第19章 乱痴気パーティーと祈り
「ナイフがな、特徴的なんだ。そこらのホームセンターで売ってるものじゃない。それに、よく手入れされてた。お前は、ナイフマニアか?」
「まさか」
「シリアルキラーか?」
「まさか」
「だろう。俺にもそう見えた」
「どうも」
「どうだ?本当のこと話す気になったか?」
僕としても、話したいのは山々だが、まさか、天国に行きました、ガラポンしました、の話は出来ないだろう。
長澤さんの役回りを誰かに押しつける手もあるが、これには、入念な打ち合わせが必要だろう。
僕は、再び、黙りこくることしか出来なかった。
太田刑事は、そんな僕の様子を見届けると、言った。
「お前が、本当のことを話す気が無いのは分かった」
「・・・」
「さっきの作り話でな、一つ、気になったことがある」
「なんでしょう?」
ここで、太田刑事は、身を乗り出すと、言った。
「いいか、よく聞け。百%の嘘なんてないんだ。人間は必ず、事実をごちゃまぜにする」
なるほど。
「これから、俺が一つ質問する。それが事実なら、そう答えろ。嘘なら、何も言うな」
ふむ。
「五〇一には、お前と死体以外にも誰かいたのか?」
宇津木のことだ。もちろん、いましたとも。
そこで、僕は、気が付いた。僕は、殴られている。だから、気を失ったのだ。これは、太田刑事にとっても、事実だろう。だから、五〇一に誰かいた、という話も事実だろう、と推測してくれているのだ。
「いました」
「顔は見たのか?」
「ええ」
「よし、似顔絵を作るか」
と、太田刑事が立ち上がろうとする。
「ちょっと、待ってください」
「なんだ?」
「名前も分かります」
「・・・」
「所属も分かります」
「さっさと言え」
「宇津木。ヤクザです。大澤組です」
「どうして、知ってる?」
「僕は最初、気を失ったフリをしたんです。そしたら、宇津木が、携帯で話をしだして。でも、フリをしてたのがバレちゃって、結局」
太田刑事は、僕をしげしげと眺めると、言った。
「すぐバレる嘘をつくとも思えんし、嘘で、ヤクザの名前出す度胸もないか」
「ご明察」
「とりあえず、お前の身元と、宇津木をあたってみる」
「お願いします」
「お前は、今夜、トラ箱に泊まってけ」
「トラ箱?」
「酔っぱらいが泊る保護室のことだ」
とりあえず、宇津木にも警察の目を向けることには成功したみたいだ。
でも、ナイフを握っていたのは僕で、恐らく、宇津木はナイフには指紋をつけてないだろう。
事態が改善したのか、僕には、判断が付きかねた。
その夜、僕は、熱海署の保護室で悶々と過ごした。
保護室は、とにかく殺風景である。
先ず、外への窓がない。外への、と書いたのは、廊下への窓がある。でも、これは監視用だろう。
次に、壁や床の色合いがどうも良くない。病院のものを、陰気にした感じと言えばいいだろうか。木目調に変えるだけで全然違うだろう。
そして、とにかく物がない。まるでない。
これは、趣旨からすると、当然なのだろうが、もうちょっとなんとかならないものか。じゃあ、具体的に何を置けばいいかと言えば、例えば、バランスボールなんてどうだろう?風船のお化けだ。あとは、壁に絵を飾るのは難しいにしても、いっそのこと、ペイントアートでもしたらどうだろうか。
そして、宇津木に殴られて、気絶したからか、まるで、眠気が襲ってこない。
顎や腹は、もちろん、痛い。
結果として、どうしても、僕は、アーダーコーダ、考える。
そもそも沙織さんは、何処へ行ってしまったのか。
三島と一緒に逃げたのではないのか。
或いは、沙織さんが、三島を刺したのか。
宇津木が来ているということは、大澤組も、二人を探しているのだろう。
二人は、何か、大澤組に不義理を働いたのか。或いは、三島が、沙織さんをかどわかすような感じだったのだろうか。しかし、若頭が、組長の娘さんにそんなことするだろうか?少なくとも、二人の間には、合意があったと考える方が自然ではないか。
