第11章 消費税ゲームと沙織の謎
そして、しばらくして、九条さんは、アハハ、と笑い出した。次に、モニターの向こうの、響子さんに向かって、
「アホ」
と、言い放った。
続いて、玲奈さんに向かって、
「アホ」
と言った。
そして、首を捻って、僕を見ると、
「お前もついでにアホ」
と言った。
え?僕も?
かなり、ムカつく、言い方だった。幼稚園児に嘲笑されながら、スキップを習っている気分だった。この場合、疑問なのは、響子さんと玲奈さんと僕が、スキップを出来るのか、或いは出来ないのか、定かでないことだ。
タイガーマスク越しにも美人と分かる玲奈さんが、僕の気持ちを代弁してくれた。
「どうアホなのか、説明しなさいよ」
九条さんは、フフッと笑い出してから、話し出した。
「おい、俺ら財務省の人間は、お前らとは頭の出来が違うんだ。そこら辺の東大生とも違う」
響子さんが、来年から財務省に入ることは、ここでは言わない方がいいだろう。
「全体の税収が下がる云々は、指摘されないでも分かってる。現に、アホな政治家が、国会で、アクセルとブレーキと言っているだろう。無論、我々、財務省がレクチャーしてる」
そうなのだ。
消費税増税で景気が悪くなる、つまり、ブレーキをかけることになるので、アクセル、つまり、景気対策をする、というのだ。・・・だったら、最初から、増税しなきゃいいよね?
九条さんは、話を続けた。
「俺が言いたいことが分かるか?」
僕にはさっぱり。
だが、響子さんは違った。
「増税は税収を上げるのが目的じゃない、と?」
「フン、アホにしては見どころがあるじゃないか」
だから、アンタの後輩だって。
「じゃあ、何で、増税するのよ?」
と、玲奈さんが、苛々したように言った。
九条さんは、もったいぶって、言った。
「そういうゲームなんだ」
「ゲーム?」
「出世ゲームの評価基準なんだ。つまり、アホな政治家に消費税増税させることによって、我々財務省の威厳を示す」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
響子さんが、ワナワナと肩を震わせながら、言った。
「でも、景気が悪くなったら、困る人がいっぱい、出るじゃない」
そうだ、響子さんのお父さんのように。倒産だってする。
「フン。我々、国家公務員の給料に影響はない」
思わず、僕は、九条さんの頭をはたいてしまった。
「よくやった。もっと叩け。ぶっ殺しちゃいな!」
と、玲子さんが、僕を褒めたたえる。
響子さんが、おろおろした様に、僕に言う。
「翔太君、今日は有難う。回線切るよ」
「おい、翔太。そいつをぶち殺すまで部室に・・・」
玲奈さんが言い終わらうちに、回線は切れてしまった。
九条さんが、軽く自分の頭を撫でながら、僕に言う。
「おい、今のはなんだ?」
「すみません。手が滑ってしまって」
「気を付けてくれ。国家的損失になるとこだ」
・・・この人、面倒くさいね。
だが、本題の沙織さんの件はこれからだ。
気が付くと、いつの間にか、長澤さんが姿を現していた。そして、僕に言った。
「おい、沙織の件はどうなった?」
「今からです」
独り言を呟いた僕に、九条さんが、怪訝な顔を見せる。
すると、それまで、運転席で沈黙を守っていた拓哉が声を出した。
「俺もそっち言っていいか?」
「もちろん」
僕は、手持無沙汰になったので、ノートパソコンをたたんで、意味も無く、ポンポンと叩いた。
拓哉が乗り込んで来ると、僕は言った。
「もっと、早くこっちに来ればいいのに」
「俺、玲子さんが苦手なんだよ」
「へえー、どうして」
「美人だから」
「へえー、そうだったけ」
拓哉は、若干、苦虫を嚙み潰したような感じで、言った。
「さっさと、沙織さんの話、しようぜ」
長澤さんもこれみよがしに頷く。
無論、僕にも、異論はない。
僕は、コホンと軽く咳払いをすると言った。
「沙織さんとの馴れ初めは?」
九条さんの顔が、何を今更、と怪訝な顔になる。
だが、まあ、恋バナの一つや二つ、誰だってしたいものだろう。
九条さんも同様だった。九条さんは、ちょっと考えてから、話し出した。
「沙織と会ったのは、忘れもしない・・・」
いいねえ、その、忘れもしない、のフレーズ。恋バナっぽいです。
「えーと、もう、三か月前になるのかな」
そんなもんなの?
