第13章 若頭三島
高見さん、エツコさんに何をしたんです?
心の底から、聞いてみたかったが、無論、その余裕は、僕には無かった。
翌朝は、携帯電話の呼び出しで目が覚めた。
玲奈さんからだった。珍しい。
「はい、相賀です」
「おい、翔太。新聞は読んだか?」
「新聞なんて読みません。玲奈さんは読むんですか?」
大学生でも読む方が少数派だろう。
「実家だからな。あれば、読む」
「なるほど。それで?」
「九条が殺されたぞ」
「クジョウ?」
「お前が、私と響子に、ネット会話させた財務省の役人だ」
「九条さんが殺された?」
「だから、そう言っている」
僕の頭が、事態の受け入れに戸惑っていると、玲奈さんが、思いもよらぬことを言った。
「お前が殺したのか?」
「まさか!」
「本当だな?」
「当たり前じゃないですか。動機は何ですか?」
ここで、流石に玲奈さんも、口ごもって、
「ほら、私が、お前に殺してしまえ、とか何とか言っただろう?」
「アホな。そんなんで殺しませんよ」
「だよな。ならいい」
と、玲奈さんが電話を切る気配なので、僕は、慌てて、言った。
「ちょっと待って下さい」
「なんだ?」
「・・・響子さんには聞いたんですか?」
「アホ。響子が殺すわけないだろ」
「いや、でも、確かに、九条さんの返答はふざけたものだったし」
「響子じゃない」
その断定口調に僕は、ひっかかった。
「聞いたんですね?」
玲奈さんは、ちょっと押し黙ってから、言った。
「・・・一応な」
「じゃあ、玲奈さんも、疑ったんじゃないですか」
「アホ。一応、確認しただけだ」
僕には、確認と疑う、の違いが分かんなかったが、まあ、響子さんも玲奈さんに嘘はつかないだろう。それに、下っ端役人、一人殺しただけで、消費税がどうなるわけでもない。響子さんは、そういう面では冷静だ。・・・そうなると、僕の方が、怪しいか。
慌てて、僕は、首を振った。何を考えてるんだ、僕は。
玲奈さんは、朝から、悪かったな、と言うと、電話を切ってしまった。
しかし、参ったな、沙織さんへの手がかりが、一つ、消えてしまった。
先日のワゴンカーの話では、九条さんは、九条さんに沙織さんが近づいて来た理由は、心当たりがあるみたいだった。
それと、九条さんが、殺されてしまったことは関係あるのか。
うーむ、もちろん、僕には分からない。
布団で唸っていても仕方ない。僕は、布団から抜け出して、流しに行き、インスタントコーヒーでも飲むかと、ヤカンに水を入れて、コンロにかけた。
僕は、講義を二コマ、上の空で聞いてから、NKKの部室に行った。しばらくすると、拓哉が来るはずだ。
僕が部室に行った時には、他に誰もいなかった。玲子さんと響子さんが、就職活動なので、活動も停滞気味だ。二人からすると、三年生に、仕切って貰いたいとこだろうが、そう、上手くは行ってないようだ。
拓哉がやって来ると、僕は、九条さんが殺されたこと、玲奈さんから電話があったことを、拓哉に話した。
一通り、話し終わってから、僕は、拓哉に訊いた。
「玲奈さんから電話あった?」
「ない」
「なんだ、拓哉は疑われてないのか」
「俺は、運転席にいただけだからな」
そして、拓哉は、思わぬ言葉を続けた。
「玲奈さん、って線はねーのか?」
なるほど。
そう言えばそうだ。そもそも、殺してしまえ、と言ったのは、玲奈さんじゃないか。なーんてね。
「な、わけないだろ。玲奈さんは、九条さんの自宅も知らないし」
「あれ、俺、前に言わなかったっけ?」
「何を?」
「玲奈さんの父親って、国会議員だって」
「ああ、聞いた」
「国会議員といえば、秘書。秘書がなんでもやるだろ」
「また、無茶な」
と、僕は答えながらも、なるほど、その線はあるかと思った。
すると、僕の内心を読んでか、拓哉が、カラッと笑って、言った。
「バカ。冗談だよ」
「・・・だよね」
「それで、お前、今日は、頼みがあるって、メールくれたけど」
「ああ、そうそう」
と、僕は、本題を思い出した。
さて、どう切り出したものか。
