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第16章 熱海

「こう見えても、日本一のタコス職人目指してんですから」

 マイラ、ごめん。バイトやめるって言わないと。

「ほう、日本一か。そりゃ、すげえ」

と、慶太が真顔になってしまった。

「・・・いや、あくまで、夢みたいなもんっすから」

「いや、夢でも何でも、一番、目指すのは重要だ」

と、慶太が、力説し出した。

 いやいや、ごめんなさい。

 慶太は、真顔のまま、更に続けた。

「今は、ぶっちゃけ、ショボイ組にいるが」

 あっ、長澤さん、チンピラがこんなこと言ってますよ。

「俺だって、このまま、終わる気はない。いつか、天下取ったる」

 天下って何だ、天下って。このへんが、チンピラなんじゃねーか。と思うと同時に、

「そうすっよね。一番になりたいと思わなきゃ、一番になれないっすよね」

と、半分、本気で、僕は、言った。

「おお、そうよ。分かるか、引きこもりの兄ちゃんにも?」

 別に、引きこもってはいない。

「分かりますよ。慶太さん見てたら、いつか、この人は、天下取る人だって」

と、自分で言いながら、天下って何だ、天下って、と、心の中で呟く。

 それまで、黙って聞いていた陽菜が、しびれを切らしたように言う。

「でも、最近、大変なんでしょ?」

「・・・大変?」

「組長さんが死んじゃって」

「おう」

と、慶太が応える。

「それに、若頭の三島さんも姿消したって」

 慶太が、驚いたように言う。

「そんなことまで知っているのか?」

「ダークエンジェルズの情報網ナメちゃいけないよ」

と、陽菜が、昔を思い出した感じで言う。

 ダークエンジェルズとは、陽菜が、昔いたレディースの名前だろう。

 ここで、拓哉が、すっとボケて訊いた。

「組長さんが亡くなると、なんで、若頭が、いなくなっちゃうんですか?」

 慶太が、したり顔で言う。

「男と女よ」

「男と女?」

「三島さんは、組長の娘さんと駆け落ちしたんだよ」

「なんで、組長が亡くなると、組長の娘さんと若頭が駆け落ちしなきゃいけないんですか?」

「それは俺も分からなくて困ってる」

「ですよねえ」

 うーん、慶太の怪訝な顔を見ると、どうやら、慶太は本当に知らなさそうだ。

「やっぱ、メキシコですかねえ」

と、拓哉が、とぼける。

「何が?」

「何が、って逃亡先ですよ」

「何でメキシコなんだ?」

「いや、映画だとよくあるじゃないですか?」

「それは、ハリウッド映画だからだろう」

と、慶太が、映画好きのとこを見せる。

「ですよね」

と、僕は相鎚を打ってから、「ハワイですかね?」

「違うんじゃないの。芸能人じゃあるまいし」

と、陽菜も乗って来る。

 やり取りを聞いてた慶太が、もっともらしく、言う。

「素人は、そうやって、直ぐに、飛行機だ海外だと言いたがる」

 どうやら、行き先に関しては、慶太は知ってそうだ。

「どこなんです?」

と、僕が、サラリとズバリと訊く。

 慶太は流石に押し黙った。

 兄貴分の逃亡先をペラペラと喋っていいのか、と流石に考えたのだろう。

「ねえ、どこなの?」

と、陽菜が言いながら、慶太の太腿に手をやる。

 慶太は、きっと今、セクシー光線に、頭がクラクラしているに違いない。

 やがて、セクシー光線に負けた慶太が、厳かに言う。

「熱海よ」

「それは盲点だ」

と、僕が合いの手を入れる。

 どこが盲点だか、さっぱり、分からないが。

「熱海って言っても広いじゃない?」

と、陽菜が、駄々っ子のように言う。

 流石に、このへんからヒヤヒヤしてきたが、慶太はのぼせてる。

「ああ、俺もそれは思った。それで、三島の兄貴に訊いたんだ」

「そしたら、何と?」

と、僕が、間髪入れずに聞く。

 慶太は、僕と拓哉と、そして、陽菜の顔を見回してから、言った。

「秘湯、と兄貴は言った」

 秘湯ねえ。

 熱海に秘湯が幾つあるのか。

 そりゃ、時間かければ何とかなりそうだが、僕には、そんな金と時間もない。・・・時間はあるか。


 陽菜と慶太のダーツ大会から、三日が経つ。

 でも、僕は、熱海に旅立てないでいた。

 理由は二つある。

 一つ目は、秘湯とは何か。

 当たり前だが、僕はこれまでの人生で考えたことがなかった。

 考えてみると、「熱海が秘湯」ってのは変だ。熱海なんて多くの日本人が知る温泉地ではないか。

 すると、可能性は二つあって、一つは、熱海の中の秘湯。慶太の話ぶりというか、若頭・三島の言わんとすることは、恐らく、これだろう。だが、もう一つ可能性がある。それは、熱海の近くの秘湯だ。言葉の使い方的には、どうも、こっちの方がしっくり来る。

