第20章 ミカの変化
ネットサービスで見放題の映画を最後まで見ようとしたが、最後まで見ることが出来ない。おかしいな、高評価なのに、と呟きながら、途中で見るのをやめてしまう。そういうことを、四、五本程、繰り返していたら、いつの間にか、夜になっていて、僕は、眠りについた。結局、その日は、水とバナナ一本で過ごしてしまった。ひたすら、水を飲んでいた。
月曜日の午前中の講義はサボって、午後に、NKKの部室に顔を出した。
最近では珍しく、響子さんと玲奈さんが、顔を揃えていた。
玲奈さんは、ふと、手を止めて、僕の顔をしげしげと眺めてから、言った。
「悩み事があれば、相談に乗るぞ」
僕は、イラッとして言った。
「玲奈さん、それ言うなら、悩み事があるなら相談に乗るぞ、でしょ」
「だから、そう言ってる」
あれ、そう言われたら、確かに。
「でも先週は、悩み事があっても、相談には乗らないって、言いましたよね?」
玲奈さんは、アハハと一笑いしてから、言った。
「言った、確かに言った。先週はそう思ったのだ」
「・・・」
「でも、今日、お前の顔を見たら、実に、いい顔をしてる」
「そりゃ、イケメンですから」
「無論、そういう話ではない。お前は、モナリザを知っているか?」
「ダビンチのですか?そんくらい、僕だって知っていますよ」
「あの絵が評価されてる理由は幾つもあるが、そのうちの一つが表情だ」
「微笑ってやつですか」
「うむ。あれは、モナリザの顔の左半分は笑っているが、右半分は泣いているんだ」
「・・・」
へえー、そうなんだ。
「それで、今日のお前は、そういう顔をしてる。何か悟りを開いている、というか、吹っ切れたようでもある。が、同時に、何か悩みを抱えている。そういう顔をしてる」
この人は、恐ろしい人だ。
僕に、大して興味ないだろう。それでも、顔つきを見ただけで、そこまで分かってしまうのか。
僕は、響子さんに、聞いてみた。
「財務省はどうだったんですか?」
「一応ね。内々定は貰った」
「おめでとうございます」
「うん。でもこれからだから」
この人は、財務省に、戦いを挑みに行くのだ。東大卒でもない、しかも女性が、財務省で何が出来るのか。
ほとんど、絶望的な戦いではないか。
それでも、この人は、挑もうとしてる。
そして、玲奈さんは、どういう形であれ、全力で響子さんを支援するだろう。
流石に三年後や五年後は無理だろう。
でも、十年後や二十年後に、本当に、響子さんは、消費税を廃止するのでないか。仮に、その時に、尚、必要だと判断したのなら。
僕は、改めて、玲奈さんと響子さんを、見た。
この二人なら、本当に、財務省を変える、いや、日本を変えるのではないか。
「アイスコーヒー、頂きます」
と、僕は、言いながら、鞄を机の上に置くと、冷蔵庫に向かった。
もちろん、この二人に、天国に行ったことを含めて、全部、話してしまいたい。
怖いのは、この二人を失うことだ。
NKKに来られなくなるということだ。
流石に、頭のおかしい奴だと思われるだろう。
僕が、他人から、僕の話を聞いたら、そう思う。
「俺にもくれ」
と声がした。拓哉の声だった。
「ああ、分かった」
と僕は、答えてから、拓哉の分も準備した。
でも、それでもいいのではないか。
響子さんだって、同じだろう。
結果として、玲奈さんは応援してくれてる。
でもそれは、結果論であって、響子さんは、最初は、玲奈さんの協力なんてアテにしてなかっただろう。
僕は、ミカの顔を思い浮かべた。
ミカ、僕に、勇気をくれ。
僕は、アイスコーヒーを、拓哉の前に置いて、続いて、僕が座る机の前に置いて、椅子に座ると、言った。
「長くなりますよ」
「おう」
「うん」
「どうせ暇だ」
そして、僕は、話し出した、全てを。見たまま、感じたままに。
クラブ・アカプルコで、陽菜に出会い、死にかけた、じゃない、死んだこと。
天国でガラポン勝者になったこと。
長澤さんの頼みを引き受けることにしたこと。
