第21章 NKK会議
「まあ正直、孫の学芸会やアダルトビデオがどうつながって来るのか、さっぱり分からないが、大した手間じゃない、というか、ヤクザ相手にするよりいいだろ」
確かに。
僕は、しげしげと、玲奈さんを見つめると、言った。
「アダルトビデオ、一緒に見ます?」
「アホ」
と、玲奈さんは、目を怒らせて、短く、言った。
玲奈さんの反応は予想通りだ。美人が怒ると本当に怖い。そして、何よりも、美しい。
「山田卓三さん、出てきて下さい。話を聞きますよ」
夕方の河川敷で、僕は、ちょっと大声を出した。
無論、辺りには誰もいないし、大声を出す必要もないが、これは気分。
すると、山田卓三さんが現れた。山田さんは、孫の学芸会を見たいと言った、天寿を全うしたと思われるお爺さんだ。
ここで、ちょっと復習をしとこう。
ガラポン敗者の九十九人には、選択肢が二つある。
一つは、僕と一緒に行動を共にすること。僕が行くとこにしかいけないが、僕を通して、現世に影響を与えることが出来る。
もう一つは、僕と縁を切ること。この場合、僕とは関係無しに、何処にでも行けるが、単なる幽霊なので、生者と会話などは無論、出来ない。
つまり、山田さんが、僕に未だ、付きまとっているということは、僕に、何かをさせたい、ということになる。
山田さんは、怒ったような、諦めたような、感じで言った。
「ワシの願いは変わってないぞ。孫の学芸会を見たい」
「ええ、分かってますとも。いいですとも」
「いいのか?」
「ええ。でも、お孫さんの学芸会ですが、もう終わっちゃいました?」
「その心配はない」
「どうしでですか?」
「ああ、今年は、全国ツアーだから」
ん?全国ツアー?
「ちょっと待ってください。お孫さんの御年とご職業は?」
「二十才。アイドル」
おー、そういうこと。
「お名前は?」
「山田弘子、通称ヒロ。グループ名はユートピア」
おいおい、そういうことは、早く言えや、爺。
「是非、行きましょう。ユートピアのコンサート」
「だから、ワシは最初からそう言っている」
いや、言ってないって、お爺さん。
「早速、日程を調べましょう」
「その必要はない。ワシの頭の中に入ってる。そうだな、えーと、近場だと・・・」
「ちょっと、遠くてもいいですよ」
「・・・いいのか?」
「もちろん、山田さんの為です」
「お前、いい奴だな」
「それはどうも」
そんな訳で、僕は、今、ユートピアのコンサート会場にいる。幸い、関東で興行中だったので、直ぐ、来れた。
無論、拓哉も、二つ返事で来た。
ユートピアは、二年前に結成されたグループで、今年、愈々、ブレイク必至という状況だった。そして、半年前に、リリースされた、「トメテ」がセールスを伸ばしてる。
今日は埼玉県の公民館ホールで、キャパは三千人ぐらいだろうか。結構、でかい。平日ということもあって、満員という訳にはいかないが、それでも、八割ぐらいは、入っているだろうか。
僕と拓哉が会場入りしたのは、三十分程前からで、その時から、会場内は、軽い高揚感に包まれていた。
不意に、会場の照明が落ちた。
そして、しばらくして、スポットライトが三つ当たった。
左から順番に、当たっていく。
「ユリです。今日はようこそ」
次に、中央に当たる。
「トモです。ユートピアのコンサートへ」
最後に、山田卓三さんのお孫さんの、ヒロだ。
「ヒロです。みんな、私達を、と・め・て」
おー、と場内がざわめく。
アイドルって凄いね。こんな一言で、会場が盛り上がるんだから。
無論、僕と拓哉も奇声を上げる。
場内がやや静かになるのを待って、トモが言った。
「先ずは、この曲から。トメテ」
トメテのサビはこんな感じだ。
止めて 止めて 止めて マイロンリー
泊めて 泊めて 泊めて 今夜だけは
留て 留て 留て インユアハート
まあ、この曲の良さは、実際に聞いてみないと分からない。
ユートピアは、トメテを皮切りに、一時間ほど、持ち歌を歌って行った。
