第23章 山際国際高校
先ず、自分だったら、何処に座るだろうか考えた。答えは簡単だ、椅子だ。
それで、素気なくはあるが、肘置きもついてる黒の椅子に座った。
すると、先ず、目に付くのは、クリアファイルの束だ。各々のクリアファイルに、コピー用紙が、数枚づつ、入ってる。その一番上のクリアファイルを取る。
クリアファイルの中は、一束の報告書と、二枚のコピー用紙だった。報告書は、僕も見たことのある、生川が作成した沙織さんに関する報告書だった。そして、メモ用紙の一枚は、メモで、一枚は新聞記事のコピーだった。
メモの左上には、三島とあって、その下に、二億、沙織、と並んでいる。そして、そこから→が引かれていて、熱海を差していた。熱海の下には、グレートリゾート熱海とある。
二億が何かと言えば、金だろう。
つまり、三島が沙織と一緒に、大澤組の二億を持ち逃げした、そういうことだろう。
そりゃ、宇津木も必死になる訳だ。
そして、三島が死んだ。今は、沙織と生川が、二億を持って、逃げている、と考えるのが、自然じゃないのか?
僕は、チラッとキッチンでガサガサしている、拓哉を見やった。
拓哉の推測は当たっていたらしい。
もちろん、沙織と生川が死んでいる、殺された可能性はある、三島同様。
さて、新聞記事の方は、次のようなもので、日付は、約六年ほど前のものだった。
十日午後、山戸市の用水路で市内に住む十八歳の男性が見つかり、死亡が確認されました。警察は用水路に転落したとみて調べを進めています。亡くなったのは山戸市の高校生秋山聡さん(十八)です。
警察によりますと、六日午後四時半すぎ、山戸市五坂にある道路脇の用水路の傍に自転車が倒れているのを近所の人が見つけ一一〇番通報をしました。警察が捜索したところ、およそ三十分後、一.八キロ下流の用水路で秋山さんを発見し、搬送先の山戸市内の病院で死亡が確認されました。
用水路は幅二.二メートル、水深一メートルで、秋山さんと自転車にはねられたような跡はありませんでした。警察は自転車に乗っていた秋山さんが何らかの原因で用水路に転落したとみて調べを進めています。
そして、その記事の下には、手書きで、萩原洋平と書いてあった。
僕は、念のため、他のクリアファイルも調べたが、沙織と関係ありそうな事件とは思えなかった。そして、先ほどのクリアファイルに報告書とメモだけ戻し、元々在った場所に戻した。新聞記事の方は、鞄の方にしまった。
机の横のカラーボックスには、本が無造作に放り込まれていて、そのほとんどが小説だったが、社会人のマナーと礼儀作法、人生いつでもやり直しが出来る、メタボ退治はこれだ、といった本もあった。二十冊程だったので、ざっと、パラパラとめくってみたが、一万円札や航空券が落ちることはなかった。
僕が、人生やり直しが出来る、の前書きを読んでいると、
「こっちは空振りだ」
という、拓哉の声がした。
僕は、先ほど元に戻したクリアファイルを取り、拓哉に渡した。そして、鞄から、先ほどしまった新聞記事のコピー用紙を取り出すと、拓哉に渡しながら、言った。
「そのクリアファイルから」
拓哉は、その新聞記事にも目を通すと、僕を見て、頷いた。
僕も頷き返して、生川の部屋を後にした。
僕は、生川のアパートを出ると、今日、拓哉と会った時から、気になっていたことを訊いた。
「鞄、買ったの?」
「ああ。これ、いいだろ」
と言って、背負っているリュックタイプの鞄をポンポンと叩いてみせた。
僕には、意外だった。
拓哉は、手ぶら派で、出かける時は、取り敢えず、何も持たない。傘も持たない。スマホも、一番小さなものを使っている。
「中に、何か、入ってるの?」
「空気」
つまんね。空、ということか。
しかし、うーん。
拓哉は、衝動買いするタイプでないし、僕より、用心深くもある。
何か、意図があるはずだが。
それとも、単に、本当に、衝動買いしただけか。
確かに、いわゆるビジネスリュックで、本革のようで、ちょっとカッコいい。
僕の視線に気づいた拓哉が、言う。
「欲しくなったら、言えよ。友達割あるから」
「ふーん」
因みに、僕は、高校時代からの肩掛けカバンを使っている。
基本的に、外出する時は、お供をさせている。
駅への道で、公園を見つけて、僕と拓哉は、そのベンチに腰を下ろした。
僕は、腰かけながら、さてと、と呟くと、
「長澤さん、出てきて下さい」
「なんだ」
と、長澤さんが、姿を現す。
長澤さんとの会話も、横に拓哉がいると、独り言を言う危ないお兄さんに見えなくていい。
「沙織さんは、高校は何処ですか?」
それまでも、僕は、長澤さんにはある種の疑念があった。
もちろん、親が娘の安否を気遣う。
自然な感情だ。
だが、それでだけではない何かがあるのではないか。
それは、長澤さんがヤクザの組長だからということではなくて、いや、もちろん、そういうパーソナリティだからこそ、という面もあるのだろうが、僕に全てを話しているわけではないだろう。
この時、長澤さんは、しばらく、押し黙ったままだった。
娘の出身校を訊かれて、何故、押し黙る?
