そう。でも、僕が、言ったら、単なるストーカーだよね。それも、死んでからも付きまとう、最悪じゃん」
「・・・そこまで、卑下しなくても」
と、僕は言いながら、うーむ、これはこれで一理あるぞ、と思った。
「それで、僕は、生前から、初恋の告白をする気持ちは無かった。そんなところに、初恋の相手に似たメグの登場だ。片想いプラトニックの相手が、AV女優だ。拘りたくもなるだろう?」
「まあ、なんとなく。大村さんが、メグに拘る気持ちは分かりました。でも、この後、僕に何をさせたいんです?ビデオ見るだけなら、別行動でも良かったんですから」
「それなんだけど。・・・さっき、拓哉君もパッケージ見てて気がついだろうけど、これで引退なんだ」
「そりゃまあ、AV女優が幸せになる確率って低いだろうから、三作で引退ってのも悪くないんじゃないかと」
「それは違う」
と、大村は、やや唐突に声を張り上げた。
「違うって何が?」
「本人の意向じゃないんだ、引退は。親バレなんだ」
「親バレでも、最終的には、本人の選択でしょう?」
「それはそうだけど、親を、父親だけど、説得すれば、本人の気持ちも変わるかもしれないじゃないか」
「そりゃそうでしょうけど」
と、言いながら、僕は、ハッと大村さんを改めて見た。「つまり、僕に、メグがAV女優に戻れるように、メグの父親を説得しろと」
大村は、僕と会ってから、一番、いい笑顔を見せた。
「ご名答」
「無理じゃないですか」
「拓哉君なら出来るよ。ガラポン勝者なんだから」
「いや、そういう問題じゃ・・・」
しかし、まあ、世の中には、色んな考えをする人間がいるものだ、と僕は思った。でも、確かに、親バレであること、父親が反対していることまで、調べてしまうんだから、大村さんの執念は凄まじいものがある。僕は、内心あれこれ考えながら、ふと思ったことを、口にした。
「父親の職業は、銀行員ですか?」
「いや、それが財務省の官僚らしい。結構偉い人らしい」
これか!
「もしかして、名前なんか分かったりします?」
「もちろん」
なんて、頼もしいだ、大村さん!
「因みに、その名前は?」
「やってくれるの?」
「それは検討中です」
「ふーん。まあいいや、藤倉秀樹」
先ずは、九条さんと藤倉秀樹のつながりを調べればいい訳だ。
ユートピアのライブは堪能したものの、沙織探しという点ではイマイチだったが、こっちは、悶々として六十分、アダルトビデオを見たかいがあった。




