第24章 同級生
僕の問いかけに、拓哉は、平然さを装っていたが、内心、ちょっとドキッとしたのが分かる。この辺は、長い付き合いだ。何かが入ってる。では、何が入ってるかは、想像もつかなかった。
萩原の実家は、大学から電車で二時間ほどのとこだった。
僕と拓哉が、ドアの呼び鈴を押すと、洋平のお母さまと思われる女性が出た。少し、疲れが顔に出ている様な気がしたが、気のせいか。或いは、これが、今の日本人の平均的な主婦なのだろうか。
「どちら様?」
「昨晩、電話したものです」
「洋平の友達にしては若いわね」
「後輩です」
「そう」
お母さまは、奥に引っ込み、しばらくして、再び、顔を見せて、言った。
「洋平の部屋は、二階だから、上がってください」
「どうぞ、お構いなく」
僕と拓哉は、二階に上がって、それらしき部屋と思われるドアを叩いた。
「昨晩、電話した相賀です」
「開いてる」
と、萩原の声がしたので、遠慮なく、開けて入った。
萩原は、寝転がって、本を読んでいた。
部屋の中は片づいていた。服は、箪笥に、本は、本棚に、ゴミは、ゴミ箱にという感じだった。勉強机には、ノートパソコンがあって、また、壁の一面に、テレビ台があって、テレビがあって、棚には、ゲーム機もあった。未だ、夕方なのに、厚手の紺のカーテンが閉まっているのが、少しだけ、違和感があるだけだった。
僕は、スエット姿の萩原に、話しかけた。
「片付いてますね」
「習慣だ」
「僕も親に散々言われましたが、中々こういう風には」
萩原は、本を閉じて、手元に置くと、ベッドに座るような形で、僕と拓哉に向き直った。
「そこら辺に座れ」
僕と、拓哉が胡坐をかくと、萩原が続けた。
「今日は何の様だ」
「長澤沙織さんの件で。秋山聡さんの件で。或いは、お二人の件で」
不意に、ドアがノックされて、お母さまが入って来た。
お母さまは、卓袱台に、麦茶を三つ置くと、ごゆっくり、と言って、出て行った。
萩原は、ちょっと、考えてから、言った。
「君は?」
「沙織さんの親戚です。青森の」
「ふーん。そんな話聞いたことないけど」
「遠い親戚なんで」
「沙織と会ったことはあるの?」
「無いです」
と、言ってから、しまった、と思った。「最近は。子供の頃に、二度ぐらいかな」
「ふーん。それがまた、どうして?」
「最近、沙織さんのお父さんが亡くなって、その遺産の関係で」
萩原は、ちょっと驚いたように、そうか、亡くなったかと呟くと、怪訝な顔をして、
「それなら、沙織と君らの問題で、僕は、関係ないだろう?」
「それが、沙織さんが行方不明で」
「行方不明?」
「ええ。それで、何か、ご存知ないかと?」
「僕が?」
「ええ」
「僕は、最近、沙織と全然、連絡を取ってない。卒業してから、ずっと。いや、あの事件以来」
「事件?」
「ああ、事故だったな」
と、萩原は、呟くと、それきり、黙り込んでしまった。
正直、昨日の電話の様子からして、今は、平日の夕方なので、僕は、萩原は引きこもりだろう、と推測していた。
実際、お母さまの親切な対応などからすると、そういう可能性はやっぱりある。
だが、こうやって、実際に会ってみると、萩原は、僕と拓哉と何も変わらないように思えた。何かの契機で、現在のような生活をしているのだろう。
そして、萩原は、その契機を話したがってる。だから、こうやって、会ってくれているのだ。それは、間違いない。
僕が、さて、どうしたものかと、考えていると、拓哉が、沈黙を破った。
「僕とコイツは、家が近くて、小学からの腐れ縁で、高校は別だったけど、今は、同じ大学に通ってます。萩原さんと秋山さんは、どんな感じだったんですか?」
萩原は、拓哉を、チラリと見やってから、言った。
「俺と秋山は、高校からだ。・・・僕に辿り着いたったことは、高校は知っているんだよな?」
