「相談の意味は」
有本に告白した夜だった。
返事は、確かにもらった。
拒絶ではなかったし、傷つくような言葉でもなかった。
それなのに――中村の頭の中では、会話が何度も何度も再生されていた。
(あの時、ああ言えばよかったんじゃないか)
(いや、あれはまずかったかもしれない)
考え始めると、止まらない。
胸の奥が、落ち着きどころを失っている。
「……わからないな」
独り言が、暗い部屋に落ちる。
このまま一人で考えても、答えは出ない気がした。
中村はスマホを手に取り、千代田の名前を探す。
迷った末に送った短いメッセージ。
――今、ちょっといい?
返事はすぐに返ってきた。
《ん?》
《今度はデート後相談?顔に書いてあるんだけど》
「なんでわかるんだよ……」
画面に向かって苦笑する。
文字を打つ手が、頭の回転に追いつかない。
――通話でいい?
《別にいいよ》
画面が切り替わり、呼び出し音のあと、千代田の声が耳に届いた。
「こんばんは。で?」
その声だけで、少しだけ肩の力が抜ける。
「……もう言った後の顔だよね。中村、ちゃんと告白したでしょ」
図星だった。
「うん。有本に、告白してみた」
一瞬の沈黙のあと、弾けるような声が返ってくる。
「えっ、本当に!? 今日!? すごいじゃん……勇気出したんだね」
その反応に、胸の奥がじんわり温かくなる。
「で、有本の反応は?」
中村は、言葉を選びながら答えた。
「嫌いではない、って感じだった。好きって断言はされなかったけど」
「なるほどね」
千代田は、すぐに状況を飲み込んだらしい。
「でもそれ、結構前向きだよ。友達の延長線上ってことは、伸ばせる位置にいるってことだし」
理屈では、わかる。
でも、気持ちは追いつかない。
「有本さ、『恋って自然にそう思うようになるもの』って言ってた」
「あー、それ、有本らしい」
即答だった。
「決めるものじゃなくて、気づいたらそうなってる、って考え方。だから今すぐ恋人じゃなくても、大丈夫」
優しい言葉だった。
でも、中村の中には、どうしても残る違和感がある。
「でもさ……受け取り方によっては、やんわり断られてるよね」
「そう見える人もいるかもね。でも、断られてるわけじゃないよ」
千代田の声は、落ち着いていて、揺らがない。
「もし本当に嫌なら、あんな言い方しないし、一緒にいたいなんて言わない。だから安心して」
安心、という言葉に、胸が少し緩む。
「……なんで千代田には、こんなに普通に話せるんだろ」
ふと、そんな疑問が口をついて出た。
千代田は、少し笑ってから言った。
「それはね、中村が私に遠慮してないから」
言われて、はっとする。
確かに、有本の前では、ずっと自分をチェックしている。
変なことを言っていないか、間が悪くなかったか。
でも、今は違う。
「素のままでいられる相手がいるって、悪いことじゃないよ。むしろ、心を休ませてる状態」
「……休ませてくれてるんだね」
その言葉に、千代田は少し照れたように笑った。
「だから、有本の前で今すぐ同じようにできなくてもいい。本気だから緊張するんでしょ」
「本気だよ。こんなの、初めてかもしれない」
そう言った瞬間、自分でも驚くほど、言葉は素直だった。
しばらく話して、呼吸が落ち着いてきた頃。
中村は、冗談めかして言ってしまう。
「……千代田を好きになったら、楽だったのかな」
一瞬、空気が止まった。
「……もう。そういう冗談、ずるいんだけど」
でも、すぐに続けて、千代田はきちんと答えた。
「それは、安心と好意を混同しかけただけだよ。全然おかしくない」
安心できる。否定されない。弱いところを出せる。
だから、楽そうに見えただけ。
「中村が本当に欲しいのは、ドキドキも含めた関係でしょ」
その言葉に、何も言い返せなかった。
通話は、やがて終わった。
「今日はもう、十分がんばったよ。おやすみ」
「……ありがとう。おやすみ」
通話が切れ、部屋に静寂が戻る。
⸻
千代田は、スマホを胸に置いたまま、天井を見つめていた。
(なんで、私にそんなこと聞くんだよ)
自分は脇役だ。
見て、聞いて、支えるだけ。
気になっている人から連絡が来たら嬉しい。
でも同時に、苦しい。
マンガの中だけの感情だと思っていた。
こんな気持ちが、本当にあるなんて。
(……もう、あのマンガ読めない)
苦しくて、でも、少し幸せで。
(進むのは、私の方なのかもしれないな)
眠れない夜。
もう一度話したい気持ちを、必死で抑える。
もし話したら、
自分の気持ちを、抑えきれる自信がなかった。
LINEの通知音が鳴る。
(お願い……今日は、このまま眠らせて)
画面を伏せ、千代田は小さく呟いた。
「……おやすみ、中村」
答えのない夜が、静かに更けていった。