最後に、デビュー曲の「夢見る小悪魔」を歌って、三人でステージ中央に集まってお辞儀をして、奥に引っ込んでしまった。正直、ヒット曲というものがないので、一時間でも頑張った方だろう。
ところが、これで終わらないのが、ライブのいいとこで、会場から、手拍子と「アンコール」という掛け声が起きて、しばらくすると、三人が、再び、現れた。
トモが、マイクを握って、喋る。
「今回のツアーでは、トメテに関連した曲を、一人一曲ずつ、歌わせて貰っています。先ずは、ユリで、CCBさんの、Romanticが止まらない」
次いで、トモが、山本リンダの、どうにも止まらない、を、お色気たっぷりに歌い、最後は、ヒロが、ニルソンの、ウィズアウトユーを、情感たっぷりに歌い上げた。いやまあ、選曲が渋いね。そして、歌唱力もある。これが、ユートピアが、ブレイク必至と言われる所以だ。山田卓三さん、貴方は、立派なお孫さんを育て上げました。
・・・忘れてた。
何も、ライブを堪能する為に、ここに来た訳じゃない。
「山田卓三さん、出て来て下さい。貴方の願いはなんですか?」
「弘子に伝えたいことがある」
ああ、そういうこと。
「分かりました。楽屋に行きましょう」
卓三さんの名前を出せば、なんとかなるだろう。
僕と拓哉は、館内をウロウロして、関係者以外立ち入り禁止という札がある廊下を見つけると、ひょいとその奥に進んだ。しばらく行くと、控室、という張り紙があった。
僕は、ドアをコンコンとノックした。
すると、中から、二十代後半の男性が現れた。マネージャーだろうか。
「山田弘子さんにお伝えください。卓三さんからお話がある、と」
と、僕は言った。
男性は、奥に引っ込むと、代わりに、ヒロと、若いスーツ姿の男性が現れた。
眼鏡姿の若い男性は、深刻な顔で、ヒロに、言った。
「それじゃ、先ほどの件、頼む」
「うん、分かった、お兄ちゃんも気を付けて」
「ああ」
と、男性は頷くと、僕と拓哉をチラリと見てから、姿を消してしまった。
さてと、と言った感じで、ヒロが、僕と拓哉を見て、怪訝な顔を浮かべる。
それはそうでしょう。
僕は、ささっと、にこやかに、ヒロに歩み寄ると、言った。
「卓三さんしか知らないこと、質問してみて」
姿を現した卓三さんは、今にも、ヒロを抱きしめんばかりだ。
その気持ちは分かる。
だが待てよ。
幽霊なんだから、抱きしめてみてもいいんじゃないの。
どうせスカスカだろうけど。
ヒロは、怪訝な顔を浮かべながらも、瞳には、好奇の心が浮かんだ。
「私が小学校に入学した時に、卓三爺ちゃんがプレゼントしてくれたもの」
「一年生になったら、のオルゴールじゃ」
「一年生になったら、のオルゴール」
「・・・正解」
ヒロは僕と拓哉をしげしげと観察してから、害はないと考えたらしい。
「ついて来て」
と言うと、ちょっと歩いた部屋に入ると、明かりのスイッチを入れた。
そこは小さな会議室で、長机が二つ中央に寄せられて、パイプ椅子が幾つか、取り囲んでいた。
ヒロが座るのを確認してから、僕は、言った。
「実は、卓三さんの幽霊に取りつかれて困っているんです」
「・・・どうやらそうみたいね」
「でも、今日は、その愚痴を言いに来たんじゃありません」
「そう、良かった」
と、ヒロは、やや広めの額の下の愛くるしい瞳をキラキラさせながら、言う。
「卓三さんから、伝言、というか、伝えたことがあるので、聞いて下さい」
「それは、有難う」
ここからは、卓三さんの言葉だ。
「ワシと婆さんはいい夫婦じゃった。それは弘子も認めてくれるだろう。そして、弘子もやがて結婚するだろう。その時に、ワシが弘子の亭主になった気持ちで、次の言葉を贈る」
「俺より先に寝てはいけない」
「俺より後に起きてもいけない」
ん?何処かで聞いたことがあるぞ?
「めしは上手く作れ」
「いつもきれいでいろ」
はい、ストップ。
僕は、ヒロに、ちょっと待ってください、と言ってから、卓三に言った。
「これ、さだまさしの亭主関白ですよね?確かに、名曲だと思います」




