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第17章 グレートリゾート熱海

 皿洗いのくだりも、冗談だろうとも思うが、もしかしたら、皿洗いもやっぱり、上達するものなのかもしれない。

 まあ、新幹線の中ってのも暇で、昨晩、長澤さんが言ったことを想い出す。

 さて、長澤さんの話によると、下記案配だ。

 大澤組の表の顔が、東亜商事だ。最初、僕が、宇津木さんに電話したとこだ。

 東亜商事は、従業員の為の福利厚生サービスを、ある民間企業から契約、購入していて、大澤組の一部の組員は、そのサービスを受けれるらしい。もちろん、不正なのだが、まあ、ヤクザにそういうこと言っても。

 福利厚生サービスには、割引で利用できるホテルなどもあって、熱海にもある。

 長澤さんは、三島がそういったホテルを利用していることを、何かの折に聞いた、とのことだった。

 そういったホテルを、大澤組の組員が借りる場合には、偽名で借りることになっていて、山根、という名前で借りるらしい。本当、馬鹿らしい。

 秘湯について、ケインズばりに悩んだ僕は何なのか。

 ケインズを知らない?

 経済学の偉い先生だ。今、その手の授業を取っているのだ。今日、サボった授業がそれに当たる。ケインズ先生ごめんなさい。

 三島と沙織さんが泊っているであろうホテルの名前は、グレートリゾート熱海だった。グレートリゾートは、全国に、ホテル展開している。

 グレートリゾート熱海は、熱海駅から、歩いて、十分程のとこにあった。海も目と鼻の先だ。

 エントランスからロビーにかけて、ゆったりとした作りで、結構、値段が張りそうな感じだった。三島と沙織さんが、逃避行と洒落こむには、十二分な様に思えた。

 僕は、僕で、こういうホテルに慣れてないので、ちょっと緊張する。子供の頃、家族旅行で、何回か来たが、それも随分、昔の話だし、無論、自分で、チェックインチェックアウトをするわけではない。

 しかし、今日は、チェックインしに来たわけではない。

 僕は、フロントにいる係の男性に、ちょっと、申し訳なさそうな感じで言った。

「すみません、部屋は空いていますか?」

「シングルでよろしいでしょうか?」

「いや、これから待ち合わせしてるんで、うーん、ツインがいいかな」

「そうでございますか」

「あっ、出来れば、海が見える部屋がいいな」

 はあー、虚しいね。

 なんで、いかにも彼女と泊まる演技しなくちゃいけないんだろう。

 僕が何しているかというと、長澤さんが、フロントのモニターをのぞき込む時間を作っているのだ。長澤さんの姿は、勿論、僕にしか見えない。

 モニターをのぞき込んでいた、長澤さんが、OKサインをして来た。

「ツインで空いていますが、いかが致しましょうか。とても奇麗な朝日が見えると、評判のお部屋でございます」

「そうですか、空いているんですか!」

と、僕は、ちょっと、声を張り上げてから、「ちょっと考えさえて下さい。相談してみます」

「そうでございますか」

「料金はおいくらですか?」

 結構なお値段だった。

 僕は、出来るだけ、ウキウキした様子を醸し出しながら、フロントを後にした。

 直接エレベーターに向かうのも変なので、ロビーに併設されてる、喫茶コーナーに行くことにした。

 そこで、無意味に、高いコーヒーを飲んでから、エレベータに向かった。先ほどの、フロント係に、僕に注意を払っている様子はない。

 三島は、五〇一だ、と長澤さんが言う。


 僕がエレベーターに乗って、フロアのボタンを押していると、男が一人駆け込んできた。男は、フロアのボタンを自分では押す様子がなかったので、声をかけようと思ったが、まあ、五階以上なのだろう、となんとなく考えた。