 うーむ、秘湯、秘湯、秘湯。

「おい、翔太。ヒトヒトヒトって声が漏れてるぞ。人間辞めるのか?」

 玲奈さんの声だ。今は、NKKの部室だ。

「秘湯です」

「秘湯?爺臭いな」

「はあ」

 熱海行きだが、拓哉を誘ったが、断られた。電車賃や宿代など使ってられるか、という話だ。ついでに、陽菜も誘ったが、これも断れれた。こちらは、宿代など僕が持つ、と下心丸出しで誘ったが、駄目だった。

 僕は、ふと、思いついて、顔を上げて、玲奈さんを、じとっと見て、言った。

「卒業旅行に行きませんか?」

「卒業旅行?」

「熱海に、秘湯に」

「卒業旅行は三月だろう」

「六月に行ってもいいじゃないですか?」

「そもそも、お前は卒業しないだろう?もしかして、超優秀な成績で飛び級で、卒業とか?」

「まさか」

「だよなあ」

と、玲奈さんが、ウンウンと頷く。

 玲奈さんは、机の上の荷物をまとめ、鞄にしまいながら、

「ああ、そうそう、悩みがあっても、相談には乗らないぞ」

と、言うと、部室から出て行ってしまった。

 なんだか、冷たい人だ。

 そうしたら、ひょいと、長澤さんが出てきた。

「どうした、熱海には行かないのか?」

「熱海の秘湯と言っても・・・」

と、僕は、先ほどの可能性を二つ示唆した。

 長澤さんは、黙って聞いていたが、僕の話を聞き終わると、ボソッと呟いた。

「秘湯ってのは、無視していい」

「えっ」

と、僕が驚いた声を出す。

 そして、僕は、ちょっと考えてから、言った。

「でもそれならそれで、熱海と言っても広いじゃないですか?」

「三島が行くホテルは分かってる」

「・・・」

「・・・」

「それなら、そうとさっさと行ってくればいいじゃないですか!」

「悪かった」と長澤さん。「だが、秘湯巡りも悪くないと思ってな」

 長澤さんは、目下のところ、僕が行くところにしか、行けない。見聞きできない。

「でも、長澤さんが温泉入るわけじゃないでしょう?」

「雰囲気だ、雰囲気。秘湯っていう・・・」

「分かりました。もういいです。明日は金曜日で、サボれる授業だし、明日、熱海に行きます」

「・・・よろしく頼む」


 新幹線で熱海を目指す。

 平日の午前で、通勤時間を避けた遅い時間だからか、車内はまばらだ。

 左手には相模湾が広がり、陽光を受けてキラキラ光る。このキラキラは、誰の運命を暗示しているのか。少なくとも、僕の運命では無いように思える。

 一応、僕は、姫をドラゴンの元から救い出す勇者の役回りの気がしないでもないが、仮に、沙織さんを助け出したとして、僕と沙織さんの二人の未来がハッピーエンドになることはないだろう。

 お互いに、どうも、好みのタイプでないことが分かる。なんとなくね。

 だから、僕と沙織さんの二人の未来が、キラキラしているわけでもない。

 三島の未来とも思えない。

 そもそも、長澤さんは、沙織さんを見つけて、どうしようというのだろうか。単に、安否を確認したいだけなのだろうか。

 いずれにしろ、ガラポン勝者として、長澤さんの娘の沙織さんを助けるのは、義務だと思って、探しているが、ボチボチ見つかってくれないと、なんだか、色々、困る。

 マイラには、バイトを辞めさせてくれ、と昨晩、電話した。

「日本一のタコス職人になる夢はどうしたの?」

「・・・」

 無論、僕は、返答することが出来ない。

 マイラは、クスッと笑うと、

「冗談よ。残念ね。皿洗いが面白くなるのはこれからだったのに。人探し、上手く行くといいね。また、気が変わったら、電話して」

と、陽気に言ってくれた。

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