「ええ。山際国際」
「そう。よく調べたな。そこで、僕と、秋山と沙織は出会った訳だ。運命的と言えば運命的だが、今から、思えば、悪魔的な出会いだよ」
萩原は、悪魔的という言葉を使ったが、こっから先は、胸糞の悪い話になる。
「山際国際は、寄宿生、全寮制の学校で、まあ、人数としては、小さな学校だ。理念としては、成績向上は生活態度から、というのもので、よくある理念だが、それを、寮生活で実践している訳だ。一年生は三~四人の共同部屋、二年生は二人の相部屋、三年生は一人部屋」
「なんだか、良くできてますね」
「ああ、確かに、この部屋が片付いてるのも、山際国際のおかげだ」
「なるほど」
「秋山とは一先生と三年生の時に同じクラス。沙織とは、二年生と三年生と同じクラスだった。全寮制ということもあって、一クラス二十名の、各学年三クラスしかない」
「なんだか、入学したくなりましたよ」
「まあな。だが、学費は、それなりだ。俺の場合、普通のサラリーマン家庭だが、小学の時に、一時期、不登校で、そっから、学校には通うものの、小学、中学と部活をするわけでもなく、かといって、成績がいいわけでもなく、それで両親が心配して入れた訳だ。一応、入試もあるが、それよりは、両親を含めた面接に重きを置いてるわけだ」
萩原は、卓袱台の上の麦茶を、一口二口と口に含んだ。
「沙織とは、一年生の時は、違うクラスだったが、でも直ぐに、違うクラスの俺も、その名前を聞くことになる。とにかく、美人なんだ。・・・沙織の写真は見たのか?」
「ええ。最近のですけど」
「今、ある?」
「ごめんなさい。今日は持っていません」
嘘だった。鞄の中にあるのだが、今は、何故だか、そうした方がいいような気がした。
「そうか。まあ、俺は、高校卒業以来、沙織には会ってないけど、今の沙織にも、面影は残っているだろう」
「ええ。美人だということは知ってます」
「一方、秋山は、なんだろう、芸能人のようなハンサムじゃないが、兄貴肌で、優しくて、爽やかな笑顔が自然と出る奴だった。部活は、陸上部で、百mをやっていた」
うーむ。爽やかな笑顔か。・・・羨ましい。
ナンパが成功しないのは、僕らに、爽やかな笑顔が無いからじゃないか。
というのが最近の分析である。
「沙織と秋山が、くっついたのは、同じクラスになった三年からだ。五月には、時折、デートするようになっていた。俺と秋山は、一年生の時に、友達になって、三年でまた、クラスが同じになって、行動を共にするようになっていて、まあ、そういう話も、秋山から聞かされていた。モーションをかけたのは沙織の方だ。秋山は、格段、沙織のことが頭にあったわけじゃないが、まあ、美人に言い寄られて跳ね除ける程、不健全な高校生じゃなかったわけだ」
「それはそうでしょうとも」
「ところで、山際国際に入学してくる奴は、訳アリの奴が多いわけだ。俺の場合は、さっき話した通りで、秋山の場合は、喧嘩早いとこがあった。中学の時は、不良の先輩に平然と喰ってかかってったらしい。それで、苦肉の策として、山際国際の様に、ちょっと隔離されたような環境を、御両親が選んだらしい。確かに、山際国際に、不良なんてものはいないし、また、他校のそういう輩と接触する機会も少ない」
「なるほど」
「それで、沙織の理由は何だったと思う?」
僕は、親の職業が、ヤクザだからだろうかと思ったが、口にはしなかった。そして、この理由は、当たってるようで間違ってるようなものだった。
「こっから先は、沙織の言い分だ。高校生の俺と秋山は、沙織の言葉を信じたし、その後起きた事件のことを考えると、本当だったと思う」
このへんから、萩原は、込み上げて来るものを吐き出すような感じで言った。
「沙織は、父親にレイプされていた、と秋山に言った。中学の時から」
僕と拓哉は、ゴクリと唾を呑んだ。