 五〇一なので、端なのだろうと思いつつ、エレベータを降りた正面に掲示してあるフロアマップを見る。やはり、五〇一は右端にあったので、右に折れた。

 すると、ちょっと歩いたら、男とすれ違う感じになった。

 浅黒い男で、外国人だろう。

 男とすれ違った時、最近、嗅いだ匂いを感じた。カレーのような、ちょっと薬臭いというか。

 僕は、五〇一のドアをノックしながら、ちょっと大きめの声を出した。

「沙織さん、いるんでしょ?お父様からの伝言です」

 長澤さんからの伝言なんて、聞いちゃいないが、いつでも聞けばいい。何せ、本人がここにいるんだから。

「三島さん、いるんでしょ?」

 どうも反応がない。

 考えて見なくても、妙齢の男女が二人だ。側にはベッドもある。いちゃついてるのかもしれない。いや、むしろ、ホテルとはそういうとこではないか。

 或いは、観光にでも出かけたか。これも、ホテルの使い方としては、王道だろう。

 僕が、諦めて、さて、コーヒーでも飲んで、作戦会議でもやるかと思ったら、ドアが開いた。

 内側からドアを開けたのは、恐らく、三島だろう。

 若頭というから若いイメージがあるが、ヤクザの若頭はそれなりに歳いってるのが大概だろう。ヤクザがそういう組織なのか、或いは、日本社会の高齢化問題がここにも反映されているのか。

 三島は、そういう意味で、三十前後だろうか、若頭にしては若い部類だった。

 因みに、こういう考察は、後からしたことで、三島がドアを開けた時は、そういう雰囲気ではなかった。

 なんと、三島が抱きついてきたのである。それも、切迫した、異様な顔つきで。

 抱き着くと言うか、僕に寄り掛かるような感じだった。

 僕は、三島の体重に押されたので、それに反発するような形で、三島を押し返そうとしたら、部屋の中にもつれて倒れこむような感じになった。

 僕は、ちょっとちょっと、と、思いながら、とりあえず、立ち上がって、三島を見下ろして、ギョッとした。

 三島は上半身が血まみれで、慌てて、僕は、自分の上半身を見下ろしたが、こちらも血まみれになっていた。

 三島の様子を、顔を見ると、生気がない。

 僕は、三島の顔をペチペチ叩きながら、三島さん、三島さん、と呼び掛けた。

 しかし、三島が返事することはなかった。

 どうも、死んでしまったようだ。

 結果として、三島は最後の力を振り絞って、ドアを開けて、僕ともつれて・・・。

 僕が殺したのか?

 いやいやと、僕は慌てて、クビを振る。

「殺しちまったか?」

 不意に、声がした。

 僕が、声の主を見上げると、宇津木だった。姿格好は、先ほど、一階でエレベーターに乗り込んできた男だ。

「宇津木さん、こんなことで何してるんですか?」

「それは、こっちの台詞だ。ウチの若頭に何してくれる?」

「ちょっと待ってください・・・」

と、僕は反論しようとして、直ぐに気が付いた。

 宇津木は、エレベーターを降りた時から、全てを目撃しているのだ。僕が殺した訳でないことは分かっている筈だ。

 そういう目で、宇津木の視線を捉えると、冷ややかなだが、余裕があって、軽く笑っているようにも思えた。つまりは、僕をからかっているのだろう。

 僕は、一つ、深呼吸をしてから、言った。

「とりあえず、救急車ですかね。あっ、フロントに連絡するか」

 宇津木は、僕の言葉を聞くと、チッと舌打ちしてから、言った。

「ガキの癖に案外、冷静じゃねーか」

「それはどうも」

と、僕は答えながら、部屋の中を見回す。

 壁沿いに、机が置いてあって、テレビなどがある。その端に、電話がある。

 僕が、その机に歩み寄ろうとすると、後ろから、宇津木が肩を掴みながら、

「ちょっと待った」

と言った。

 宇津木は、僕を、自身に正対させると、僕の腹に膝を入れた。

「悪く思っていい」

と、宇津木がふてぶてしく言う。

「初めて、兄ちゃん見た時から、どうも気に食わなかったんだ」

「それはどうも」

「三島が死んじまったのは誤算だが、ちょうどいい、兄ちゃんが殺人犯になってくれ」

「僕もアンタが気に食わなかったんだ」

というセリフは最後まで言えなかった。ほとんど言葉になっていなかっただろう。

 三島は、僕の腹にポンポンと拳を入れると、ちょっと振りかぶってから、僕の顎当たりに、右ストレートを叩き込んだ。

 僕の記憶があるのは、ここまでだ。


 どうも背中が痛い。

 寝返りを打とうとしたら、床に落ちた。

「痛い」

と、僕は、思わず、唸った。

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