宇津木のこと、探偵事務所で高見さんに会ったこと。
レポートに、シエラの名前があったこと。
シエロで日本一のタコス職人を目指したこと。
拓哉もミカに会ったこと。
陽菜と慶太のダーツ大会のこと。
熱海で、三島の死体を発見したこと。
熱海署の保護室で、神的ミカを見たこと。
僕が話し終わると、しばらくの間、沈黙が、NKKの部室を支配した。
廊下のざわめきが、NKKの部室に忍び込んでくる。
沈黙を破ったのは、響子さんだった。
「話してくれて、有難う。とても、元気が出た」
「まあ、そうだな」
と、玲奈さんが、ボソリと呟く。
玲奈さんは、ちょっと考えてから、拓哉に言った。
「お前も、天使を見たのか?」
「ええ。でもその時は、感じの悪い天使でしたよ。ずるいや。俺も、神的バージョンを見たいや」
響子さんが、クスリと笑ってから、言った。
「私と玲奈も、そういう話には弱いのよねえ。高校がクリスチャン系だったから。もちろん、神の存在を信じているかと言えば、微妙だけど、なんか、そういうこともあるんじゃないか、というか、あって欲しい、というか」
「そうだな。この部屋にはホログラフィー装置も無ければ、翔太や拓哉が二人して、ドラッグをやってるとも思えないからなあ」
玲奈さんは、そう言ってから、僕の顔を見ると、訊いた。
「お前が吹っ切れた理由は分かった。天使の神性を感じた、そういうことだろう。では、悩みの方は、何だ?」
「これから、どうやって、沙織さんを探そうかと。手がかりの九条さんも、三島も殺されてしまいましたし」
響子さんは、ちょっと玲奈さんと顔を見合わせてから、言った。
「それは、翔太君も分かってるだろうけど、手がかりは、結構、あるじゃない」
「・・・」
「先ず、慶太にもう一度会わないと。三島と沙織さんが何故、逃げたのか。ロミオとハムレットじゃあるまいし。若頭なら、組長の娘さんに十分、釣り合うじゃない。そして、そもそもの始まりのアカプルコにいた、ヤバイ男。何か、絡んでる気がするわね」
「はあ、そうなんですが、ヤクザ絡みはどうも・・・」
「それはそうよねえ」
と、響子さんが、相槌を打つ。
「あとさ」
と、拓哉が言い出した。「その探偵事務所の、名前、なんだっけ?」
「所長が高見で、担当者が生川」
「そう、その生川ってのも、行方が分からないんだろ?」
「ああ。高見はそう言ってた」
「そして、沙織さんも依然と行方が分からない。匂うな」
拓哉はすっかり、探偵だ。
響子さんと拓哉の考えを聞き終わってから、玲子さんが言った。
「翔太の話の中で、一つ、気になったことがあった」
「なんでしょう?」
「翔太は確か、天国でお願いを聞いたのは、長澤さんで三人目だと言ったな?」
「ええ」
「一人目と二人目の頼みは、どうして、聞かなかったんだ?」
「一人目は、孫の学芸会を見たい、とかってやつで。それも、生き別れたとかそういう話ならいいかと思ったんですが、生前は結構、付き合いがあったようで。まあ、無視していいかと」
「ふーん」
「二人目は、その、アダルトビデオを見たい、とかって」
玲奈さんは、ちょっと顔を赤くしながら、声を少し張り上げた。
「男って奴は。死んでからもそんなこと考えてるのか」
「僕に怒らないで下さい。でも、でしょ?こんな願い、聞かなくでもいいじゃないですか」
「うーむ」
と、玲奈さんは、腕組みをしてしまった。
僕は、すっかり長話をしてしまったので、アイスコーヒーも空になってしまった。お代わりをしようかと考えていると、響子さんが、口を挟んだ。
「玲奈は、何を言おうとした、というか、何が引っかかったの?」
「神的ミカは、主が翔太を選んだ、と言ったんだよな?」
「ええ。そうです」
つまりは、僕は神に選ばれたのだ。ウフッ。
「では、そのガラポン参加者の百人、翔太以外の九十九人も選ばれたのではないか?」
「あっ」
と、僕は思わず、声を漏らした。
そうだ、確かに、ミカは、違う時にも、全てはつながっている、というようなことを言っていた。




