↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キュンマグ!  作者: てきてき@tekiteki


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/35

第34話 有本と二人

千代田が立ち止まった。


「ちょっと本、見てくる」


「うん」


中村は頷いた。


「僕たちは先にスイーツ見てるね」


「分かった」


千代田が本屋へ入っていく。

その背中を見送ると、有本がすぐに中村の袖を引いた。


「行こ」


「うん」


二人で歩き出す。


「さっきの店、結局何も買わなかったね」


「見るだけでも楽しいじゃん」


「有本って、本当に見るだけで満足する?」


「するよ」


「意外」


「何それ」


「いや、全部買うタイプかと思ってた」


「そんなにお金ないよ」


「それはそうか」


「失礼だなあ」


有本が笑う。


「でも、気になったもの全部買ってたら、帰る頃には荷物すごいことになってるよ」


「それもそうだね」


「だから見るだけ」


「なるほど」


「まあ、どうしても欲しくなったら買うけど」


「結局買うんじゃん」


「そりゃそうでしょ」


「最初から買う気だったんじゃないの?」


「違うよ」


「本当に?」


「本当」


「……信用していいのかな」


「してよ」


有本が笑う。

そのまま二人で歩いていく。

目的のスイーツショップが見えてきた。


「ここ!」


有本が嬉しそうに指差す。


「やっと予定通り」


「予定通りなの?」


「一応」


「じゃあ、予定表復活だね」


「もう何度も死んでるけど」


「ひどい」


二人で笑いながら店に入る。


店内には甘い香りが漂っていた。

ショーケースには、色とりどりのスイーツが並んでいる。

季節限定の商品には、小さなポップまで付いていた。


「どれにする?」


「迷うな」


中村がショーケースを眺める。


「これもいいし……」


「私はこれ」


有本が迷いなく指差す。


「それ?」


「うん。期間限定」


「また限定」


「いいじゃん」


「好きだね、限定」


「今しか食べられないんだよ?」


「確かに」


中村も少し考える。


「じゃあ僕はこれ」


「それも美味しそう」


「一口交換する?」


「いいよ」


「じゃあ決まり」


二人で注文を済ませる。

窓際の席に座る。

外を歩く人たちを眺めながら、スイーツが運ばれてくるのを待つ。


「なんか、こういうの久しぶりかも」


有本が言う。


「何が?」


「こうやって、ゆっくり座って食べるの」


「確かに」


「今日はずっと歩いてたから」


「今日ね」


「遠足」


「ああ」


中村が笑う。


「まだ遠足って呼んでるんだ」


「だって、帰るまでが遠足でしょ?」


「それはそうだけど」


「じゃあ今も続き」


「まあね」


「明日も続き」


「そんなに長い遠足ある?」


「あるよ」


「何日間?」


「分からない」


「自由すぎる……」


二人で笑う。


しばらくして、スイーツが運ばれてきた。


「いただきます」


「いただきます」


有本がスプーンを入れる。


一口食べた。


「おいしい!」


「そんなに?」


「うん!」


有本は嬉しそうに笑う。


「これ、当たり」


「よかったね」


「中村も食べてみる?」


「いいの?」


「うん」


有本がスプーンを差し出す。


「はい」


中村の動きが止まる。


「……」


有本との距離が近い。

思っていたより、ずっと近い。


「どうしたの?」


「いや」


「食べないの?」


「食べるけど」


中村はスプーンを受け取る。

その時、指先が少し触れた。


「……」


中村は何も言わない。


「どう?」


有本が聞く。


「うん。美味しい」


「でしょ?」


有本が笑う。

中村も笑った。

けれど、心臓はさっきから妙に落ち着かない。

有本は何も気にしていない。


いつも通り。

距離が近いことも。

スプーンを渡してきたことも。

中村が妙に緊張していることも。


たぶん、何も気づいていない。


「……中村」


「ん?」


「なんか顔赤くない?」


「え?」


「暑い?」


「いや」


中村は慌てて顔を逸らす。


「ちょっと店が暑いだけ」


「そう?」


「そう」


「ふーん」


有本は特に気にせず、またスイーツを食べ始めた。

中村は小さく息を吐く。


危なかった。

何が危ないのか、自分でもよく分からない。