この時、僕は、長澤さんへの疑念を強くした。
だが、沙織さんの出身校なんて、長澤さんが教えてくれなくても、ちょっと調べれば分かることだろう。
結局、長澤さんも、そう考えたらしく、呟く様に言った。
「山際国際」
「字は?」
「山は、山川の山。際は、国際の際」
「どうも」
それから、僕と拓哉は、携帯で、二十分程、SNSの調べ毎をしたが、成果が無かった。
僕は、拓哉に、調査終了と呟くと、今度は、携帯に登録しておいた高見探偵事務所の番号を呼び出して、電話した。
「相賀といいますが」
「君か。高見だ」
「一つ、お願いがありまして・・・」
こっちには、キョウコさんとエツコさんがついてるんだぞ!・・・という必要はないだろう。
「なんだ?」
「山際国際高校で、これは沙織さんの出身校ですが、沙織さんの同級生、同学年、或いは、一つ上、二つ上、一つ下、二つ上ぐらいで、萩原洋平、秋山聡っているかどうか調べて欲しくて。それで、出来れば、その連絡先も。実家でもいいんで」
「待て、待て。生川の部屋で何を調べた、何を見つけた?」
僕は、ちょっと考えたが、新聞記事の件を、素直に、そのまま伝えた。
「ふーん、よく調べたな。・・・部屋には入れたのか?」
「・・・鍵は開いてました」
「チェッ」と高見は舌打ちすると、「生川も不用心な奴だな」
「誰だって、偶には、かけ忘れますよ」
「ふーん。偶々、かけ忘れた日に、偶々、行方をくらましたのか」
「そうなりますね」
「いいか、一つ教えてやる。探偵は、偶々という言葉を使わない。必ず、そこに誰かの意図があると考えて、報告書を作る」
「それは、どうも」
スピーカーで、会話してるので、拓哉にも聞こえてる。
僕が、拓哉を見ると、拓哉は神妙な面持ちだった。
「まあ、いい。卒業名簿を当たればいい話だ。今晩にでも電話する」
「有難うございます」
「ただ、生川の行方に関して、何か分かったら、教えてくれよ。いいな?」
「それは、もちろん」
「頼む」
と言うと、高見は、電話を切ってしまった。
電話を切って、ふと訪れた沈黙を待ってましたとばかりに、セミの鳴き声が耳に入った。
沙織と生川も何処かで、セミの鳴き声を聞いているのだろうか。
その夜、高見から電話があり、秋山聡と萩原洋平の実家が分かった。沙織と合わせて、三人とも三年生時の同級生だと言う。萩原の実家に電話したら、母親と思われる人物が出て、洋平は家にいますが電話には出ません、と言った。僕は、ちょっと考えたが、明日の夕方にお伺いします、と言った。母親は、どうぞ、と言った。
翌日、昼のコマに出席して、NKKの部室で、拓哉を待っていたら、例のリュックを背負っていた。
「中身は?」
「空気」
「本当に?」
「もちろん」