「えーと」と僕。「取り敢えず、僕の幻覚疑惑は消えたの?」
「幻覚疑惑?」
「ほら、沙織さんを探してる件で、長澤さんの幽霊とかは、僕の幻覚じゃないかって話」
「それなあ」と拓哉。「考えてみたら、フグを食べたことのない人間に、フグの味を説明出来ようか?」
「フグ?」
「俺が幽霊見たことない以上、仮にお前が幽霊を見ていたとしても、お前からすると説明しようがないって話」
「なるほど」
いやはや、わが友は冷静だね、本当。ミカと対決させたいわ。
「それよりも、九条さんが殺されたってのが気になるな。タイミングがね、流石に」
そう、僕らが、ワゴンカーに押し込んでから、翌々日のことだ。
拓哉は、真顔になって、言った。
「沙織さん探しって、かなり、きな臭いというか、ヤバくないか?」
うー、そうなのだ。
これから、もっと、ヤバイというか、ヤクザの話をしないといけない。
僕は、コホンと咳払いすると、言った。
「まあ、座れや」
「もう、座ってるが」
「うむ」
と僕。「とりあえず、黙って聞いてくれ」
それから、僕は、高見探偵事務所でのことを話した。そして、今の手がかりが、若頭の三島、だということを。まあ、話の成り行きで、長澤さんが組長であることも話した。・・・未だ、長澤さんに確認とってないが。
拓哉は、僕の話を聞き終わると、言った。
「つまりは、長澤さんという幽霊は、ヤクザの組長で、その娘の沙織さんを探しているが、沙織さんは、若頭の三島と逃げたと思われる。調査をした生川も連絡が取れなくなった、と」
「流石に、現国で僕より、成績がいいだけあるな。よくまとまってる」
それから、僕と拓哉は、アイスコーヒーを、チビリチビリと飲んだ。このアイスコーヒーは無論、NKKの部費から出てる。今年から、二年生になったら、部費ぐらい払おうと思ったのだが、なんだか、言い出し辛くて、払ってない。払う気持ちはあるのだが。こういうのは、ちょっとしたタイミングを逃すと言えないものだ。
やがて、拓哉は、ボソリと呟いた。
「俺も、一度、その天使と会ってみたいな。お前が仮に、ガラポン勝者だとする。でも、既に、十万も使った。これ以上、やる義務があるのか?」
「だよね、だよね、そうだよね」
僕は、軽く目を瞑ると、心に念じた。
「ミカ、出て来い」
何も起こらない。
僕は、再び、心に、念じた。
「ミカさん、出て来て」
何も起こらない。
僕は、パイプ椅子から、立ち上がり、両膝を床につけ、手を胸の前に組むと、祈った。
「大天使、ミカエル様。どうか、私の前に、その姿をお見せください。神の奇跡を」
僕がどうだろう、と、目をチラッと開けると、目の前に、ミカがいた。
「会いたかったよ、ミカ」
「それは、どうも」
と、ミカが、淡々と言った。
僕は、立ち上がって、パンパンと膝を払い、パイプ椅子に座ると、ミカに言った。
「どうだろう、ミカは、その姿を、拓哉に見せることは出来るのだろうか。つまりは、神様に禁止されているのだろうか、という意味だけど」
ミカは、チッと舌打ちしてから、言った。
「それは許されています。神は、その御姿を人前に晒すことはありませんが、下部である私たちは、貴方達、下部にその姿を見せることを許されています」
やがて、直ぐに、拓哉が、あっ、と言った。
おおー、拓哉にも見えるのか。
拓哉は、おもむろに、僕の耳に、口元を寄せると、囁いた。
「玲奈さんの方が、美人だな」
「だよね」
ミカがイラっとして、言った。
「そこ、聞こえてますよ」
「いやまあ、下々の価値観ですから。気になさらないで下さい」
「・・・」
拓哉が、コホンと咳払いすると、ミカに話し始めた。
「どうだろう、翔太はよくやってるんじゃないだろうか。十万も使ったし。もちろん、僕は、ガラポンの制度を知らないけど、ガラポンの制度自体は、無念の死を遂げた人間を、百人に一人救済するという制度のように見えるけど。どうなんだろう、その生き返った人間が、ヤクザうんぬん相手にする、というのは」
うんうん、その通り。