次に、九条さんの死だ。
とりあえず、玲奈さんか響子さんが、九条さんを殺した、という線を置いておこう。つまり、消費税増税を因とした、天誅説は否定しておく。
しかし、財務官僚が殺された、なんて滅多に聞いたことない。
まあ、考えたら、庶民の恨みを買ってる筈だから、殺されてもおかしくないのだが、庶民は、一々、行動に移したりしない。
普通に考えたら、僕が、沙織さん探しをしてからだ、というのが自然だろう。
九条さんは、沙織さんに関して、何かを知っているのは間違いないようだった。
ああ、分からない。
九条さんが死に、三島が死に、僕は、宇津木に殴られた。
正直、怖い。
次は、僕も死ぬことになるのではないか。
身近といえば身近な死を、二つ、遭遇すると、怖くなる。
特に、三島の死は怖かった。溢れ出てた血が怖かった。もうすぐ、俺は死ぬんだ、というその無念さを浮かべた顔が怖かった。
僕は、狭い保護室の中を、グルグル、歩き回った。
そして、ついに、叫んだ。
「おい、ミカ、出て来い」
反応が無い。
「もう僕は、ミカエルさん、だとか、大天使ミカエル様なんて、言わないぞ。お前が神の下部だというなら、神の意志を僕に伝えるのも仕事だろうが」
無論、反応が無い。
僕は、再び、しばらくの間、グルグル歩き回りながら、頭の中もグルグルさせた。
そして、祈る、とはこういう気持ちなのだろうか。すがる、とはこういう気持ちなのだろうか。或いは、純粋になる、とはこういう気持ちなのだろうか。
「一つだけ、教えてくれ。僕がしてることは、本当に、善いことなのか。ヤクザの娘を探すなんて、悪いことではないのか」
すると、僕の声以外には、只でさえ、静寂が支配していた保護室が、一層、静まり返ったかと思ったら、ミカが現れた。
ミカは、今までに見せたことのない穏やかで、ある種の、高貴な表情を浮かべて、言った。
「私は、今日、初めて、主が貴方を選んだことを理解しました。正直、なんで、主が貴方を選んだか、理解できませんでした。しかし、やはり、主は偉大で、正しかったのです」
「・・・」
「貴方は言いました。本当に、善いことなのか、と。神ならぬ私たち下部に出来ることはただ一つです。それは、問い続けること、自分の行いが、本当に善いことなのか。自分の言葉が、善いことに奉仕しているのか」
ミカは軽く、目を瞑った。
すると、不思議なことに、ミカの全身が光を帯びていった。
光を帯びるだけでなく、その顔かたち、肩のラインからつま先まで、輪郭までも作り変えているようだった。
美しかった。
いや、美しい、という言葉だけでは足りない、表せない。
これが、神的、ということか。
ミカは、穏やかで高貴な瞳で、僕をじっと見つめると、言った。
「我らが仲間よ。先ほどの質問に、我が存在の全てを賭して答えましょう」
答えなど聞かなくても、今の僕には分かった。
「善いことしか、主は、汝に試練を与えません。今回も同様です。突き進みなさい、己の命が果てるまで」
僕は、ゴクリと唾を呑みながら、自然と頷いた。
ミカは、僕の反応に満足した様で、それ以上は何も言わず、そして、やっぱり、軽く上を向いてから、姿を消してしまった。・・・ここは同じなんだね。
こうして、僕は、光の戦士になった・・・はず。
結局、僕は、翌日の夕方に、熱海署から解放された。
別れ際、太田刑事が、噛んで含める様に、言った。
「大澤組と宇津木の存在は、確認出来た。でも、それだけだ。お前が、一番疑わしいことに変わりはない。これは分かるな?」
「ええ」
と、僕は頷いた。
「それから、軽はずみな行動、誤解を招くような行動はするな」
内心、それは、ちょっと無理じゃないと思ったが、頷いた。
「よし」
と、太田刑事は言うと、僕の肩をポンと叩いて、僕を送り出した。
僕は、二、三歩歩いてから、立ち止まって、振り返ると、
「有難うございました」
と、言いながら、頭を下げた。
日曜日は、何もする気が起きなかった。