「俺は、毎朝、財務省の近くのサンドイッチ屋で、コーヒーと大臣サンドを食べるのが日課なんだ」
うーむ、高そうなサンドイッチ。
「ある日、そうやって、日本経済を支えるべく、英気を養ってると、目の前を、女性が行ったり来たりしてる。ああ、そこは、テラス席があって、天気がいい日は、気持ちいいんだ」
「で、その女性が、沙織さんだったと」
「ああ」
「なんで、行ったり来てたりしてたんです?」
「それを今から話す。話の腰を折るな」
「はあ、すみません」
「俺は、紳士として、声をかけた。どうしたんです、と」
「なるほど」
「すると、その女性は、沙織だが、ハンカチを落としてしまって、と言った」
「ハンカチですか?」
「ああ」
僕と拓哉は、顔を見合わせた。
言うまでもない。
わざとらしい。
つまりは、沙織さんの方から、九条さんに近づいたということだ。
逆ナンパにしても、稚拙過ぎる。だが、沙織さんは、美人なので、そんなものでもいいのだろう。
僕と拓哉は、二人して、九条さんをジロジロと品定めした。
ぶっちゃけ、普通の顔だ。イケメンというわけでもなく、何か、こう女心をくすぶる、だか、ゆさぶる、だとかいった感じでもない。
では、沙織さんは、財務省の人間だったら、誰でも良かったのか。
それだったら、それ用の結婚相談所にでも行けばいいだろう。
それで、僕は、九条さんに、
「貴方はイケメンじゃない。なのに、何故?」
とは、無論、言えなかった。
僕の心中を察した、拓哉が、質問してくれた。
「ハンカチは見つかったんですか?」
「ああ、ちょっと頭上の小枝にかかってた」
「どうして、そこに?」
「それは、聞いてない」
「・・・」
「・・・」
「君らの考えてることは分かる。俺だって、考えた。沙織が何を望んでいるかは分からなかった。でも、最終的には、その時の俺の判断しだい、だろう。取り敢えず、美人が向こうから近寄って来たんだ。お近づきになるべきだろう」
ふむ。初めて、九条さんの意見に同意出来る。
だが、拓哉は違ったようだ。ちょっと、少しだけ、声を荒立てて、言った。
「ちょっと、待ってください。沙織さんは、敵対国のスパイかもしれないじゃないですか。財務省では、そういう時の教育を受けてないんですか?」
「ない」
と、キッパリ、九条さんは言った。
「知らないのか。我が国では、スパイ、諜報という概念は存在しないんだ」
「そんくらい知ってますよ。しかし、それじゃあ」
「君らアホと、政治談議をするつもりはない」
ムカついたが、響子さんのいない今は、確かに分が悪い。
拓哉が、それでも何か言おうとしたので、僕が、遮るように、九条さんに質問した。
「それで、沙織さんの狙いは、分かったんですか?」
「・・・」
しかし、九条さんは、この質問に答えることは無かった、永遠に。
「分かったんですね?何だったんですか?」
九条さんは、しばらく、考え込んでから、やがて、言った。
「ちょっと、考えさせてくれ。それこそ、君らがスパイかもしれないじゃないか」
僕と拓哉は、顔を見合わせた。
今日のとこは、これで、上出来じゃないのか。
いずれにしろ、これ以上、僕らに、九条さんの口を割らせる手段は、少なくとも、今日のとこはない。
九条さんは、今度は、僕の顔をじっと覗き込むと、言った。
「親戚だ、という君こそ、何か、沙織の居場所に関して、情報はないのか?」
「無いです」
と、僕がキッパリ言う。
実際に無いのだから、歯切れがいい。
そんな僕を、呆れたように、九条さんは眺めた後、言った。
「まあ、いい。俺はもう、帰るぞ」
「もちろん、どうぞ」
と、僕は言って、ワゴンカーから、九条さんを送り出した。