ただ、有本が近くにいると、妙に意識してしまう。


「そういえばさ」


有本が言う。


「ん?」


「前より普通に話せるようになったよね」


「僕?」


「うん」


「そうかな」


「うん。前はもっと緊張してた」


「……まあ」


中村は苦笑する。


「最初の頃は、有本と話すだけで緊張してたから」


「今は?」


「今?」


「今は緊張しない?」


「……」


中村は答えに困る。

今も緊張している。

むしろ、さっきからずっと。


「まあ……前よりは」


「そっか」


有本は嬉しそうに笑った。


「今の方が楽しいかも」


「え?」


「前は中村がずっと変だったから」


「またそれ?」


「だって本当だもん」


有本が笑う。


「なんか、ずっと頑張ってる感じだった」


「……」


「私たちを楽しませなきゃって思ってたでしょ?」


「そんなこと……」


「思ってた」


「……まあ」


「やっぱり」


有本が笑う。


「でも今は、普通に話せる」


「……うん」


中村も笑った。


「僕も今の方が楽しい」


「ほんと?」


「うん」


有本は少しだけ目を細める。


「じゃあ、よかった」


その言葉が妙に嬉しかった。


中村はスイーツを一口食べる。

甘い。

でも、それ以上に胸の奥が熱い。


「ねえ」


「ん?」


「またこういうところ来ようよ」


有本が何気なく言った。


「……二人で?」


中村の口から、思わず言葉が出た。


有本が少し考える。


「うん。二人でもいいし」


「……」


「三人でもいいし」


中村は少しだけ複雑な気持ちになった。


二人でもいい。

その言葉だけを聞けば、嬉しい。


けれど、有本はすぐに三人でもいいと言った。

有本にとっては、その二つに大きな違いはないのかもしれない。


「その時、また面白そうな店探そう」


「……うん」


中村は笑った。


「行こう」


「約束ね」


有本も笑う。

その笑顔を見て、中村はまた少しだけドキッとした。


その時、中村のスマホが震えた。


「ん?」


画面を見る。

千代田からだった。


『まだそっちにいる?』


中村が返信する。


『うん。今スイーツ食べてる』


すぐに返事が来る。


『そっか。私ももう少し見てから行くね』


「千代田?」


有本が聞く。


「うん」


「何だって?」


「もう少し本見てから来るって」


「そっか」


有本はそれ以上聞かなかった。

けれど。


ほんの少しだけ、中村のスマホを見る目が変わった。

千代田と中村。


二人だけで話していた時間。

二人だけでマンガを見ていた時間。

それを想像する。


以前、電車の中で言った言葉を思い出す。


「……相談してるんだー」


有本が小さく呟く。


「え?」


中村が聞き返す。


「ううん」


有本は笑う。


「なんでもない」


「そう?」


「うん」


有本はスイーツを一口食べる。

でも、さっきより少しだけ味が分からない。


なぜ気になるのか。

自分でも分からない。


ただ、千代田と中村の間に、自分の知らない時間がある。

それが、少しだけ気になった。


「どうしたの?」


中村が聞く。


「何が?」


「いや、さっきからちょっと静かだから」


「そう?」


「うん」


「気のせいだよ」


有本は笑う。


「ほら」


そう言って、残ったスイーツを食べる。


「これ美味しいよ」


「もう一口?」


「うん」


有本は当然のようにスプーンを差し出した。

中村はまた固まる。


「……有本」


「なに?」


「距離、近くない?というかスプーン……」


「そう?まあ、気にしない」


「……そうだよ」


「もう、気にしすぎじゃない?」


「そうかな……」


有本は少し首を傾げる。


「じゃあ、ほら!気にしないで」


「無理だよ」


「なんで?」


「……」


中村は答えられない。


「ほら!」


有本が笑う。


「また変な顔してる」


「変な顔って」


「ははは、面白い」


「僕は面白くないよ」


「私は面白い」


「有本が楽しんでるだけじゃん」


「うん、たのしい」


有本はあっさり頷く。


「だって、中村といると楽しいから」


「……」


中村は何も言えなくなる。

有本はそんな中村を不思議そうに見る。


そして。


「ふーん、変なの」


そう言って笑った。

中村も笑うしかなかった。


でも、胸の鼓動だけは、しばらく収まりそうになかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。